52 / 82
行かないで!
2
しおりを挟む
「う……ん。気持ちいいなあ!」
しばらくすると慧一は起き上がり、砂の上に胡坐をかいた。峰子に見向くと、
「日に焼けちゃう」
女っぽい言い方をして、彼女を笑わせる。
「も、もう、慧一さん。駄目ですよ、笑うとお腹が……というより、全身が痛くて」
峰子は泣き笑いだ。身をよじり、可笑しさと痛みに耐えている。
「おい、峰子」
「待ってください、もうほんとに駄目です……あはは……」
「いやいや、そうじゃなくてさ」
慧一がいきなり手を伸ばし、スカートの裾を引っ張った。
「きゃあっ! な、ななっ、何を……!?」
慌てふためく峰子を見て、慧一はなぜか呆れ顔になる。
「きゃーは無いだろ。スカートがまくれて、丸見えだったぞ」
「はいっ?」
峰子は、はたと気が付く。
笑って身をよじるうちに、衣服が乱れたらしい。慧一はスカートの裾を引っ張り、太腿を隠してくれたのだ。
「ごっ、ごめんなさい。私、誤解してしまって」
「いいよ。どうせ俺はドスケベだからな」
冗談めかすが、峰子はますます恐縮する。
「そ、そんなこと。本当に、ごめんなさ……」
「もういいって。隙だらけだぞ」
「あっ」
慧一は峰子の腰を抱いた。迷いのない、あっという間の早業だった。
「け、慧一さん……」
汗と、男性の匂い。フェロモンに包まれた峰子は抗えず、されるがままになる。
「感想を教えてくれよ」
白く柔らかな首筋に、慧一の唇が触れる。熱い息が、彼女にあの夜を思い出させた。
「か、感想……?」
「例の感想だよ。この前、聞きそびれちまったからな」
あの夜の――
峰子の頬が、みるみる真っ赤に染まる。
「ほら、峰子。言ってみろ」
執拗な質問に観念したのか、ぽつりぽつりと彼女は答えた。
「あの、なんて言うか……」
「うん?」
「びっくりしました」
「……」
「……」
「へっ? まさか、それだけ?」
峰子は黙って頷く。
「ええーっ?」
あまりにもシンプルな感想に、慧一は不満の声を上げた。
「いやいや、もっとあるだろ? 良かったとか、悪かったとか。想像どおりだったとか、違ったとか」
食い下がるが、峰子は固く口を閉ざす。もうなにも受け付けないように、海を見つめている。
慧一はあきらめ、降参のポーズをした。
「分かったよ、峰子。もう追及しない」
慧一は立ち上がり、ズボンについた砂を払う。
峰子は恐る恐るといった感じで、こちらに顔を向けた。
「ここにいたら、干物になっちまうぞ」
手を差し伸べると、彼女は素直につかまった。
二人は至近距離で向き合う。慧一の優しい眼差しが、峰子を捉えている。
「峰子、俺は本当に君を好きだよ」
低い、痺れるような男の声。峰子は何も答えず、潤んだ目で見つめ返すのみ。
「君はどう思ってるんだ、俺を」
「……」
「ケイのモデル? ただそれだけの存在なのか」
峰子は目を見開く。何か言いたそうにするが、慧一には読み取れない。
「今日が三回目だから、あと七回だな。約束の十回が終わったら、あとはどうすればいい。俺はもう、お役ご免か?」
困った表情は拒絶に感じられる。
慧一は目を伏せ、峰子に背を向けると、渚を歩き出した。
どんどん遠ざかる男を、峰子は呆然と見ている。
「……ないで」
小さな声は波音にかき消された。瞳から感情が溢れ、彼の背中をぼんやりと滲ませる。
「行か……ないで……」
彼は振り向かない。もう、決して振り向かない気がした。あんなにもまぶしかった海が、砂浜が、暗く閉ざされていく。
「お願い、慧一さんっ」
峰子は駆け出した。
あなたはもう、ケイの代わりなんかじゃない。
「独りにしないで!」
慧一が立ち止まる。
大きな背中に、峰子は体当たりするみたいに抱きついた。
「好き……っ」
しぼりだすように告白する。
慧一が振り返り、信じられないといった顔で、崩れそうな峰子を支えた。
「なんだって?」
「好きです、あなたが好きですっ……」
涙声で訴える。あの夜からずっと、伝えたかったのだ。
「……真面目にか」
大きく頷くと、慧一の表情がみるみる変わる。
「峰子!」
強く抱きしめられた。
激しく、熱い、男の人の情熱に感動する。あの夜のように――
この温もりが、ケイから峰子を奪ったのだ。
「け、慧一さん、苦し……」
数秒後、峰子はもがき始めた。あまりにも密着しすぎて、胸の中で息が苦しくなる。
慧一は力を弱め、顔を覗き込んできた。
「悪い、乱暴だったな」
「いえ、そんな」
彼を見上げ、強くかぶりを振った。
「どうしても、峰子に対しては……ドSになる」
済まなそうに告白する。欲望に揺れる瞳が、彼の魅力をいっそう引き立たせ、峰子をうっとりとさせた。
「大丈夫です。私……」
彼のために言葉を探す。負担にならない言葉を。
「私、ドMですから」
「……」
慧一はきょとんとした。瞬きもせず、峰子に見入っている。
「あ、あの……すみません。やっぱり、変ですよね」
慣れないセリフを口にした。呆れられたのだ。
峰子は縮こまり、彼の視線から逃げるように顔を俯かせる。
だが慧一は、肩を揺すって笑いだした。楽しそうな声が、渚に明るく響きわたる。
「そうか、峰子はドMか。知らなかった。あっはは……」
この人は優しい――
峰子はじんとする。自然体で、私をリラックスさせてくれる。そんな波長を彼は持っている。
目を閉じると、慧一の胸に甘えた。
男性の匂いが立ちのぼってくる。峰子の本能を痺れさせる、彼のフェロモンだ。
「夢みたいだな……」
慧一は呟くと、峰子の髪にキスをした。
「夢かもしれないな」
峰子は瞼を薄く開き、温かな胸に耳を押し付けた。呼吸が速くなっている。彼はこの状況に、とても高ぶっているようだ。
それに、応えたいと感じる。
夢ではないと、彼に実感してほしい。
「慧一さん」
「ん?」
「どこか、静かなところで……」
「……」
意味が伝わらなかったのか。それとも蚊の鳴くような声だから、聞こえなかった?
不安になり、彼をそっと見上げると……
「コ、コラ……何を言い出すんだよ」
ちゃんと聞こえていた。
彼はあからさまに動揺し、だけど腕はしっかりと峰子の体を拘束する。
「慧一さん?」
「いいぜ。俺はいつでも、君を求めてる」
返事と一緒に、甘い甘いキスをくれた。
峰子はたちまち蕩け、愛し合う喜びに浸った。
しばらくすると慧一は起き上がり、砂の上に胡坐をかいた。峰子に見向くと、
「日に焼けちゃう」
女っぽい言い方をして、彼女を笑わせる。
「も、もう、慧一さん。駄目ですよ、笑うとお腹が……というより、全身が痛くて」
峰子は泣き笑いだ。身をよじり、可笑しさと痛みに耐えている。
「おい、峰子」
「待ってください、もうほんとに駄目です……あはは……」
「いやいや、そうじゃなくてさ」
慧一がいきなり手を伸ばし、スカートの裾を引っ張った。
「きゃあっ! な、ななっ、何を……!?」
慌てふためく峰子を見て、慧一はなぜか呆れ顔になる。
「きゃーは無いだろ。スカートがまくれて、丸見えだったぞ」
「はいっ?」
峰子は、はたと気が付く。
笑って身をよじるうちに、衣服が乱れたらしい。慧一はスカートの裾を引っ張り、太腿を隠してくれたのだ。
「ごっ、ごめんなさい。私、誤解してしまって」
「いいよ。どうせ俺はドスケベだからな」
冗談めかすが、峰子はますます恐縮する。
「そ、そんなこと。本当に、ごめんなさ……」
「もういいって。隙だらけだぞ」
「あっ」
慧一は峰子の腰を抱いた。迷いのない、あっという間の早業だった。
「け、慧一さん……」
汗と、男性の匂い。フェロモンに包まれた峰子は抗えず、されるがままになる。
「感想を教えてくれよ」
白く柔らかな首筋に、慧一の唇が触れる。熱い息が、彼女にあの夜を思い出させた。
「か、感想……?」
「例の感想だよ。この前、聞きそびれちまったからな」
あの夜の――
峰子の頬が、みるみる真っ赤に染まる。
「ほら、峰子。言ってみろ」
執拗な質問に観念したのか、ぽつりぽつりと彼女は答えた。
「あの、なんて言うか……」
「うん?」
「びっくりしました」
「……」
「……」
「へっ? まさか、それだけ?」
峰子は黙って頷く。
「ええーっ?」
あまりにもシンプルな感想に、慧一は不満の声を上げた。
「いやいや、もっとあるだろ? 良かったとか、悪かったとか。想像どおりだったとか、違ったとか」
食い下がるが、峰子は固く口を閉ざす。もうなにも受け付けないように、海を見つめている。
慧一はあきらめ、降参のポーズをした。
「分かったよ、峰子。もう追及しない」
慧一は立ち上がり、ズボンについた砂を払う。
峰子は恐る恐るといった感じで、こちらに顔を向けた。
「ここにいたら、干物になっちまうぞ」
手を差し伸べると、彼女は素直につかまった。
二人は至近距離で向き合う。慧一の優しい眼差しが、峰子を捉えている。
「峰子、俺は本当に君を好きだよ」
低い、痺れるような男の声。峰子は何も答えず、潤んだ目で見つめ返すのみ。
「君はどう思ってるんだ、俺を」
「……」
「ケイのモデル? ただそれだけの存在なのか」
峰子は目を見開く。何か言いたそうにするが、慧一には読み取れない。
「今日が三回目だから、あと七回だな。約束の十回が終わったら、あとはどうすればいい。俺はもう、お役ご免か?」
困った表情は拒絶に感じられる。
慧一は目を伏せ、峰子に背を向けると、渚を歩き出した。
どんどん遠ざかる男を、峰子は呆然と見ている。
「……ないで」
小さな声は波音にかき消された。瞳から感情が溢れ、彼の背中をぼんやりと滲ませる。
「行か……ないで……」
彼は振り向かない。もう、決して振り向かない気がした。あんなにもまぶしかった海が、砂浜が、暗く閉ざされていく。
「お願い、慧一さんっ」
峰子は駆け出した。
あなたはもう、ケイの代わりなんかじゃない。
「独りにしないで!」
慧一が立ち止まる。
大きな背中に、峰子は体当たりするみたいに抱きついた。
「好き……っ」
しぼりだすように告白する。
慧一が振り返り、信じられないといった顔で、崩れそうな峰子を支えた。
「なんだって?」
「好きです、あなたが好きですっ……」
涙声で訴える。あの夜からずっと、伝えたかったのだ。
「……真面目にか」
大きく頷くと、慧一の表情がみるみる変わる。
「峰子!」
強く抱きしめられた。
激しく、熱い、男の人の情熱に感動する。あの夜のように――
この温もりが、ケイから峰子を奪ったのだ。
「け、慧一さん、苦し……」
数秒後、峰子はもがき始めた。あまりにも密着しすぎて、胸の中で息が苦しくなる。
慧一は力を弱め、顔を覗き込んできた。
「悪い、乱暴だったな」
「いえ、そんな」
彼を見上げ、強くかぶりを振った。
「どうしても、峰子に対しては……ドSになる」
済まなそうに告白する。欲望に揺れる瞳が、彼の魅力をいっそう引き立たせ、峰子をうっとりとさせた。
「大丈夫です。私……」
彼のために言葉を探す。負担にならない言葉を。
「私、ドMですから」
「……」
慧一はきょとんとした。瞬きもせず、峰子に見入っている。
「あ、あの……すみません。やっぱり、変ですよね」
慣れないセリフを口にした。呆れられたのだ。
峰子は縮こまり、彼の視線から逃げるように顔を俯かせる。
だが慧一は、肩を揺すって笑いだした。楽しそうな声が、渚に明るく響きわたる。
「そうか、峰子はドMか。知らなかった。あっはは……」
この人は優しい――
峰子はじんとする。自然体で、私をリラックスさせてくれる。そんな波長を彼は持っている。
目を閉じると、慧一の胸に甘えた。
男性の匂いが立ちのぼってくる。峰子の本能を痺れさせる、彼のフェロモンだ。
「夢みたいだな……」
慧一は呟くと、峰子の髪にキスをした。
「夢かもしれないな」
峰子は瞼を薄く開き、温かな胸に耳を押し付けた。呼吸が速くなっている。彼はこの状況に、とても高ぶっているようだ。
それに、応えたいと感じる。
夢ではないと、彼に実感してほしい。
「慧一さん」
「ん?」
「どこか、静かなところで……」
「……」
意味が伝わらなかったのか。それとも蚊の鳴くような声だから、聞こえなかった?
不安になり、彼をそっと見上げると……
「コ、コラ……何を言い出すんだよ」
ちゃんと聞こえていた。
彼はあからさまに動揺し、だけど腕はしっかりと峰子の体を拘束する。
「慧一さん?」
「いいぜ。俺はいつでも、君を求めてる」
返事と一緒に、甘い甘いキスをくれた。
峰子はたちまち蕩け、愛し合う喜びに浸った。
10
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ホリカヨは俺様上司を癒したい!
森永 陽月
恋愛
堀井嘉与子(ホリイカヨコ)は、普段は『大奥』でオハシタとして働く冴えないOLだが、副業では自分のコンプレックスを生かして働こうとしていた。
そこにやってきたのは、憧れの郡司透吏部長。
『郡司部長、私はあなたを癒したいです』
※他の投稿サイトにも載せています。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる