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連れていって
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『おかげ様で順調です。そのことで、慧一さんにお礼を言わなくちゃと思って』
「お礼?」
『胎教のCDをありがとうございます。早速聴いてますよ』
「ああ、CDね。さすが里奈ちゃん、殊勝な心がけだな。素直でよろしい」
胎教のCDを買うよう、春彦にギフト券を渡しておいたのだ。まだ早いとか何とか言っていたが、ちゃんと買ったらしい。
ただ、慧一が薦めるロックではなく、クラシックを選んだようだが。
「それで電話をくれたのか。里奈ちゃんの声が聞けて俺も嬉しいよ。なかなか会えないもんなあ。寂しくってさあ」
慧一は星空を見上げ、離れた場所で暮らす弟夫婦を思った。
『赤ちゃんが生まれたら千葉に連れて行きますので、楽しみに待っててくださいね』
義妹は嬉しそうに言う。
「赤ちゃんか……誰に似るのかな。君に似ると一番いいんだけど。そうだな、やっぱり俺に似てるといいな。男でも女でも、きっとモテモテだぜ」
『そうですね……なんて言ったら春彦に怒られちゃいますよ。あっ何でもない。ふふ、聞こえちゃったみたいです』
弟が傍にいるようだ。文句を言う声が聞こえる。
「まあとにかく体を大事にしてくれよ。困ったことがあったら何でも言ってくれ。他人じゃないんだから」
『はい、わかりました。慧一さんもお元気……』
突然会話が中断された。
慧一の後頭部に何かがぶつかり、そのはずみでスマートフォンを床に落としたのだ。
「何だ!?」
後ろを向くと、寝ていたはずの峰子が枕を片手に突っ立っていた。今の一撃は、その枕で加えられたようだ。
慧一は頭を押さえながら、彼女に向き直る。
「……どうしたんだ」
峰子は目を真っ赤にして、泣き顔だった。
「酷い!」
呆然とする慧一に、峰子はいきなり飛びかかってきた。
「待て、おい! こら落ち着け」
慧一を枕で何度も叩く。
枕を取り上げると、今度は拳を握りしめ、しゃにむに殴りかかってきた。
女の拳も顔面に当たると結構痛い。
慧一は二、三発食らったところで峰子の手首を掴み、もがく体をそのまま床にねじ伏せた。
「痛えだろ! 何するんだ」
口の中を切ったようで、苦い味がする。血が一滴、泣いている峰子の頬に落ちた。
「どうしたんだよ」
しゃくりあげる女の肩を掴み、揺すぶった。
「子どもを……」
涙声で、ぽつりと漏らす。
「子どもを産む人が……いるんですね。うっううっ……」
「は?」
「慧一さんの子どもを、産む人が」
「……」
やっと分かった。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった峰子を、呆れ顔で見下ろす。
「酷いです。酷いです、ううっ……」
堰を切ったように、峰子は涙を流し続ける。
拭っても拭っても間に合わない、滝の涙だ。
今まで貯めていたものが一息に噴き出たような、そんな泣き方に、慧一は思わず知らず見とれた。
五分ばかり、二人はそのままでいた。
峰子は多少落ち着いた様子だが、まだ泣き続けている。
「馬鹿な……!」
慧一は堪りかねたように吐き出す。
峰子は、慧一と里奈が電話するのを聞き誤解したらしい。
だがそれにしても、あまりにも飛躍しすぎの峰子の発想に、他の言葉が浮かばない。
「俺の子どもじゃないよ」
ため息交じりの慧一に、峰子が懸命に抗議する。
「でも、だって……俺に似てるといいなって、言ってたじゃないですか」
切れた口元を押さえながら、慧一はかぶりを振った。
「俺の弟の子どもだよ。俺に似たって、おかしくないだろう」
峰子はぽかんとした。
涙にまみれたその顔は小さな子どものようで、慧一の胸は切なく痛む。
「……弟?」
峰子はゆっくりと起きて、慧一と向き合って座る。
慧一が電話で話したことを頭の中で再生したのか、はっとした表情になった。
「……ああっ」
すべて理解したようだ。みるみる青ざめる頬を両手で押さえ、おかしいぐらい狼狽する。
「では、里奈さんというのは、つまり」
峰子は恐る恐る、慧一が親しげに呼ぶ女性が誰なのか、確認した。
「義妹だよ。弟の嫁さん」
「……そう、だったんですか」
峰子は愕然とし、慧一の痛々しい口元に目を当てる。そして、慌てたように正座すると、床に額を擦り付けた。
「わ、私ったら、なんてことを……ごめんなさい、ごめんなさい。慧一さん、ごめんなさい!!」
「峰子」
「信じようと思ってたのに……ごめんなさいっ」
峰子の言葉を聞き、慧一は納得する。
やはり、唯に何か言われたのだ。そして、いっぱいいっぱいになって、冷静に考えればどうということもない会話を誤解した。
何てことだ――
峰子はかわいそうなぐらい小さくなっている。
一人で何もかも抱えて、かわいそうに。
慧一は峰子を抱き寄せると、子どもをあやすように背中をさすった。
「いいんだよ、峰子。いいんだ」
嬉しかった。
峰子の心の底まで見せてもらえたような、そんな喜びで慧一の胸は満たされる。やっとこの子を手に入れることが出来た。抱きしめることが出来たのだ。
峰子は慧一の腕に抱かれ、再び嗚咽を始めた。
あたたかく、何もかも受け入れてくれる男性。どうして迷ったりしたの。こんなにも、求めているのに――
彼女はそっと顔を上げた。涙に濡れた瞳に、強い決意が表れている。
「私も一緒に行きます。イギリスに、連れていって下さい」
「お礼?」
『胎教のCDをありがとうございます。早速聴いてますよ』
「ああ、CDね。さすが里奈ちゃん、殊勝な心がけだな。素直でよろしい」
胎教のCDを買うよう、春彦にギフト券を渡しておいたのだ。まだ早いとか何とか言っていたが、ちゃんと買ったらしい。
ただ、慧一が薦めるロックではなく、クラシックを選んだようだが。
「それで電話をくれたのか。里奈ちゃんの声が聞けて俺も嬉しいよ。なかなか会えないもんなあ。寂しくってさあ」
慧一は星空を見上げ、離れた場所で暮らす弟夫婦を思った。
『赤ちゃんが生まれたら千葉に連れて行きますので、楽しみに待っててくださいね』
義妹は嬉しそうに言う。
「赤ちゃんか……誰に似るのかな。君に似ると一番いいんだけど。そうだな、やっぱり俺に似てるといいな。男でも女でも、きっとモテモテだぜ」
『そうですね……なんて言ったら春彦に怒られちゃいますよ。あっ何でもない。ふふ、聞こえちゃったみたいです』
弟が傍にいるようだ。文句を言う声が聞こえる。
「まあとにかく体を大事にしてくれよ。困ったことがあったら何でも言ってくれ。他人じゃないんだから」
『はい、わかりました。慧一さんもお元気……』
突然会話が中断された。
慧一の後頭部に何かがぶつかり、そのはずみでスマートフォンを床に落としたのだ。
「何だ!?」
後ろを向くと、寝ていたはずの峰子が枕を片手に突っ立っていた。今の一撃は、その枕で加えられたようだ。
慧一は頭を押さえながら、彼女に向き直る。
「……どうしたんだ」
峰子は目を真っ赤にして、泣き顔だった。
「酷い!」
呆然とする慧一に、峰子はいきなり飛びかかってきた。
「待て、おい! こら落ち着け」
慧一を枕で何度も叩く。
枕を取り上げると、今度は拳を握りしめ、しゃにむに殴りかかってきた。
女の拳も顔面に当たると結構痛い。
慧一は二、三発食らったところで峰子の手首を掴み、もがく体をそのまま床にねじ伏せた。
「痛えだろ! 何するんだ」
口の中を切ったようで、苦い味がする。血が一滴、泣いている峰子の頬に落ちた。
「どうしたんだよ」
しゃくりあげる女の肩を掴み、揺すぶった。
「子どもを……」
涙声で、ぽつりと漏らす。
「子どもを産む人が……いるんですね。うっううっ……」
「は?」
「慧一さんの子どもを、産む人が」
「……」
やっと分かった。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった峰子を、呆れ顔で見下ろす。
「酷いです。酷いです、ううっ……」
堰を切ったように、峰子は涙を流し続ける。
拭っても拭っても間に合わない、滝の涙だ。
今まで貯めていたものが一息に噴き出たような、そんな泣き方に、慧一は思わず知らず見とれた。
五分ばかり、二人はそのままでいた。
峰子は多少落ち着いた様子だが、まだ泣き続けている。
「馬鹿な……!」
慧一は堪りかねたように吐き出す。
峰子は、慧一と里奈が電話するのを聞き誤解したらしい。
だがそれにしても、あまりにも飛躍しすぎの峰子の発想に、他の言葉が浮かばない。
「俺の子どもじゃないよ」
ため息交じりの慧一に、峰子が懸命に抗議する。
「でも、だって……俺に似てるといいなって、言ってたじゃないですか」
切れた口元を押さえながら、慧一はかぶりを振った。
「俺の弟の子どもだよ。俺に似たって、おかしくないだろう」
峰子はぽかんとした。
涙にまみれたその顔は小さな子どものようで、慧一の胸は切なく痛む。
「……弟?」
峰子はゆっくりと起きて、慧一と向き合って座る。
慧一が電話で話したことを頭の中で再生したのか、はっとした表情になった。
「……ああっ」
すべて理解したようだ。みるみる青ざめる頬を両手で押さえ、おかしいぐらい狼狽する。
「では、里奈さんというのは、つまり」
峰子は恐る恐る、慧一が親しげに呼ぶ女性が誰なのか、確認した。
「義妹だよ。弟の嫁さん」
「……そう、だったんですか」
峰子は愕然とし、慧一の痛々しい口元に目を当てる。そして、慌てたように正座すると、床に額を擦り付けた。
「わ、私ったら、なんてことを……ごめんなさい、ごめんなさい。慧一さん、ごめんなさい!!」
「峰子」
「信じようと思ってたのに……ごめんなさいっ」
峰子の言葉を聞き、慧一は納得する。
やはり、唯に何か言われたのだ。そして、いっぱいいっぱいになって、冷静に考えればどうということもない会話を誤解した。
何てことだ――
峰子はかわいそうなぐらい小さくなっている。
一人で何もかも抱えて、かわいそうに。
慧一は峰子を抱き寄せると、子どもをあやすように背中をさすった。
「いいんだよ、峰子。いいんだ」
嬉しかった。
峰子の心の底まで見せてもらえたような、そんな喜びで慧一の胸は満たされる。やっとこの子を手に入れることが出来た。抱きしめることが出来たのだ。
峰子は慧一の腕に抱かれ、再び嗚咽を始めた。
あたたかく、何もかも受け入れてくれる男性。どうして迷ったりしたの。こんなにも、求めているのに――
彼女はそっと顔を上げた。涙に濡れた瞳に、強い決意が表れている。
「私も一緒に行きます。イギリスに、連れていって下さい」
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