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望まぬ再会
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再び車に乗り込むと、ビーナスラインを東へ走った。
車山の山頂を左手に望む辺りは、いかにも高原らしい爽やかな風景が広がる。晴れた空に緑の斜面が鮮やかに映えて、とても美しい。
峰子は車窓にはりつき、自然が描き出す曲線に見とれている。
「ビーナスラインは初めて?」
「はい。清里や小淵沢には行ったことがありますが、ここまで来たのは初めてです」
「それは良かった」
アバウトに選んだ場所だが、正解だったようだ。彼女の笑顔を見て慧一は満足する。
二人は笑顔で、ドライブを楽しんだ。
白樺湖まで来ると、家族連れや団体の観光客らで賑わっていた。近くにレジャー施設があるらしい。
「楽しそうですね」
「ちょっと寄ってみるか」
峰子は夏休み中の子ども達を見ながら、嬉しそうにする。慧一は駐車場を探して、車をとめた。
「さてと、峰子ちゃんは遊園地に行きたいですか?」
子ども扱いすると峰子はむくれる真似をするが、すぐに笑って、
「散歩しましょう」
湖のほとりを指差した。
カラマツ林に囲まれた道をしばらく歩くと、ホテルの裏手にあたる静かな場所に出た。
湖の上にボートがいくつか浮かんでいる。
観光客の姿がチラホラ見られるが、レジャー施設の辺りに比べれば、のんびりしたものだ。
緑の葉を揺らす白樺の木が、標高の高い場所に来たことを教えてくれる。慧一はようやく、いつもと違う空間に二人きりでいることを実感した。
どちらからともなく手を繋ぐ。
それはとても、自然な仕草だった。
(俺達は融合している)
慧一は峰子の白い腕や首筋に目を当てる。自然光の下で見る彼女の素肌は本当にきれいで、女そのものの魅力に溢れている。
(もっとしっかりと、ひとつになりたい)
急激に、欲望が湧き上がってきた。
慧一は前かがみになりつつ、その辺りの木蔭へ座るよう峰子に命じ、自分はトイレに行って来ると言ってその場を離れた。
峰子は不思議そうな顔をするが、もう手など繋いでいられない。
今夜のことで頭がいっぱいだった。
明日の朝まで時間はたっぷりある。どうなってしまうのだろう。
「ああー、イカンイカン」
慧一は欲望を払うように頭を振った。
あの子を壊してしまうような抱き方は封印だ。そう戒めながらも、どうしても頬が緩んでしまう。
「イカンと言ってるのに!」
慌てて顔を引き締めると、肉体をコントロールしろと自分に言い聞かせる。
「でも、できるかしらアタシに」
気を逸らそうとして女言葉でふざけるが、まったく効果がなかった。しかも傍から見れば、怪しい変人である。
(駄目だ、自信が無いぜ)
◇ ◇ ◇
一方、乱れに乱れる慧一とはまた別の意味で、峰子もまた今夜のことを考えていた。
「どうしよう……」
実は今朝から胸が張っている。これは生理の前兆だ。まだ大丈夫だが、今にも始まってしまいそうな気配だ。
そうなったら……
「がっかりするかな、慧一さん」
無意識に出た言葉に自分で反応し、かあっと赤くなった。
そして、自分も落胆しているのに気づくと頭が熱くなり、くらくらしてきた。
慧一に抱かれることは、彼女にとってもはや自然現象だった。彼に対しての気持ちと、それは関係が深い。
こんな望みを他者に対して持つなんて信じられない。
(もっとしっかりと、ひとつになりたい)
静かな湖面が、峰子の心を素直にさせる。
慧一は自分にとって特別な人だと、実感できる。
誰かと結婚するなんて有り得ない――峰子はずっと思っていた。それなのに、今、彼に求められ、その有り得ないはずの答えが表れつつあった。
彼の両親、兄弟、親戚や近所の人々、慣習、しがらみ、結婚という形式に付いてくるあらゆる煩わしさ。それが殆ど何でもないことのように思える。
私は、大人なのだ。もう、子どもではない。
「峰子!」
ふいに名前を呼ばれた。
いつの間にか、峰子の横に慧一がしゃがんでいた。
「どうした、ぼーっとして」
明るい眼差しが、彼女を捉えている。
二人きり、湖のほとりで過ごす午後。木蔭を渡る風は涼しく、とても優しい。
そして、目の前で自分を見つめるこの人は、もっともっと優しい。
峰子は微笑むと、その愛しい人に近付いて、そっと唇を重ねた。
「……」
数秒後、名残惜しげに離れた。
男は突然の愛情を受けたためか、ひどく無防備な顔に見える。
峰子は湖に視線を戻すと、膝を抱えてうふっと笑う。慧一のことを、時々すごくかわいいと思ってしまう。今もそうだった。
「……お前ってやつは」
「ごめんなさい」
膝の中に顔を埋め、クスクスと笑う。
「俺をどうする気だよ」
口を尖らせて仰向けにひっくり返る慧一。峰子を恨めしげに、まぶしそうに見つめる。
