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初デート!
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約束の金曜日――
慧一は切りがついたところで仕事を上がった。峰子との待ち合わせの時間まで余裕がある。彼はいそいそと更衣室に引っ込み、姿見の前で洒落込んだ。
「滝口、今日こそ本当にデートだろ」
同僚が作業服を脱ぎながら、冷やかすように言う。
「まあね」
慧一は否定しない。
そうとも、誰が何と言おうとデートだ。惚れた女との、正真正銘の。
「チクショウ! お前ばかりがなぜモテる」
地団太を踏んで悔しがる同僚に、慧一は微笑む。
実際は片想いなのだが、そんなことはどうでもいい。今夜、峰子と二人きりで食事をする。男と女として。それで上等、最高だ。
慧一は頬をさすってみた。今日はツルツルと潤っている。
同僚は脱いだ作業服をクリーニング用ボックスに放り込み、慧一の肩に荒っぽく絡んだ。
「お前のような奴は早く家庭を持っちまえよ。いつまで独り身でいる気だ」
「だってアタシまだ二十八よ。早すぎるわ」
「くう~、このバカヤロ!」
女言葉でふざける慧一に、同僚はパンチを入れるマネをした。周りの後輩社員が、クスクス笑っている。
「さあ、仕上がったぞ。どうだお前ら」
慧一は同僚を引っぺがすと、後輩らの前でファッションモデルのようにポーズを決める。
ピンストライプのネイビースーツは、テーラーで仕立てたお気に入りだ。
「カッコいいッスよ」
「似合ってます」
口々に褒める後輩に、同僚は顔をしかめた。
「この暑いのにスーツ? どこに行くんだよ一体」
「どこだと思う?」
ライムグリーンのネクタイを直しながらクイズを出す慧一。
同僚はもう我慢ならんといった声で叫んだ。
「この野郎! ホテルだな」
慧一は返事の代わりに、にやりと笑った。
◇ ◇ ◇
空調の効いた建物を出ると、熱気に襲われる。夏真っ盛りのこの季節は、夕方になっても昼間の暑さが残っているのだ。
慧一は上着を脱ぎ、肩に引っ掛けて歩いた。
「スーツってのも大変だな」
でも、この衣装が今夜は必要なのだ。
慧一が決めたデートメニューを、峰子は承諾した。彼女が萌えるというスーツに身を包み、ホテルで食事するという約束である。
(ムードを盛り上げて、その勢いで客室まで持っていけるかどうかは……)
まあ無理だろうなと思いつつ、一応部屋の予約を入れておいた。
はっきり言って欲求不満である。
肉体的なものはもとより、峰子に対する心の欲求が日に日に増すものだから堪らない。経験のない恋心という代物を、慧一は上手く扱えず、多少の焦りを感じている。
「だが、決して無理強いはしない、無理強いは……」
自分に言い聞かせるように、口の中で繰り返した。
駐車場に着くと、慧一は額の汗をハンカチで拭った。
ドキドキする胸を静めるために、深呼吸を一つ。そして思い切ったように、自分の車へと視線を向ける。
こちらに背を向け、峰子が立っていた。
「峰子がいる……!」
約束してあるのだから当然なのだが、慧一は心からホッとした。
今日は慧一の車で動く事になっている。いつもは車通勤の峰子も、バスで来ているはずだ。
駐車場を確かめると、彼女のスペースは空いていた。
(ちゃんと言うことを聞いてくれたんだ)
そんなことすらも嬉しい。
慧一は上着を羽織ると、峰子の後姿に近付いて行った。
峰子の服装は、スカートに白いカーディガン。
髪をひっつめにし、バレッタを飾っている。露わになったうなじはまばゆく、慧一をますます不安定にさせた。
「お……おう」
ぎこちなく声をかけると、峰子はぱっと振り向き、安堵の笑顔を見せる。
(あああ、俺、もうダメ)
あまりの可愛さに身悶えしそうだ。
デートが始まる前から溶けて無くなりそうな自分を、慧一はどうしようもなかった。
「わあ、素敵なスーツ」
慧一の全身を眺め、峰子が嬉しそうな声を上げる。
俺の登場より喜んでやがる――と、少しばかり不満だが、スーツに嫉妬しても始まらない。慧一は車に乗り込むとエンジンをかけ、エアコンを全開にした。
駐車場は蝉の鳴き声があるばかりで、他に誰もいない。
慧一は一旦車から降りると、あらためて峰子を見回した。
カーディガンの下はノースリーブのグレイのワンピースだった。光沢のある生地のせいか、それほど地味ではない。言うなればシックである。
(なかなかいいじゃないか)
膝頭が見えるか見えないかのスカート丈も含め、慧一は満足した。
「さて、と。行くか」
「はい」
「今日は前に乗りなよ。助手席だ」
慧一は助手席のドアを開けて峰子を座らせるとすぐに閉めた。まるで逃げられないように押し込めた感じである。
自分も運転席に戻ると、シートベルトを素早く装着し、即座に出発した。
