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連れていって
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夕食会場はレストランの個室で、和食のコース料理だった。
「牛肉の味噌ステーキと、信州そばが美味しかったですね」
デザートの葡萄ゼリーを手に、峰子が嬉しそうに笑う。
慧一はスプーンを置くと、そんな彼女をそれとなく観察した。特に変わったところは無い。穏やかで優しい、いつもの峰子である。
しかし、そこが気になった。
唯と大浴場で一緒になったはずなのに、その話題がひとつも出ないのは不自然だ。随分とご機嫌なのも、かえって妙である。
何か隠しているのでは――と、勘繰ってしまう。
だが、わざわざ話を振ることもあるまい。慧一はそう思い、食事中も唯のことは話題に出さなかった。
「そろそろ行くか」
慧一は伝票を取り、ナフキンで口を拭う峰子に声をかけた。
「はい」
彼女はすぐに立ち上がるが、その拍子にぐらっとよろめき、テーブルに手をついた。
「おい、大丈夫か」
「え、ええ」
そう言いながら、やはりフラフラしている。
「調子悪いな。貧血?」
慧一は峰子の腕を支え、顔を覗き込む。青っぽい顔色だ。
「ごめんなさい。温泉に長いこと浸かってたから……」
峰子は言いかけて、ぱっと口を押さえた。
気まずそうに俯く姿を見て、やはり風呂で何かあったのだと、慧一は確信する。
「ごめんなさい、あの、何でもないんです」
笑顔を作るが、顔は青いままだ。
「とにかく部屋に戻ろう」
「……すみません」
湯あたりだけでなく、生理のほうも具合の悪い理由だと慧一には分かる。
そして何より、唯と接触したことが一番の原因に違いない。なのに、こんなになっても慧一に気を遣っている。
相変わらずの峰子の態度が彼にはもどかしく、歯がゆかった。もっと感情をぶつけて欲しいと本気で思った。
◇ ◇ ◇
「横になれよ、ほら」
部屋に入ると、慧一は峰子をベッドに寝かせた。
「すみません。せっかくの旅先の夜なのに」
「いいよ。まだ明日があるだろ。ゆっくり休め」
ベッドに寝かせる時、峰子の浴衣が乱れ、白く柔らかそうな素肌が覗いた。
――せっかくの旅先の夜なのに。
「おやすみ」
慧一は部屋の灯りを消してから、唇を噛んだ。
それだけが楽しみなわけではない。
だが、大きな割合で期待したのは確かだ。
目の前に浴衣姿の峰子が横たわっているのに手を出せない。
これもまた一つの生殺しである。
欲望をぐっと堪え、ベッドから離れた。
「ふう……」
ベランダに出て椅子に座った。
涼しい風がわたり、どこからか川のせせらぎが聞こえてくる。
山の夜。高原の夜。
星は美しく、清らかに瞬いている。
(良いところだ……)
気持ちがよくて、うとうとしかけた頃、袂に入れたスマートフォンが鳴り響いた。
慧一は驚き、すぐに応答する。
「もしもし?」
『あ、慧一さん。私です』
弟の嫁だった。
久しぶりに聞く義妹の声に、慧一は思わず笑顔になる。
「里奈ちゃんか。電話をくれるなんて珍しいなあ、どうしたんだ」
『ウフフ、お久しぶりです。お元気そうですね』
「俺は元気だよ……って、君こそ体調はどうだい。この前、春彦から聞いて驚いたよ」
慧一はおめでとうを言うと、椅子を立ってベランダの柵にもたれた。
電波のかげんか、声が遠い気がする。カラマツ林を眺めながら、義妹との会話に集中した。
「牛肉の味噌ステーキと、信州そばが美味しかったですね」
デザートの葡萄ゼリーを手に、峰子が嬉しそうに笑う。
慧一はスプーンを置くと、そんな彼女をそれとなく観察した。特に変わったところは無い。穏やかで優しい、いつもの峰子である。
しかし、そこが気になった。
唯と大浴場で一緒になったはずなのに、その話題がひとつも出ないのは不自然だ。随分とご機嫌なのも、かえって妙である。
何か隠しているのでは――と、勘繰ってしまう。
だが、わざわざ話を振ることもあるまい。慧一はそう思い、食事中も唯のことは話題に出さなかった。
「そろそろ行くか」
慧一は伝票を取り、ナフキンで口を拭う峰子に声をかけた。
「はい」
彼女はすぐに立ち上がるが、その拍子にぐらっとよろめき、テーブルに手をついた。
「おい、大丈夫か」
「え、ええ」
そう言いながら、やはりフラフラしている。
「調子悪いな。貧血?」
慧一は峰子の腕を支え、顔を覗き込む。青っぽい顔色だ。
「ごめんなさい。温泉に長いこと浸かってたから……」
峰子は言いかけて、ぱっと口を押さえた。
気まずそうに俯く姿を見て、やはり風呂で何かあったのだと、慧一は確信する。
「ごめんなさい、あの、何でもないんです」
笑顔を作るが、顔は青いままだ。
「とにかく部屋に戻ろう」
「……すみません」
湯あたりだけでなく、生理のほうも具合の悪い理由だと慧一には分かる。
そして何より、唯と接触したことが一番の原因に違いない。なのに、こんなになっても慧一に気を遣っている。
相変わらずの峰子の態度が彼にはもどかしく、歯がゆかった。もっと感情をぶつけて欲しいと本気で思った。
◇ ◇ ◇
「横になれよ、ほら」
部屋に入ると、慧一は峰子をベッドに寝かせた。
「すみません。せっかくの旅先の夜なのに」
「いいよ。まだ明日があるだろ。ゆっくり休め」
ベッドに寝かせる時、峰子の浴衣が乱れ、白く柔らかそうな素肌が覗いた。
――せっかくの旅先の夜なのに。
「おやすみ」
慧一は部屋の灯りを消してから、唇を噛んだ。
それだけが楽しみなわけではない。
だが、大きな割合で期待したのは確かだ。
目の前に浴衣姿の峰子が横たわっているのに手を出せない。
これもまた一つの生殺しである。
欲望をぐっと堪え、ベッドから離れた。
「ふう……」
ベランダに出て椅子に座った。
涼しい風がわたり、どこからか川のせせらぎが聞こえてくる。
山の夜。高原の夜。
星は美しく、清らかに瞬いている。
(良いところだ……)
気持ちがよくて、うとうとしかけた頃、袂に入れたスマートフォンが鳴り響いた。
慧一は驚き、すぐに応答する。
「もしもし?」
『あ、慧一さん。私です』
弟の嫁だった。
久しぶりに聞く義妹の声に、慧一は思わず笑顔になる。
「里奈ちゃんか。電話をくれるなんて珍しいなあ、どうしたんだ」
『ウフフ、お久しぶりです。お元気そうですね』
「俺は元気だよ……って、君こそ体調はどうだい。この前、春彦から聞いて驚いたよ」
慧一はおめでとうを言うと、椅子を立ってベランダの柵にもたれた。
電波のかげんか、声が遠い気がする。カラマツ林を眺めながら、義妹との会話に集中した。
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