モース10

藤谷 郁

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親友の恋

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 コーヒーが運ばれて来ると、峰子はまず香りを楽しんだ。その後、ゆっくりとした動作でクリームを入れる。

 優雅な仕草が真介にそっくりだ……と、慧一は見入った。


「あの、どうかしましたか?」


 慧一の視線に気が付いて峰子が訊く。


「いや、前から思ってたけど、峰子と真介は似てるんだよな」

「私と泉さんが?」


 峰子は目をぱちくりとさせる。


「うん。何かする時の動作とか、仕草が似てる。それに、二人とも性格は控えめで、普段は落ち着いてるし。あと、自分の魅力が分かってないところとか」

「はあ」

「面白真面目なところも」

「お、おもしろ……まじめですか?」


 峰子は心外な目で慧一を見返すが、思いあたるふしがあるのか否定はしない。


「そういえば、慧一さんと泉さんは、出身大学が同じですよね」


 峰子はコーヒーをひと口含むと、思いついたように尋ねた。


「ああ。成績はあいつのほうが、ずーっと上だけどね」

「泉さんって知的な感じがします。お昼休みに本を読まれているのを何度か見ました」


 慧一はカップを持つ手を止めた。峰子の頬が、少し赤くなっている。


「フーン、よく見てるな。あいつ、どこで休憩してるんだ」

「中庭の木陰にあるベンチで、時々」


 峰子の嬉しそうな表情に、慧一はもやっとする。


(真介は峰子にとって、シンのモデルになった男だ。好意的なのは、別におかしくはないが……)


 慧一は話題を変えた。


「同人誌、全部読んだよ」

「え? すごい早いですね。全部ですか」

「うん。それで、少し訊きたいことがあるんだけど」

「はい、何でしょう」


 峰子は身を乗り出し、質問を受ける態勢をとった。


「今更の疑問だけど、あの筋書きで、どうして男同士なんだ? 男と女じゃ駄目なのか」

「あ……」


 峰子は頷くと、しばらく考えてから、


「分からないんです」

「分からない?」

「どうしてか、魅力的な男性キャラクターを想像すると、愛し合わせてしまうのです。あと、男女だと、そのう……」

「男女だと?」

「なんだか、生々しくって」


 峰子は慧一から目を逸らし、窓の林へと移した。

 いたたまれなように。


(なるほどね……)


 確かに生々しい。それに今の峰子は、自らその生々しさを体感した後だから、なおさらそう感じるのだ。


「じゃあ、次の質問な。変なことを訊くようだが、勘繰るなよ。俺は真面目なんだから」

「え、ええ」


 慧一はいくぶん声を落として、質問を向ける。


「峰子の描く挿絵は男同士で正常位ってのが多いけど、そういうのはどうなんだ。実際、有り得るのか」


 挿絵は正常位のみならず、バリエーション豊かな(よく分からない)体位が描かれている。何かを参考にしたのか、それとも峰子の創造なのか。

 峰子は赤らみつつも、もっともな疑問と思ってか、うんうんと頷く。


「そ……それはですね、有り得ると言うかあの……こちらの世界では出来ることになってるんです」


「出来ることに?」

「はい……」


 困ったようにもじもじする。答えにくそうな彼女を見て、慧一はもしやと思った。


「穴でもあるのか」


 あからさまな言い方に峰子はハッとするが、首を縦に振った。


「そうです。あるんです」

「……すげえな」


 ほとんど当てずっぽうだが、見事に的中した。彼女達のディープな世界と発想に、あらためて恐れ入る。


(創作の世界ってのは、どこまでも自由なんだ。面白いなあ……)


 もう少し突っ込んで訊きたいが、峰子が困りそうなのでやめておく。


(その辺りは、同人仲間の京子ちゃんにでも教えてもらおう)


 慧一は他にもあれこれ質問したが、峰子はいちいち丁寧に答えた。

 同人誌『モース』は、細かな設定まで用意されていると分かり、慧一は感心する。小説を書いたことのない彼にとって、峰子の話は面白いものだった。


「もっと訊きたいけど、そろそろやめておくよ。ありがとうな、峰子」

「いえ、そんな。しっかりと読み込んでもらえて、嬉しいです」


 峰子はコーヒーの残りを飲んだ。
 同人誌の話題なので熱が入り、喉が渇くのだろう。


「あの、慧一さんって、いろんなことに興味があるんですね。好奇心が強いのは、良いことだと思います」

「それは褒めてるのか」


 慧一はテーブル越しに上体を寄せた。


「はい、もちろんです」

「ふうん、君は懐が深いな。俺の好奇心には、呆れる女性が多いんだけど」


 これは本当だった。
 率直に突っ込みすぎるのが原因で、彼は何度も女性に振られている。


「そう……なんですか?」

「うん。だから、峰子に褒められて嬉しいよ」


 峰子はなぜか曖昧に笑い、目を伏せる。

 慧一の発言は、多くの女性遍歴を匂わせるものだった。彼としては、特に意味もなく、ありのままを話しただけなのだが。


「どうした?」

「えっ? いえ、ちょっとレンズが曇ってしまって」


 峰子は眼鏡を外し、ハンカチでレンズを拭った。
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