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幸せな日曜日
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土曜日――
慧一は終日、モースを読んで過ごした。
(それにしても、いろいろな意味で興味深い同人誌だ)
BLならではのエピソードだろうが、よく分からない部分がある。峰子への質問事項を、頭にメモしながら読み込んだ。
翌日、日曜日の朝。
とりあえず読み終わったので、その感想を伝えるという名目で峰子に電話をかけた。
本音を言えば、彼女の声が聞きたい。できれば、どこかドライブにでも連れ出そうと目論んでいる。
もっと深く強く、彼女と関わりたい。貪欲になっては駄目だと思いながら、なかなかコントロールが難しいものだ。
『はい、峰子です』
彼女が電話に出たのは、呼び出し音が鳴ってすぐ。しかも、「三原」ではなく「峰子」と応答した。
いきなり不意打ちを食らい、慧一は喜びながらも動揺する。
「おう、俺だ」
『おはようございます、慧一さん』
「おはよう」
峰子の声は明るかった。明るいが、どこか元気がないような気もする。
「いつもと違うな」
『え……』
「どこか調子悪い?」
『……』
息を呑む気配。どうやら図星のようだ。
「もしもし」
『すみません。あの、実はそうなんです……』
「風邪?」
『いえ……』
やはり元気がない。
あの日かな――と思ったが、それは言わないでおく。
「そうか。今日、できれば会えないかなーと、思ったんだけど」
『あっ、大丈夫です。会えます』
意外にも、かぶりつくような反応。元気はあるようだ。
「具合が悪いんじゃないのか」
『違うんです」
どうも要領を得ない。慧一はだんだん焦れてきた。
「峰子、はっきり言え。どうしたんだ」
『き……』
「き?」
『筋肉痛で』
「……」
ようやく、峰子の状態を理解した。慧一は噴きそうになった口を押さえる。
「そ、そうか。そんなに酷いのか」
『いえ、昨日より楽になったんです。それに、今朝起きた時はガチガチでしたけど、だいぶ復活しました』
「復活?」
言い方が面白くて、ついに笑った。
『笑わないでください』
「ゴメンゴメン。そう、それは悪かった。なら、一応動けるんだな」
『ええ』
「今から迎えに行ってもいいか」
『あ、はい。それなら私、表通りに出ていますので』
「いいよ、家の前に車をつけるよ」
『でも……』
ためらうのは遠慮なのか、それとも、家族に見られるのが恥ずかしいのか。
慧一は真面目な声で言った。
「遠慮するな。それに、俺は君を誘拐しようってわけじゃない。お茶に付き合ってもらうだけだ」
『はい……』
「大事な娘さんを預かる。そんなつもりでいるよ」
納得したのかどうか、峰子は小さな声で「分かりました」と、素直に返事した。
「じゃあ、これから行くよ」
『はい、待っています』
数秒の間を置き、通話が切れた。
「あっ、そういえば、モースの感想を伝えるはずだったのに」
同人誌を介さずとも、峰子と会話できたことに気付く。しかも、すんなりとデートに誘い出せた。
二人の距離がぐっと近付いたという手応えを感じる。
慧一は笑顔になると、いそいそと準備を始めた。
身支度を整えると慧一は車に乗り込み、峰子のもとへとひたすら走った。
フロントガラスには、快晴の夏空が広がる。爽やかな景色の中、自然と気持ちが浮き立ってくる。
それにしても……と、慧一は頬を緩めた。
峰子には悪いが、彼女の筋肉痛が自分の仕業だと思うと妙に嬉しい。あの夜が夢ではなかったのだと、その証拠のように思える。
ある意味、サディスティックな悦びだった。
約束どおり、峰子の自宅前に車をつけた。
慧一は門扉の前に立ち、深呼吸してからインターホンを鳴らす。
ほどなくして玄関ドアが開き、峰子が現れた。
「やあ、お待たせ」
にこりと笑い、峰子の後ろをそっと窺った。
「ご家族は?」
「父は町内会の用事で留守です。母は近所のお友達と買い物に出かけました。あと、弟はまだ寝ています」
峰子は二階の窓を見上げながら言う。
「弟さんか。高校生?」
「はい。今、高校三年生です。今日は予備校が休みだから、朝寝してるんです」
「受験生なんだ」
「ええ」
慧一は遠い昔を思い出す。
高校三年生の夏、希望の大学に入りたくて、脇目も振らずに勉強した。ガールフレンドはいたが、デートなんてほとんど出来ず、自然解消した記憶がある。
「そうか。出かけることは、お母さんに言ってある?」
「はい。慧一さんと一緒にって伝えました」
「ふうん、そう……で、お母さんは何て?」
それとなく訊くと、峰子は首を傾げる。
「それが……」
「うん?」
彼女はなぜか、俯いてしまった。
「えっ? どうしたんだ。お母さんが何だって?」
峰子の反応を見て不安になる。もしや、母親に良く思われていないのでは。
だが、顔を上げた彼女の顔はどちらかと言うと嬉しそうで、しかも赤らんでいる。
「峰子?」
「あの人なら、安全ねって……」
「あんぜん?」
「はい」
