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行かないで!
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「う……ん。気持ちいいなあ!」
しばらくすると慧一は起き上がり、砂の上に胡坐をかいた。峰子に見向くと、
「日に焼けちゃう」
女っぽい言い方をして、彼女を笑わせる。
「も、もう、慧一さん。駄目ですよ、笑うとお腹が……というより、全身が痛くて」
峰子は泣き笑いだ。身をよじり、可笑しさと痛みに耐えている。
「おい、峰子」
「待ってください、もうほんとに駄目です……あはは……」
「いやいや、そうじゃなくてさ」
慧一がいきなり手を伸ばし、スカートの裾を引っ張った。
「きゃあっ! な、ななっ、何を……!?」
慌てふためく峰子を見て、慧一はなぜか呆れ顔になる。
「きゃーは無いだろ。スカートがまくれて、丸見えだったぞ」
「はいっ?」
峰子は、はたと気が付く。
笑って身をよじるうちに、衣服が乱れたらしい。慧一はスカートの裾を引っ張り、太腿を隠してくれたのだ。
「ごっ、ごめんなさい。私、誤解してしまって」
「いいよ。どうせ俺はドスケベだからな」
冗談めかすが、峰子はますます恐縮する。
「そ、そんなこと。本当に、ごめんなさ……」
「もういいって。隙だらけだぞ」
「あっ」
慧一は峰子の腰を抱いた。迷いのない、あっという間の早業だった。
「け、慧一さん……」
汗と、男性の匂い。フェロモンに包まれた峰子は抗えず、されるがままになる。
「感想を教えてくれよ」
白く柔らかな首筋に、慧一の唇が触れる。熱い息が、彼女にあの夜を思い出させた。
「か、感想……?」
「例の感想だよ。この前、聞きそびれちまったからな」
あの夜の――
峰子の頬が、みるみる真っ赤に染まる。
「ほら、峰子。言ってみろ」
執拗な質問に観念したのか、ぽつりぽつりと彼女は答えた。
「あの、なんて言うか……」
「うん?」
「びっくりしました」
「……」
「……」
「へっ? まさか、それだけ?」
峰子は黙って頷く。
「ええーっ?」
あまりにもシンプルな感想に、慧一は不満の声を上げた。
「いやいや、もっとあるだろ? 良かったとか、悪かったとか。想像どおりだったとか、違ったとか」
食い下がるが、峰子は固く口を閉ざす。もうなにも受け付けないように、海を見つめている。
慧一はあきらめ、降参のポーズをした。
「分かったよ、峰子。もう追及しない」
慧一は立ち上がり、ズボンについた砂を払う。
峰子は恐る恐るといった感じで、こちらに顔を向けた。
「ここにいたら、干物になっちまうぞ」
手を差し伸べると、彼女は素直につかまった。
二人は至近距離で向き合う。慧一の優しい眼差しが、峰子を捉えている。
「峰子、俺は本当に君を好きだよ」
低い、痺れるような男の声。峰子は何も答えず、潤んだ目で見つめ返すのみ。
「君はどう思ってるんだ、俺を」
「……」
「ケイのモデル? ただそれだけの存在なのか」
峰子は目を見開く。何か言いたそうにするが、慧一には読み取れない。
「今日が三回目だから、あと七回だな。約束の十回が終わったら、あとはどうすればいい。俺はもう、お役ご免か?」
困った表情は拒絶に感じられる。
慧一は目を伏せ、峰子に背を向けると、渚を歩き出した。
どんどん遠ざかる男を、峰子は呆然と見ている。
「……ないで」
小さな声は波音にかき消された。瞳から感情が溢れ、彼の背中をぼんやりと滲ませる。
「行か……ないで……」
彼は振り向かない。もう、決して振り向かない気がした。あんなにもまぶしかった海が、砂浜が、暗く閉ざされていく。
「お願い、慧一さんっ」
峰子は駆け出した。
あなたはもう、ケイの代わりなんかじゃない。
「独りにしないで!」
慧一が立ち止まる。
大きな背中に、峰子は体当たりするみたいに抱きついた。
「好き……っ」
しぼりだすように告白する。
慧一が振り返り、信じられないといった顔で、崩れそうな峰子を支えた。
「なんだって?」
「好きです、あなたが好きですっ……」
涙声で訴える。あの夜からずっと、伝えたかったのだ。
「……真面目にか」
大きく頷くと、慧一の表情がみるみる変わる。
「峰子!」
強く抱きしめられた。
激しく、熱い、男の人の情熱に感動する。あの夜のように――
この温もりが、ケイから峰子を奪ったのだ。
「け、慧一さん、苦し……」
数秒後、峰子はもがき始めた。あまりにも密着しすぎて、胸の中で息が苦しくなる。
慧一は力を弱め、顔を覗き込んできた。
「悪い、乱暴だったな」
「いえ、そんな」
彼を見上げ、強くかぶりを振った。
「どうしても、峰子に対しては……ドSになる」
済まなそうに告白する。欲望に揺れる瞳が、彼の魅力をいっそう引き立たせ、峰子をうっとりとさせた。
「大丈夫です。私……」
彼のために言葉を探す。負担にならない言葉を。
「私、ドMですから」
「……」
慧一はきょとんとした。瞬きもせず、峰子に見入っている。
「あ、あの……すみません。やっぱり、変ですよね」
慣れないセリフを口にした。呆れられたのだ。
峰子は縮こまり、彼の視線から逃げるように顔を俯かせる。
だが慧一は、肩を揺すって笑いだした。楽しそうな声が、渚に明るく響きわたる。
「そうか、峰子はドMか。知らなかった。あっはは……」
この人は優しい――
峰子はじんとする。自然体で、私をリラックスさせてくれる。そんな波長を彼は持っている。
目を閉じると、慧一の胸に甘えた。
男性の匂いが立ちのぼってくる。峰子の本能を痺れさせる、彼のフェロモンだ。
「夢みたいだな……」
慧一は呟くと、峰子の髪にキスをした。
「夢かもしれないな」
峰子は瞼を薄く開き、温かな胸に耳を押し付けた。呼吸が速くなっている。彼はこの状況に、とても高ぶっているようだ。
それに、応えたいと感じる。
夢ではないと、彼に実感してほしい。
「慧一さん」
「ん?」
「どこか、静かなところで……」
「……」
意味が伝わらなかったのか。それとも蚊の鳴くような声だから、聞こえなかった?
不安になり、彼をそっと見上げると……
「コ、コラ……何を言い出すんだよ」
ちゃんと聞こえていた。
彼はあからさまに動揺し、だけど腕はしっかりと峰子の体を拘束する。
「慧一さん?」
「いいぜ。俺はいつでも、君を求めてる」
返事と一緒に、甘い甘いキスをくれた。
峰子はたちまち蕩け、愛し合う喜びに浸った。
しばらくすると慧一は起き上がり、砂の上に胡坐をかいた。峰子に見向くと、
「日に焼けちゃう」
女っぽい言い方をして、彼女を笑わせる。
「も、もう、慧一さん。駄目ですよ、笑うとお腹が……というより、全身が痛くて」
峰子は泣き笑いだ。身をよじり、可笑しさと痛みに耐えている。
「おい、峰子」
「待ってください、もうほんとに駄目です……あはは……」
「いやいや、そうじゃなくてさ」
慧一がいきなり手を伸ばし、スカートの裾を引っ張った。
「きゃあっ! な、ななっ、何を……!?」
慌てふためく峰子を見て、慧一はなぜか呆れ顔になる。
「きゃーは無いだろ。スカートがまくれて、丸見えだったぞ」
「はいっ?」
峰子は、はたと気が付く。
笑って身をよじるうちに、衣服が乱れたらしい。慧一はスカートの裾を引っ張り、太腿を隠してくれたのだ。
「ごっ、ごめんなさい。私、誤解してしまって」
「いいよ。どうせ俺はドスケベだからな」
冗談めかすが、峰子はますます恐縮する。
「そ、そんなこと。本当に、ごめんなさ……」
「もういいって。隙だらけだぞ」
「あっ」
慧一は峰子の腰を抱いた。迷いのない、あっという間の早業だった。
「け、慧一さん……」
汗と、男性の匂い。フェロモンに包まれた峰子は抗えず、されるがままになる。
「感想を教えてくれよ」
白く柔らかな首筋に、慧一の唇が触れる。熱い息が、彼女にあの夜を思い出させた。
「か、感想……?」
「例の感想だよ。この前、聞きそびれちまったからな」
あの夜の――
峰子の頬が、みるみる真っ赤に染まる。
「ほら、峰子。言ってみろ」
執拗な質問に観念したのか、ぽつりぽつりと彼女は答えた。
「あの、なんて言うか……」
「うん?」
「びっくりしました」
「……」
「……」
「へっ? まさか、それだけ?」
峰子は黙って頷く。
「ええーっ?」
あまりにもシンプルな感想に、慧一は不満の声を上げた。
「いやいや、もっとあるだろ? 良かったとか、悪かったとか。想像どおりだったとか、違ったとか」
食い下がるが、峰子は固く口を閉ざす。もうなにも受け付けないように、海を見つめている。
慧一はあきらめ、降参のポーズをした。
「分かったよ、峰子。もう追及しない」
慧一は立ち上がり、ズボンについた砂を払う。
峰子は恐る恐るといった感じで、こちらに顔を向けた。
「ここにいたら、干物になっちまうぞ」
手を差し伸べると、彼女は素直につかまった。
二人は至近距離で向き合う。慧一の優しい眼差しが、峰子を捉えている。
「峰子、俺は本当に君を好きだよ」
低い、痺れるような男の声。峰子は何も答えず、潤んだ目で見つめ返すのみ。
「君はどう思ってるんだ、俺を」
「……」
「ケイのモデル? ただそれだけの存在なのか」
峰子は目を見開く。何か言いたそうにするが、慧一には読み取れない。
「今日が三回目だから、あと七回だな。約束の十回が終わったら、あとはどうすればいい。俺はもう、お役ご免か?」
困った表情は拒絶に感じられる。
慧一は目を伏せ、峰子に背を向けると、渚を歩き出した。
どんどん遠ざかる男を、峰子は呆然と見ている。
「……ないで」
小さな声は波音にかき消された。瞳から感情が溢れ、彼の背中をぼんやりと滲ませる。
「行か……ないで……」
彼は振り向かない。もう、決して振り向かない気がした。あんなにもまぶしかった海が、砂浜が、暗く閉ざされていく。
「お願い、慧一さんっ」
峰子は駆け出した。
あなたはもう、ケイの代わりなんかじゃない。
「独りにしないで!」
慧一が立ち止まる。
大きな背中に、峰子は体当たりするみたいに抱きついた。
「好き……っ」
しぼりだすように告白する。
慧一が振り返り、信じられないといった顔で、崩れそうな峰子を支えた。
「なんだって?」
「好きです、あなたが好きですっ……」
涙声で訴える。あの夜からずっと、伝えたかったのだ。
「……真面目にか」
大きく頷くと、慧一の表情がみるみる変わる。
「峰子!」
強く抱きしめられた。
激しく、熱い、男の人の情熱に感動する。あの夜のように――
この温もりが、ケイから峰子を奪ったのだ。
「け、慧一さん、苦し……」
数秒後、峰子はもがき始めた。あまりにも密着しすぎて、胸の中で息が苦しくなる。
慧一は力を弱め、顔を覗き込んできた。
「悪い、乱暴だったな」
「いえ、そんな」
彼を見上げ、強くかぶりを振った。
「どうしても、峰子に対しては……ドSになる」
済まなそうに告白する。欲望に揺れる瞳が、彼の魅力をいっそう引き立たせ、峰子をうっとりとさせた。
「大丈夫です。私……」
彼のために言葉を探す。負担にならない言葉を。
「私、ドMですから」
「……」
慧一はきょとんとした。瞬きもせず、峰子に見入っている。
「あ、あの……すみません。やっぱり、変ですよね」
慣れないセリフを口にした。呆れられたのだ。
峰子は縮こまり、彼の視線から逃げるように顔を俯かせる。
だが慧一は、肩を揺すって笑いだした。楽しそうな声が、渚に明るく響きわたる。
「そうか、峰子はドMか。知らなかった。あっはは……」
この人は優しい――
峰子はじんとする。自然体で、私をリラックスさせてくれる。そんな波長を彼は持っている。
目を閉じると、慧一の胸に甘えた。
男性の匂いが立ちのぼってくる。峰子の本能を痺れさせる、彼のフェロモンだ。
「夢みたいだな……」
慧一は呟くと、峰子の髪にキスをした。
「夢かもしれないな」
峰子は瞼を薄く開き、温かな胸に耳を押し付けた。呼吸が速くなっている。彼はこの状況に、とても高ぶっているようだ。
それに、応えたいと感じる。
夢ではないと、彼に実感してほしい。
「慧一さん」
「ん?」
「どこか、静かなところで……」
「……」
意味が伝わらなかったのか。それとも蚊の鳴くような声だから、聞こえなかった?
不安になり、彼をそっと見上げると……
「コ、コラ……何を言い出すんだよ」
ちゃんと聞こえていた。
彼はあからさまに動揺し、だけど腕はしっかりと峰子の体を拘束する。
「慧一さん?」
「いいぜ。俺はいつでも、君を求めてる」
返事と一緒に、甘い甘いキスをくれた。
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