「やっぱり容赦しない」
まだ笑う峰子に、その言葉は聞こえない。彼女の胸には、愛しさが満ち溢れていた。
車山の山頂を左手に望む辺りは、いかにも高原らしい爽やかな風景が広がる。晴れた空に緑の斜面が鮮やかに映えて、とても美しい。
峰子は車窓にはりつき、自然が描き出す曲線に見とれている。
「ビーナスラインは初めて?」
「はい。清里や小淵沢には行ったことがありますが、ここまで来たのは初めてです」
「それは良かった」
アバウトに選んだ場所だが、正解だったようだ。彼女の笑顔を見て慧一は満足する。
二人は笑顔で、ドライブを楽しんだ。
白樺湖まで来ると、家族連れや団体の観光客らで賑わっていた。近くにレジャー施設があるらしい。
「楽しそうですね」
「ちょっと寄ってみるか」
峰子は夏休み中の子ども達を見ながら、嬉しそうにする。慧一は駐車場を探して、車をとめた。
「さてと、峰子ちゃんは遊園地に行きたいですか?」
子ども扱いすると峰子はむくれる真似をするが、すぐに笑って、
「散歩しましょう」
湖のほとりを指差した。
カラマツ林に囲まれた道をしばらく歩くと、ホテルの裏手にあたる静かな場所に出た。
湖の上にボートがいくつか浮かんでいる。
観光客の姿がチラホラ見られるが、レジャー施設の辺りに比べれば、のんびりしたものだ。
緑の葉を揺らす白樺の木が、標高の高い場所に来たことを教えてくれる。慧一はようやく、いつもと違う空間に二人きりでいることを実感した。
どちらからともなく手を繋ぐ。
それはとても、自然な仕草だった。
(俺達は融合している)
慧一は峰子の白い腕や首筋に目を当てる。自然光の下で見る彼女の素肌は本当にきれいで、女そのものの魅力に溢れている。
(もっとしっかりと、ひとつになりたい)
急激に、欲望が湧き上がってきた。
慧一は前かがみになりつつ、その辺りの木蔭へ座るよう峰子に命じ、自分はトイレに行って来ると言ってその場を離れた。
峰子は不思議そうな顔をするが、もう手など繋いでいられない。
今夜のことで頭がいっぱいだった。
明日の朝まで時間はたっぷりある。どうなってしまうのだろう。
「ああー、イカンイカン」
慧一は欲望を払うように頭を振った。
あの子を壊してしまうような抱き方は封印だ。そう戒めながらも、どうしても頬が緩んでしまう。
「イカンと言ってるのに!」
慌てて顔を引き締めると、肉体をコントロールしろと自分に言い聞かせる。
「でも、できるかしらアタシに」
気を逸らそうとして女言葉でふざけるが、まったく効果がなかった。しかも傍から見れば、怪しい変人である。
(駄目だ、自信が無いぜ)
◇ ◇ ◇
一方、乱れに乱れる慧一とはまた別の意味で、峰子もまた今夜のことを考えていた。
「どうしよう……」
実は今朝から胸が張っている。これは生理の前兆だ。まだ大丈夫だが、今にも始まってしまいそうな気配だ。
そうなったら……
「がっかりするかな、慧一さん」
無意識に出た言葉に自分で反応し、かあっと赤くなった。
そして、自分も落胆しているのに気づくと頭が熱くなり、くらくらしてきた。
慧一に抱かれることは、彼女にとってもはや自然現象だった。彼に対しての気持ちと、それは関係が深い。
こんな望みを他者に対して持つなんて信じられない。
(もっとしっかりと、ひとつになりたい)
静かな湖面が、峰子の心を素直にさせる。
慧一は自分にとって特別な人だと、実感できる。
誰かと結婚するなんて有り得ない――峰子はずっと思っていた。それなのに、今、彼に求められ、その有り得ないはずの答えが表れつつあった。
彼の両親、兄弟、親戚や近所の人々、慣習、しがらみ、結婚という形式に付いてくるあらゆる煩わしさ。それが殆ど何でもないことのように思える。
私は、大人なのだ。もう、子どもではない。
「峰子!」
ふいに名前を呼ばれた。
いつの間にか、峰子の横に慧一がしゃがんでいた。
「どうした、ぼーっとして」
明るい眼差しが、彼女を捉えている。
二人きり、湖のほとりで過ごす午後。木蔭を渡る風は涼しく、とても優しい。
そして、目の前で自分を見つめるこの人は、もっともっと優しい。
峰子は微笑むと、その愛しい人に近付いて、そっと唇を重ねた。
「……」
数秒後、名残惜しげに離れた。
男は突然の愛情を受けたためか、ひどく無防備な顔に見える。
峰子は湖に視線を戻すと、膝を抱えてうふっと笑う。慧一のことを、時々すごくかわいいと思ってしまう。今もそうだった。
「……お前ってやつは」
「ごめんなさい」
膝の中に顔を埋め、クスクスと笑う。
「俺をどうする気だよ」
口を尖らせて仰向けにひっくり返る慧一。峰子を恨めしげに、まぶしそうに見つめる。
「やっぱり容赦しない」
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