46 / 82
親友の恋
1
しおりを挟む
コーヒーが運ばれて来ると、峰子はまず香りを楽しんだ。その後、ゆっくりとした動作でクリームを入れる。
優雅な仕草が真介にそっくりだ……と、慧一は見入った。
「あの、どうかしましたか?」
慧一の視線に気が付いて峰子が訊く。
「いや、前から思ってたけど、峰子と真介は似てるんだよな」
「私と泉さんが?」
峰子は目をぱちくりとさせる。
「うん。何かする時の動作とか、仕草が似てる。それに、二人とも性格は控えめで、普段は落ち着いてるし。あと、自分の魅力が分かってないところとか」
「はあ」
「面白真面目なところも」
「お、おもしろ……まじめですか?」
峰子は心外な目で慧一を見返すが、思いあたるふしがあるのか否定はしない。
「そういえば、慧一さんと泉さんは、出身大学が同じですよね」
峰子はコーヒーをひと口含むと、思いついたように尋ねた。
「ああ。成績はあいつのほうが、ずーっと上だけどね」
「泉さんって知的な感じがします。お昼休みに本を読まれているのを何度か見ました」
慧一はカップを持つ手を止めた。峰子の頬が、少し赤くなっている。
「フーン、よく見てるな。あいつ、どこで休憩してるんだ」
「中庭の木陰にあるベンチで、時々」
峰子の嬉しそうな表情に、慧一はもやっとする。
(真介は峰子にとって、シンのモデルになった男だ。好意的なのは、別におかしくはないが……)
慧一は話題を変えた。
「同人誌、全部読んだよ」
「え? すごい早いですね。全部ですか」
「うん。それで、少し訊きたいことがあるんだけど」
「はい、何でしょう」
峰子は身を乗り出し、質問を受ける態勢をとった。
「今更の疑問だけど、あの筋書きで、どうして男同士なんだ? 男と女じゃ駄目なのか」
「あ……」
峰子は頷くと、しばらく考えてから、
「分からないんです」
「分からない?」
「どうしてか、魅力的な男性キャラクターを想像すると、愛し合わせてしまうのです。あと、男女だと、そのう……」
「男女だと?」
「なんだか、生々しくって」
峰子は慧一から目を逸らし、窓の林へと移した。
いたたまれなように。
(なるほどね……)
確かに生々しい。それに今の峰子は、自らその生々しさを体感した後だから、なおさらそう感じるのだ。
「じゃあ、次の質問な。変なことを訊くようだが、勘繰るなよ。俺は真面目なんだから」
「え、ええ」
慧一はいくぶん声を落として、質問を向ける。
「峰子の描く挿絵は男同士で正常位ってのが多いけど、そういうのはどうなんだ。実際、有り得るのか」
挿絵は正常位のみならず、バリエーション豊かな(よく分からない)体位が描かれている。何かを参考にしたのか、それとも峰子の創造なのか。
峰子は赤らみつつも、もっともな疑問と思ってか、うんうんと頷く。
「そ……それはですね、有り得ると言うかあの……こちらの世界では出来ることになってるんです」
「出来ることに?」
「はい……」
困ったようにもじもじする。答えにくそうな彼女を見て、慧一はもしやと思った。
「穴でもあるのか」
あからさまな言い方に峰子はハッとするが、首を縦に振った。
「そうです。あるんです」
「……すげえな」
ほとんど当てずっぽうだが、見事に的中した。彼女達のディープな世界と発想に、あらためて恐れ入る。
(創作の世界ってのは、どこまでも自由なんだ。面白いなあ……)
もう少し突っ込んで訊きたいが、峰子が困りそうなのでやめておく。
(その辺りは、同人仲間の京子ちゃんにでも教えてもらおう)
慧一は他にもあれこれ質問したが、峰子はいちいち丁寧に答えた。
同人誌『モース』は、細かな設定まで用意されていると分かり、慧一は感心する。小説を書いたことのない彼にとって、峰子の話は面白いものだった。
「もっと訊きたいけど、そろそろやめておくよ。ありがとうな、峰子」
「いえ、そんな。しっかりと読み込んでもらえて、嬉しいです」
峰子はコーヒーの残りを飲んだ。
同人誌の話題なので熱が入り、喉が渇くのだろう。
「あの、慧一さんって、いろんなことに興味があるんですね。好奇心が強いのは、良いことだと思います」
「それは褒めてるのか」
慧一はテーブル越しに上体を寄せた。
「はい、もちろんです」
「ふうん、君は懐が深いな。俺の好奇心には、呆れる女性が多いんだけど」
これは本当だった。
率直に突っ込みすぎるのが原因で、彼は何度も女性に振られている。
「そう……なんですか?」
「うん。だから、峰子に褒められて嬉しいよ」
峰子はなぜか曖昧に笑い、目を伏せる。
慧一の発言は、多くの女性遍歴を匂わせるものだった。彼としては、特に意味もなく、ありのままを話しただけなのだが。
「どうした?」
「えっ? いえ、ちょっとレンズが曇ってしまって」
峰子は眼鏡を外し、ハンカチでレンズを拭った。
優雅な仕草が真介にそっくりだ……と、慧一は見入った。
「あの、どうかしましたか?」
慧一の視線に気が付いて峰子が訊く。
「いや、前から思ってたけど、峰子と真介は似てるんだよな」
「私と泉さんが?」
峰子は目をぱちくりとさせる。
「うん。何かする時の動作とか、仕草が似てる。それに、二人とも性格は控えめで、普段は落ち着いてるし。あと、自分の魅力が分かってないところとか」
「はあ」
「面白真面目なところも」
「お、おもしろ……まじめですか?」
峰子は心外な目で慧一を見返すが、思いあたるふしがあるのか否定はしない。
「そういえば、慧一さんと泉さんは、出身大学が同じですよね」
峰子はコーヒーをひと口含むと、思いついたように尋ねた。
「ああ。成績はあいつのほうが、ずーっと上だけどね」
「泉さんって知的な感じがします。お昼休みに本を読まれているのを何度か見ました」
慧一はカップを持つ手を止めた。峰子の頬が、少し赤くなっている。
「フーン、よく見てるな。あいつ、どこで休憩してるんだ」