慧一は面食らった。まったくの誤解である。滝口慧一は、安全どころか危険極まりない男なのだ。
そこまで信頼されると、逆に困ってしまう。
慧一は終日、モースを読んで過ごした。
(それにしても、いろいろな意味で興味深い同人誌だ)
BLならではのエピソードだろうが、よく分からない部分がある。峰子への質問事項を、頭にメモしながら読み込んだ。
翌日、日曜日の朝。
とりあえず読み終わったので、その感想を伝えるという名目で峰子に電話をかけた。
本音を言えば、彼女の声が聞きたい。できれば、どこかドライブにでも連れ出そうと目論んでいる。
もっと深く強く、彼女と関わりたい。貪欲になっては駄目だと思いながら、なかなかコントロールが難しいものだ。
『はい、峰子です』
彼女が電話に出たのは、呼び出し音が鳴ってすぐ。しかも、「三原」ではなく「峰子」と応答した。
いきなり不意打ちを食らい、慧一は喜びながらも動揺する。
「おう、俺だ」
『おはようございます、慧一さん』
「おはよう」
峰子の声は明るかった。明るいが、どこか元気がないような気もする。
「いつもと違うな」
『え……』
「どこか調子悪い?」
『……』
息を呑む気配。どうやら図星のようだ。
「もしもし」
『すみません。あの、実はそうなんです……』
「風邪?」
『いえ……』
やはり元気がない。
あの日かな――と思ったが、それは言わないでおく。
「そうか。今日、できれば会えないかなーと、思ったんだけど」
『あっ、大丈夫です。会えます』
意外にも、かぶりつくような反応。元気はあるようだ。
「具合が悪いんじゃないのか」
『違うんです」
どうも要領を得ない。慧一はだんだん焦れてきた。
「峰子、はっきり言え。どうしたんだ」
『き……』
「き?」
『筋肉痛で』
「……」
ようやく、峰子の状態を理解した。慧一は噴きそうになった口を押さえる。
「そ、そうか。そんなに酷いのか」
『いえ、昨日より楽になったんです。それに、今朝起きた時はガチガチでしたけど、だいぶ復活しました』
「復活?」
言い方が面白くて、ついに笑った。
『笑わないでください』
「ゴメンゴメン。そう、それは悪かった。なら、一応動けるんだな」
『ええ』
「今から迎えに行ってもいいか」
『あ、はい。それなら私、表通りに出ていますので』
「いいよ、家の前に車をつけるよ」
『でも……』
ためらうのは遠慮なのか、それとも、家族に見られるのが恥ずかしいのか。
慧一は真面目な声で言った。
「遠慮するな。それに、俺は君を誘拐しようってわけじゃない。お茶に付き合ってもらうだけだ」
『はい……』
「大事な娘さんを預かる。そんなつもりでいるよ」
納得したのかどうか、峰子は小さな声で「分かりました」と、素直に返事した。
「じゃあ、これから行くよ」
『はい、待っています』
数秒の間を置き、通話が切れた。
「あっ、そういえば、モースの感想を伝えるはずだったのに」
同人誌を介さずとも、峰子と会話できたことに気付く。しかも、すんなりとデートに誘い出せた。
二人の距離がぐっと近付いたという手応えを感じる。
慧一は笑顔になると、いそいそと準備を始めた。
身支度を整えると慧一は車に乗り込み、峰子のもとへとひたすら走った。
フロントガラスには、快晴の夏空が広がる。爽やかな景色の中、自然と気持ちが浮き立ってくる。
それにしても……と、慧一は頬を緩めた。
峰子には悪いが、彼女の筋肉痛が自分の仕業だと思うと妙に嬉しい。あの夜が夢ではなかったのだと、その証拠のように思える。
ある意味、サディスティックな悦びだった。
約束どおり、峰子の自宅前に車をつけた。
慧一は門扉の前に立ち、深呼吸してからインターホンを鳴らす。
ほどなくして玄関ドアが開き、峰子が現れた。
「やあ、お待たせ」
にこりと笑い、峰子の後ろをそっと窺った。
「ご家族は?」
「父は町内会の用事で留守です。母は近所のお友達と買い物に出かけました。あと、弟はまだ寝ています」
峰子は二階の窓を見上げながら言う。
「弟さんか。高校生?」
「はい。今、高校三年生です。今日は予備校が休みだから、朝寝してるんです」
「受験生なんだ」
「ええ」
慧一は遠い昔を思い出す。
高校三年生の夏、希望の大学に入りたくて、脇目も振らずに勉強した。ガールフレンドはいたが、デートなんてほとんど出来ず、自然解消した記憶がある。
「そうか。出かけることは、お母さんに言ってある?」
「はい。慧一さんと一緒にって伝えました」
「ふうん、そう……で、お母さんは何て?」
それとなく訊くと、峰子は首を傾げる。
「それが……」
「うん?」
彼女はなぜか、俯いてしまった。
「えっ? どうしたんだ。お母さんが何だって?」
峰子の反応を見て不安になる。もしや、母親に良く思われていないのでは。
だが、顔を上げた彼女の顔はどちらかと言うと嬉しそうで、しかも赤らんでいる。
「峰子?」
「あの人なら、安全ねって……」
「あんぜん?」
「はい」
慧一は面食らった。まったくの誤解である。滝口慧一は、安全どころか危険極まりない男なのだ。
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