(焦るな焦るな)
心の中で呪文を繰り返す。デートはまだまだこれからなのだ。
慧一は切りがついたところで仕事を上がった。峰子との待ち合わせの時間まで余裕がある。彼はいそいそと更衣室に引っ込み、姿見の前で洒落込んだ。
「滝口、今日こそ本当にデートだろ」
同僚が作業服を脱ぎながら、冷やかすように言う。
「まあね」
慧一は否定しない。
そうとも、誰が何と言おうとデートだ。惚れた女との、正真正銘の。
「チクショウ! お前ばかりがなぜモテる」
地団太を踏んで悔しがる同僚に、慧一は微笑む。
実際は片想いなのだが、そんなことはどうでもいい。今夜、峰子と二人きりで食事をする。男と女として。それで上等、最高だ。
慧一は頬をさすってみた。今日はツルツルと潤っている。
同僚は脱いだ作業服をクリーニング用ボックスに放り込み、慧一の肩に荒っぽく絡んだ。
「お前のような奴は早く家庭を持っちまえよ。いつまで独り身でいる気だ」
「だってアタシまだ二十八よ。早すぎるわ」
「くう~、このバカヤロ!」
女言葉でふざける慧一に、同僚はパンチを入れるマネをした。周りの後輩社員が、クスクス笑っている。
「さあ、仕上がったぞ。どうだお前ら」
慧一は同僚を引っぺがすと、後輩らの前でファッションモデルのようにポーズを決める。
ピンストライプのネイビースーツは、テーラーで仕立てたお気に入りだ。
「カッコいいッスよ」
「似合ってます」
口々に褒める後輩に、同僚は顔をしかめた。
「この暑いのにスーツ? どこに行くんだよ一体」
「どこだと思う?」
ライムグリーンのネクタイを直しながらクイズを出す慧一。
同僚はもう我慢ならんといった声で叫んだ。
「この野郎! ホテルだな」
慧一は返事の代わりに、にやりと笑った。
◇ ◇ ◇
空調の効いた建物を出ると、熱気に襲われる。夏真っ盛りのこの季節は、夕方になっても昼間の暑さが残っているのだ。
慧一は上着を脱ぎ、肩に引っ掛けて歩いた。
「スーツってのも大変だな」
でも、この衣装が今夜は必要なのだ。
慧一が決めたデートメニューを、峰子は承諾した。彼女が萌えるというスーツに身を包み、ホテルで食事するという約束である。
(ムードを盛り上げて、その勢いで客室まで持っていけるかどうかは……)
まあ無理だろうなと思いつつ、一応部屋の予約を入れておいた。
はっきり言って欲求不満である。
肉体的なものはもとより、峰子に対する心の欲求が日に日に増すものだから堪らない。経験のない恋心という代物を、慧一は上手く扱えず、多少の焦りを感じている。
「だが、決して無理強いはしない、無理強いは……」
自分に言い聞かせるように、口の中で繰り返した。
駐車場に着くと、慧一は額の汗をハンカチで拭った。
ドキドキする胸を静めるために、深呼吸を一つ。そして思い切ったように、自分の車へと視線を向ける。
こちらに背を向け、峰子が立っていた。
「峰子がいる……!」
約束してあるのだから当然なのだが、慧一は心からホッとした。
今日は慧一の車で動く事になっている。いつもは車通勤の峰子も、バスで来ているはずだ。
駐車場を確かめると、彼女のスペースは空いていた。
(ちゃんと言うことを聞いてくれたんだ)
そんなことすらも嬉しい。
慧一は上着を羽織ると、峰子の後姿に近付いて行った。
峰子の服装は、スカートに白いカーディガン。
髪をひっつめにし、バレッタを飾っている。露わになったうなじはまばゆく、慧一をますます不安定にさせた。
「お……おう」
ぎこちなく声をかけると、峰子はぱっと振り向き、安堵の笑顔を見せる。
(あああ、俺、もうダメ)
あまりの可愛さに身悶えしそうだ。
デートが始まる前から溶けて無くなりそうな自分を、慧一はどうしようもなかった。
「わあ、素敵なスーツ」
慧一の全身を眺め、峰子が嬉しそうな声を上げる。
俺の登場より喜んでやがる――と、少しばかり不満だが、スーツに嫉妬しても始まらない。慧一は車に乗り込むとエンジンをかけ、エアコンを全開にした。
駐車場は蝉の鳴き声があるばかりで、他に誰もいない。
慧一は一旦車から降りると、あらためて峰子を見回した。
カーディガンの下はノースリーブのグレイのワンピースだった。光沢のある生地のせいか、それほど地味ではない。言うなればシックである。
(なかなかいいじゃないか)
膝頭が見えるか見えないかのスカート丈も含め、慧一は満足した。
「さて、と。行くか」
「はい」
「今日は前に乗りなよ。助手席だ」
慧一は助手席のドアを開けて峰子を座らせるとすぐに閉めた。まるで逃げられないように押し込めた感じである。
自分も運転席に戻ると、シートベルトを素早く装着し、即座に出発した。
(焦るな焦るな)
心の中で呪文を繰り返す。デートはまだまだこれからなのだ。
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