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望まぬ再会
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蓼科のホテルに着いたのは夕方だった。
五階建ての小ぎれいな建物は別荘地の中にあり、通りから離れた場所なので、周囲はとても静かだ。キャンセル待ちで予約した最上階のツインルームは、天井が高いためか広く感じられる。
「高原の避暑地か……」
慧一は窓辺に立つ峰子を見ながら、何となく口にした。すると、客室係の青年が愛想よく応えた。
「この辺りは年間を通して雨が少なく、からっとしています。特に夏は涼しくて過ごしやすいですよ」
「ふうん」
「気候風土はイギリスに似ているとも言われます」
峰子がこちらを向き、慧一と目を合わせた。
だけどすぐに逸らし、窓を開けてベランダに出てしまう。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
客室係が退室すると同時に、慧一はベランダに出て、峰子を後ろから抱きすくめた。
「きゃっ」
「部屋に入ろう」
峰子を中に連れ戻すと、窓を閉めてカーテンも引いた。
「慧一さん……?」
「誘惑したのは、君だからな」
湖のほとりで、峰子からキスしたことを言っている。慧一は、その仕返しとばかりに、彼女の唇を塞いだ。
「夜まで我慢できない」
慧一は囁き、峰子を強く抱きしめた。
「……あ、あのっ」
ベッドに行こうとすると、胸の中で峰子がもがいた。腕を緩めてみると、困った顔で慧一を見上げている。
「何だ?」
「いえ、その……少し待ってください。私、実はそろそろ……」
彼女の頬が赤くなるのを見て、慧一はもしやと察する。
「マジか……」
「はい。月のものが、きてるかも」
慧一はこれ以上ないほど落ち込んでしまった。
愕然とした顔でベッドに座り、肩を落とす。峰子は気の毒になって、彼の背中を撫でさすった。
「でも、まだ前兆があるだけで、始まっていません。だから、お風呂にだって入れますし、もちろん、その……大丈夫ですから」
峰子は月のものがくる可能性があると告げただけで、実際、まだ始まってはいない。そのことを強調して、彼に望みを持たせた。
「そうなのか?」
「はい」
慧一はしかし、その気にならなかった。
「いや、やっぱり駄目だ。これは戒めなんだ。君を容赦なく扱おうとした報いなんだよ」
「……え?」
何やら独りごとをつぶやき、うな垂れる。峰子はわけが分からず、オロオロした。
「君は今、デリケートな状態なんだ。いつもとは違うんだから」
今のは強がりだと分かる。彼の姿は惨めで、今にも泣きそうに見えた。
「……慧一さん、そんなに?」
ここまでがっかりされるとは――
峰子は驚きとともに、何ともいえない愛しさを覚える。欲しいものが手に入らなくて落ち込む小さな子どもみたいで、かわいくなってしまう。
少しでも望みを叶えてあげたい。慰めてあげたい。
「あの、慧一さん」
「ん?」
「少しくらいなら、大丈夫ですよ」
彼はゆっくりと顔を上げると、峰子を見た。
「少し?」
「はい」
だが彼は喜ぶどころか、不満そうに口を尖らせる。
「そういうのは、生殺しと言うのだよ」
「な、なま……?」
峰子はぽかんとする。思いも寄らぬ反応に戸惑うばかりだ。
慧一はサッと立ち上がるとクローゼットへずんずんと歩き、浴衣を引っ張り出した。
怒ったのだろうか。
峰子は困惑するが、彼はくるりとこちらを向き、
「風呂に入ろうぜ。汗かいちゃった」
吹っ切れたように、明るく笑った。
◇ ◇ ◇
一階の大浴場に行く途中、フロントの前を通る。
ロビーは多くの人で賑やかだ。これからチェックインする客もいれば、既に浴衣姿の客もいる。
慧一は、ふと視線を感じて立ち止まった。ロビーのソファに座る女性が、こちらをじっと見ている気がした。
「どうかしたのですか?」
急に足を止める慧一を、峰子が不思議そうに見上げた。
「いや、なんでもない……」
「お久しぶりね、慧一さん!」
再び歩きかけたところへ声が飛んだ。聞き覚えのある声。
女はニコニコしながら近付いてきて、二人を交互に眺めた。そして、慧一に視線を定めると、
「うわあ、すっごい偶然。嘘みたいね」
腕を広げ、大げさに感激を表す。
「私、すぐ近くの別荘に来てるの。ここには温泉に入るために寄ったんだけどね」
問われもしないのに勝手に説明を始める。相変わらず自己中なやつだ――
慧一は天を仰ぎたい気分になるが、観念する。
ここまで接近されては無視もできない。
「よお」
ぶっきらぼうに挨拶を返す。
峰子が二人を見比べた。不機嫌な慧一と、にこやかに話しかけてきた美女。何となく事情が呑み込めたらしい。
そんな峰子に、女が微笑みかける。
「はじめまして。私、川本唯といいます。こちらの滝口さんとは以前、とても親しく……あら、こんな話は無粋ですわね」
楽しげに笑う唯に、慧一は顔をしかめた。
「峰子、先に行ってろ」
「は、はい」
峰子は唯に会釈をすると、大浴場へ先に歩いていった。
五階建ての小ぎれいな建物は別荘地の中にあり、通りから離れた場所なので、周囲はとても静かだ。キャンセル待ちで予約した最上階のツインルームは、天井が高いためか広く感じられる。
「高原の避暑地か……」
慧一は窓辺に立つ峰子を見ながら、何となく口にした。すると、客室係の青年が愛想よく応えた。
「この辺りは年間を通して雨が少なく、からっとしています。特に夏は涼しくて過ごしやすいですよ」
「ふうん」
「気候風土はイギリスに似ているとも言われます」
峰子がこちらを向き、慧一と目を合わせた。
だけどすぐに逸らし、窓を開けてベランダに出てしまう。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
客室係が退室すると同時に、慧一はベランダに出て、峰子を後ろから抱きすくめた。
「きゃっ」
「部屋に入ろう」
峰子を中に連れ戻すと、窓を閉めてカーテンも引いた。
「慧一さん……?」
「誘惑したのは、君だからな」
湖のほとりで、峰子からキスしたことを言っている。慧一は、その仕返しとばかりに、彼女の唇を塞いだ。
「夜まで我慢できない」
慧一は囁き、峰子を強く抱きしめた。
「……あ、あのっ」
ベッドに行こうとすると、胸の中で峰子がもがいた。腕を緩めてみると、困った顔で慧一を見上げている。
「何だ?」
「いえ、その……少し待ってください。私、実はそろそろ……」
彼女の頬が赤くなるのを見て、慧一はもしやと察する。
「マジか……」
「はい。月のものが、きてるかも」
慧一はこれ以上ないほど落ち込んでしまった。
愕然とした顔でベッドに座り、肩を落とす。峰子は気の毒になって、彼の背中を撫でさすった。
「でも、まだ前兆があるだけで、始まっていません。だから、お風呂にだって入れますし、もちろん、その……大丈夫ですから」
峰子は月のものがくる可能性があると告げただけで、実際、まだ始まってはいない。そのことを強調して、彼に望みを持たせた。
「そうなのか?」
「はい」
慧一はしかし、その気にならなかった。
「いや、やっぱり駄目だ。これは戒めなんだ。君を容赦なく扱おうとした報いなんだよ」
「……え?」
何やら独りごとをつぶやき、うな垂れる。峰子はわけが分からず、オロオロした。
「君は今、デリケートな状態なんだ。いつもとは違うんだから」
今のは強がりだと分かる。彼の姿は惨めで、今にも泣きそうに見えた。
「……慧一さん、そんなに?」
ここまでがっかりされるとは――
峰子は驚きとともに、何ともいえない愛しさを覚える。欲しいものが手に入らなくて落ち込む小さな子どもみたいで、かわいくなってしまう。
少しでも望みを叶えてあげたい。慰めてあげたい。
「あの、慧一さん」
「ん?」
「少しくらいなら、大丈夫ですよ」
彼はゆっくりと顔を上げると、峰子を見た。
「少し?」
「はい」
だが彼は喜ぶどころか、不満そうに口を尖らせる。
「そういうのは、生殺しと言うのだよ」
「な、なま……?」
峰子はぽかんとする。思いも寄らぬ反応に戸惑うばかりだ。
慧一はサッと立ち上がるとクローゼットへずんずんと歩き、浴衣を引っ張り出した。
怒ったのだろうか。
峰子は困惑するが、彼はくるりとこちらを向き、
「風呂に入ろうぜ。汗かいちゃった」
吹っ切れたように、明るく笑った。
◇ ◇ ◇
一階の大浴場に行く途中、フロントの前を通る。
ロビーは多くの人で賑やかだ。これからチェックインする客もいれば、既に浴衣姿の客もいる。
慧一は、ふと視線を感じて立ち止まった。ロビーのソファに座る女性が、こちらをじっと見ている気がした。
「どうかしたのですか?」
急に足を止める慧一を、峰子が不思議そうに見上げた。
「いや、なんでもない……」
「お久しぶりね、慧一さん!」
再び歩きかけたところへ声が飛んだ。聞き覚えのある声。
女はニコニコしながら近付いてきて、二人を交互に眺めた。そして、慧一に視線を定めると、
「うわあ、すっごい偶然。嘘みたいね」
腕を広げ、大げさに感激を表す。
「私、すぐ近くの別荘に来てるの。ここには温泉に入るために寄ったんだけどね」
問われもしないのに勝手に説明を始める。相変わらず自己中なやつだ――
慧一は天を仰ぎたい気分になるが、観念する。
ここまで接近されては無視もできない。
「よお」
ぶっきらぼうに挨拶を返す。
峰子が二人を見比べた。不機嫌な慧一と、にこやかに話しかけてきた美女。何となく事情が呑み込めたらしい。
そんな峰子に、女が微笑みかける。
「はじめまして。私、川本唯といいます。こちらの滝口さんとは以前、とても親しく……あら、こんな話は無粋ですわね」
楽しげに笑う唯に、慧一は顔をしかめた。
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