「中庭の木陰にあるベンチで、時々」
峰子の嬉しそうな表情に、慧一はもやっとする。
(真介は峰子にとって、シンのモデルになった男だ。好意的なのは、別におかしくはないが……)
慧一は話題を変えた。
「同人誌、全部読んだよ」
「え? すごい早いですね。全部ですか」
「うん。それで、少し訊きたいことがあるんだけど」
「はい、何でしょう」
峰子は身を乗り出し、質問を受ける態勢をとった。
「今更の疑問だけど、あの筋書きで、どうして男同士なんだ? 男と女じゃ駄目なのか」
「あ……」
峰子は頷くと、しばらく考えてから、
「分からないんです」
「分からない?」
「どうしてか、魅力的な男性キャラクターを想像すると、愛し合わせてしまうのです。あと、男女だと、そのう……」
「男女だと?」
「なんだか、生々しくって」
峰子は慧一から目を逸らし、窓の林へと移した。
いたたまれなように。
(なるほどね……)
確かに生々しい。それに今の峰子は、自らその生々しさを体感した後だから、なおさらそう感じるのだ。
「じゃあ、次の質問な。変なことを訊くようだが、勘繰るなよ。俺は真面目なんだから」
「え、ええ」
慧一はいくぶん声を落として、質問を向ける。
「峰子の描く挿絵は男同士で正常位ってのが多いけど、そういうのはどうなんだ。実際、有り得るのか」
挿絵は正常位のみならず、バリエーション豊かな(よく分からない)体位が描かれている。何かを参考にしたのか、それとも峰子の創造なのか。
峰子は赤らみつつも、もっともな疑問と思ってか、うんうんと頷く。
「そ……それはですね、有り得ると言うかあの……こちらの世界では出来ることになってるんです」
「出来ることに?」
「はい……」
困ったようにもじもじする。答えにくそうな彼女を見て、慧一はもしやと思った。
「穴でもあるのか」
あからさまな言い方に峰子はハッとするが、首を縦に振った。
「そうです。あるんです」
「……すげえな」
ほとんど当てずっぽうだが、見事に的中した。彼女達のディープな世界と発想に、あらためて恐れ入る。
(創作の世界ってのは、どこまでも自由なんだ。面白いなあ……)
もう少し突っ込んで訊きたいが、峰子が困りそうなのでやめておく。
(その辺りは、同人仲間の京子ちゃんにでも教えてもらおう)
慧一は他にもあれこれ質問したが、峰子はいちいち丁寧に答えた。
同人誌『モース』は、細かな設定まで用意されていると分かり、慧一は感心する。小説を書いたことのない彼にとって、峰子の話は面白いものだった。
「もっと訊きたいけど、そろそろやめておくよ。ありがとうな、峰子」
「いえ、そんな。しっかりと読み込んでもらえて、嬉しいです」
峰子はコーヒーの残りを飲んだ。
同人誌の話題なので熱が入り、喉が渇くのだろう。
「あの、慧一さんって、いろんなことに興味があるんですね。好奇心が強いのは、良いことだと思います」
「それは褒めてるのか」
慧一はテーブル越しに上体を寄せた。
「はい、もちろんです」
「ふうん、君は懐が深いな。俺の好奇心には、呆れる女性が多いんだけど」
これは本当だった。
率直に突っ込みすぎるのが原因で、彼は何度も女性に振られている。
「そう……なんですか?」
「うん。だから、峰子に褒められて嬉しいよ」
峰子はなぜか曖昧に笑い、目を伏せる。
慧一の発言は、多くの女性遍歴を匂わせるものだった。彼としては、特に意味もなく、ありのままを話しただけなのだが。
「どうした?」
「えっ? いえ、ちょっとレンズが曇ってしまって」
峰子は眼鏡を外し、ハンカチでレンズを拭った。
10
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
夕陽を映すあなたの瞳
葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心
バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴
そんな二人が、
高校の同窓会の幹事をすることに…
意思疎通は上手くいくのか?
ちゃんと幹事は出来るのか?
まさか、恋に発展なんて…
しないですよね?…あれ?
思わぬ二人の恋の行方は??
*✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻
高校の同窓会の幹事をすることになった
心と昴。
8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに
いつしか二人は距離を縮めていく…。
高校時代は
決して交わることのなかった二人。
ぎこちなく、でも少しずつ
お互いを想い始め…
☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆
久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員
Kuzumi Kokoro
伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン
Ibuki Subaru
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

秘密の恋
美希みなみ
恋愛
番外編更新はじめました(*ノωノ)
笠井瑞穂 25歳 東洋不動産 社長秘書
高倉由幸 31歳 東洋不動産 代表取締役社長
一途に由幸に思いをよせる、どこにでもいそうなOL瑞穂。
瑞穂は諦めるための最後の賭けに出た。
思いが届かなくても一度だけ…。
これで、あなたを諦めるから……。
短編ショートストーリーです。
番外編で由幸のお話を追加予定です。

Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる