69 / 82
連れていって
2
しおりを挟む
夕食会場はレストランの個室で、和食のコース料理だった。
「牛肉の味噌ステーキと、信州そばが美味しかったですね」
デザートの葡萄ゼリーを手に、峰子が嬉しそうに笑う。
慧一はスプーンを置くと、そんな彼女をそれとなく観察した。特に変わったところは無い。穏やかで優しい、いつもの峰子である。
しかし、そこが気になった。
唯と大浴場で一緒になったはずなのに、その話題がひとつも出ないのは不自然だ。随分とご機嫌なのも、かえって妙である。
何か隠しているのでは――と、勘繰ってしまう。
だが、わざわざ話を振ることもあるまい。慧一はそう思い、食事中も唯のことは話題に出さなかった。
「そろそろ行くか」
慧一は伝票を取り、ナフキンで口を拭う峰子に声をかけた。
「はい」
彼女はすぐに立ち上がるが、その拍子にぐらっとよろめき、テーブルに手をついた。
「おい、大丈夫か」
「え、ええ」
そう言いながら、やはりフラフラしている。
「調子悪いな。貧血?」
慧一は峰子の腕を支え、顔を覗き込む。青っぽい顔色だ。
「ごめんなさい。温泉に長いこと浸かってたから……」
峰子は言いかけて、ぱっと口を押さえた。
気まずそうに俯く姿を見て、やはり風呂で何かあったのだと、慧一は確信する。
「ごめんなさい、あの、何でもないんです」
笑顔を作るが、顔は青いままだ。
「とにかく部屋に戻ろう」
「……すみません」
湯あたりだけでなく、生理のほうも具合の悪い理由だと慧一には分かる。
そして何より、唯と接触したことが一番の原因に違いない。なのに、こんなになっても慧一に気を遣っている。
相変わらずの峰子の態度が彼にはもどかしく、歯がゆかった。もっと感情をぶつけて欲しいと本気で思った。
◇ ◇ ◇
「横になれよ、ほら」
部屋に入ると、慧一は峰子をベッドに寝かせた。
「すみません。せっかくの旅先の夜なのに」
「いいよ。まだ明日があるだろ。ゆっくり休め」
ベッドに寝かせる時、峰子の浴衣が乱れ、白く柔らかそうな素肌が覗いた。
――せっかくの旅先の夜なのに。
「おやすみ」
慧一は部屋の灯りを消してから、唇を噛んだ。
それだけが楽しみなわけではない。
だが、大きな割合で期待したのは確かだ。
目の前に浴衣姿の峰子が横たわっているのに手を出せない。
これもまた一つの生殺しである。
欲望をぐっと堪え、ベッドから離れた。
「ふう……」
ベランダに出て椅子に座った。
涼しい風がわたり、どこからか川のせせらぎが聞こえてくる。
山の夜。高原の夜。
星は美しく、清らかに瞬いている。
(良いところだ……)
気持ちがよくて、うとうとしかけた頃、袂に入れたスマートフォンが鳴り響いた。
慧一は驚き、すぐに応答する。
「もしもし?」
『あ、慧一さん。私です』
弟の嫁だった。
久しぶりに聞く義妹の声に、慧一は思わず笑顔になる。
「里奈ちゃんか。電話をくれるなんて珍しいなあ、どうしたんだ」
『ウフフ、お久しぶりです。お元気そうですね』
「俺は元気だよ……って、君こそ体調はどうだい。この前、春彦から聞いて驚いたよ」
慧一はおめでとうを言うと、椅子を立ってベランダの柵にもたれた。
電波のかげんか、声が遠い気がする。カラマツ林を眺めながら、義妹との会話に集中した。
「牛肉の味噌ステーキと、信州そばが美味しかったですね」
デザートの葡萄ゼリーを手に、峰子が嬉しそうに笑う。
慧一はスプーンを置くと、そんな彼女をそれとなく観察した。特に変わったところは無い。穏やかで優しい、いつもの峰子である。
しかし、そこが気になった。
唯と大浴場で一緒になったはずなのに、その話題がひとつも出ないのは不自然だ。随分とご機嫌なのも、かえって妙である。
何か隠しているのでは――と、勘繰ってしまう。
だが、わざわざ話を振ることもあるまい。慧一はそう思い、食事中も唯のことは話題に出さなかった。
「そろそろ行くか」
慧一は伝票を取り、ナフキンで口を拭う峰子に声をかけた。
「はい」
彼女はすぐに立ち上がるが、その拍子にぐらっとよろめき、テーブルに手をついた。
「おい、大丈夫か」
「え、ええ」
そう言いながら、やはりフラフラしている。
「調子悪いな。貧血?」
慧一は峰子の腕を支え、顔を覗き込む。青っぽい顔色だ。
「ごめんなさい。温泉に長いこと浸かってたから……」
峰子は言いかけて、ぱっと口を押さえた。
気まずそうに俯く姿を見て、やはり風呂で何かあったのだと、慧一は確信する。
「ごめんなさい、あの、何でもないんです」
笑顔を作るが、顔は青いままだ。
「とにかく部屋に戻ろう」
「……すみません」
湯あたりだけでなく、生理のほうも具合の悪い理由だと慧一には分かる。
そして何より、唯と接触したことが一番の原因に違いない。なのに、こんなになっても慧一に気を遣っている。
相変わらずの峰子の態度が彼にはもどかしく、歯がゆかった。もっと感情をぶつけて欲しいと本気で思った。
◇ ◇ ◇
「横になれよ、ほら」
部屋に入ると、慧一は峰子をベッドに寝かせた。
「すみません。せっかくの旅先の夜なのに」
「いいよ。まだ明日があるだろ。ゆっくり休め」
ベッドに寝かせる時、峰子の浴衣が乱れ、白く柔らかそうな素肌が覗いた。
――せっかくの旅先の夜なのに。
「おやすみ」
慧一は部屋の灯りを消してから、唇を噛んだ。
それだけが楽しみなわけではない。
だが、大きな割合で期待したのは確かだ。
目の前に浴衣姿の峰子が横たわっているのに手を出せない。
これもまた一つの生殺しである。
欲望をぐっと堪え、ベッドから離れた。
「ふう……」
ベランダに出て椅子に座った。
涼しい風がわたり、どこからか川のせせらぎが聞こえてくる。
山の夜。高原の夜。
星は美しく、清らかに瞬いている。
(良いところだ……)
気持ちがよくて、うとうとしかけた頃、袂に入れたスマートフォンが鳴り響いた。
慧一は驚き、すぐに応答する。
「もしもし?」
『あ、慧一さん。私です』
弟の嫁だった。
久しぶりに聞く義妹の声に、慧一は思わず笑顔になる。
「里奈ちゃんか。電話をくれるなんて珍しいなあ、どうしたんだ」
『ウフフ、お久しぶりです。お元気そうですね』
「俺は元気だよ……って、君こそ体調はどうだい。この前、春彦から聞いて驚いたよ」
慧一はおめでとうを言うと、椅子を立ってベランダの柵にもたれた。
電波のかげんか、声が遠い気がする。カラマツ林を眺めながら、義妹との会話に集中した。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ホリカヨは俺様上司を癒したい!
森永 陽月
恋愛
堀井嘉与子(ホリイカヨコ)は、普段は『大奥』でオハシタとして働く冴えないOLだが、副業では自分のコンプレックスを生かして働こうとしていた。
そこにやってきたのは、憧れの郡司透吏部長。
『郡司部長、私はあなたを癒したいです』
※他の投稿サイトにも載せています。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる