33 / 82
失恋
2
しおりを挟む
「さあ、これから親しくなっていくぞと、張り切ったばかりなんだが、ふふ……知らないままのほうが幸せってこともあるんだな」
慧一も夜空を見上げる。言葉が見つからなかった。
「でも、そうと知ったからには、ぜひ彼女に訊きたいことがある。いや、そもそもこれは同人誌の作者が割れたら、絶対に訊こうと思っていた」
「訊きたいこと?」
「ああ、つまり……」
真介は、目の高さが同じくらいの慧一と視線を合わせると、不満げに言った。
「俺とお前は背丈も変わらんし、いやむしろ俺のほうが少しばかり高いはずだ。それに顔立ちだって、お前のほうが女っぽいだろう」
「何だと?」
真介はいたって真面目だが、女っぽいというのは聞き捨てならん。
慧一は不愉快そうに眉根を寄せる。
「それなのに、どうして……」
真介が力なく首を垂れるので、慧一は「ああそうか」と思い至る。
「ははあ、お前納得がいかないんだな。どうして自分が下で、俺が上なんだって」
真介は赤くなり、こくこくと頷く。どうやら図星だったようだ。
「そう、それが問題だ。作者は……三原さんはどうして俺を"女役"にしたのか、それが訊きたい」
深刻な言い方に慧一は噴きそうになるが、男としての不満は理解できる。『下』にされたら、どういう意味だと問い詰めたくもなるだろう。
「真介、もし化粧でもしてみろ、俺よりお前のほうがよっぽど “美人” になるぜ。それに、性格や気質を考えたらどうだ。俺とお前と、どっちが能動的か」
「うっ」
慧一の指摘に真介はうなった。
実はそうなのではと、頭では分かっていたのかもしれない。
慧一は微笑すると、子どもに言い聞かせるように、優しい口調で言った。
「もっと自信を持てよ。お前は俺なんかよりずっとイケメンだし、中身も落ち着いた大人の男だ」
真介はフンと横を向く。
「悪い冗談だ」
「冗談じゃない。いつもそう思ってるよ」
「……」
「いい男だよ、お前は」
真介はいたたまれないのか、車へとすたすたと歩いていく。ドアを開けてそそくさと乗り込んだ。
「お前って奴は、実に口説き上手だよ」
ドアを閉めようとする真介を、慧一は止めた。
「俺は本当のことしか言わんよ。だから女と長続きしない。知ってるだろ」
真介はエンジンをかけた。きちんと整備された車のきれいなエンジン音が、夜の林に反響する。
「ま、とにかくだ」
シートベルトを装着し、真介はこちらを見ずに言う。
「俺と同じぐらい、彼女を大事に扱え」
慧一は、おやっという顔になる。
「ああ、同じぐらい大事に、そして時々乱暴に……な」
「あのなあ……」
「刺激を与えなきゃ進まんだろう、お前も峰子も」
慧一は、この二人はどこか似ていると思う。扱い方も同じような調子になるかもしれない。もちろん、男女の違いはあるが。
真介は肩をすくめ、慧一を見上げた。
「さ、明日も仕事だ。お前もさっさと帰って早く寝ろよ。おやすみ」
いつもの世話焼きの顔になると、静かにドアを閉めた。
大学で出会って以来、アドレスから消えること無く存在を続ける稀有な友人。慧一は大きく手を振り、生真面目で、実は魅力的な親友を見送った。
「俺も帰るか」
ポケットからキーを出そうとした時、スマートフォンが鳴った。
発信者の名前を確認して、ドキッとする。
そんな反応をする自分に困惑し、慧一は一呼吸おいてから電話に出た。
「はい」
ぶっきら棒な声が出てしまい、自分でも驚く。
『あの、三原峰子です。今、良かったですか?』
耳をくすぐる可愛らしい声。
慧一はデレるが、咳払いをひとつして、冷静になるよう自分をコントロールした。
慧一も夜空を見上げる。言葉が見つからなかった。
「でも、そうと知ったからには、ぜひ彼女に訊きたいことがある。いや、そもそもこれは同人誌の作者が割れたら、絶対に訊こうと思っていた」
「訊きたいこと?」
「ああ、つまり……」
真介は、目の高さが同じくらいの慧一と視線を合わせると、不満げに言った。
「俺とお前は背丈も変わらんし、いやむしろ俺のほうが少しばかり高いはずだ。それに顔立ちだって、お前のほうが女っぽいだろう」
「何だと?」
真介はいたって真面目だが、女っぽいというのは聞き捨てならん。
慧一は不愉快そうに眉根を寄せる。
「それなのに、どうして……」
真介が力なく首を垂れるので、慧一は「ああそうか」と思い至る。
「ははあ、お前納得がいかないんだな。どうして自分が下で、俺が上なんだって」
真介は赤くなり、こくこくと頷く。どうやら図星だったようだ。
「そう、それが問題だ。作者は……三原さんはどうして俺を"女役"にしたのか、それが訊きたい」
深刻な言い方に慧一は噴きそうになるが、男としての不満は理解できる。『下』にされたら、どういう意味だと問い詰めたくもなるだろう。
「真介、もし化粧でもしてみろ、俺よりお前のほうがよっぽど “美人” になるぜ。それに、性格や気質を考えたらどうだ。俺とお前と、どっちが能動的か」
「うっ」
慧一の指摘に真介はうなった。
実はそうなのではと、頭では分かっていたのかもしれない。
慧一は微笑すると、子どもに言い聞かせるように、優しい口調で言った。
「もっと自信を持てよ。お前は俺なんかよりずっとイケメンだし、中身も落ち着いた大人の男だ」
真介はフンと横を向く。
「悪い冗談だ」
「冗談じゃない。いつもそう思ってるよ」
「……」
「いい男だよ、お前は」
真介はいたたまれないのか、車へとすたすたと歩いていく。ドアを開けてそそくさと乗り込んだ。
「お前って奴は、実に口説き上手だよ」
ドアを閉めようとする真介を、慧一は止めた。
「俺は本当のことしか言わんよ。だから女と長続きしない。知ってるだろ」
真介はエンジンをかけた。きちんと整備された車のきれいなエンジン音が、夜の林に反響する。
「ま、とにかくだ」
シートベルトを装着し、真介はこちらを見ずに言う。
「俺と同じぐらい、彼女を大事に扱え」
慧一は、おやっという顔になる。
「ああ、同じぐらい大事に、そして時々乱暴に……な」
「あのなあ……」
「刺激を与えなきゃ進まんだろう、お前も峰子も」
慧一は、この二人はどこか似ていると思う。扱い方も同じような調子になるかもしれない。もちろん、男女の違いはあるが。
真介は肩をすくめ、慧一を見上げた。
「さ、明日も仕事だ。お前もさっさと帰って早く寝ろよ。おやすみ」
いつもの世話焼きの顔になると、静かにドアを閉めた。
大学で出会って以来、アドレスから消えること無く存在を続ける稀有な友人。慧一は大きく手を振り、生真面目で、実は魅力的な親友を見送った。
「俺も帰るか」
ポケットからキーを出そうとした時、スマートフォンが鳴った。
発信者の名前を確認して、ドキッとする。
そんな反応をする自分に困惑し、慧一は一呼吸おいてから電話に出た。
「はい」
ぶっきら棒な声が出てしまい、自分でも驚く。
『あの、三原峰子です。今、良かったですか?』
耳をくすぐる可愛らしい声。
慧一はデレるが、咳払いをひとつして、冷静になるよう自分をコントロールした。
10
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
夕陽を映すあなたの瞳
葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心
バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴
そんな二人が、
高校の同窓会の幹事をすることに…
意思疎通は上手くいくのか?
ちゃんと幹事は出来るのか?
まさか、恋に発展なんて…
しないですよね?…あれ?
思わぬ二人の恋の行方は??
*✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻
高校の同窓会の幹事をすることになった
心と昴。
8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに
いつしか二人は距離を縮めていく…。
高校時代は
決して交わることのなかった二人。
ぎこちなく、でも少しずつ
お互いを想い始め…
☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆
久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員
Kuzumi Kokoro
伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン
Ibuki Subaru
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

秘密の恋
美希みなみ
恋愛
番外編更新はじめました(*ノωノ)
笠井瑞穂 25歳 東洋不動産 社長秘書
高倉由幸 31歳 東洋不動産 代表取締役社長
一途に由幸に思いをよせる、どこにでもいそうなOL瑞穂。
瑞穂は諦めるための最後の賭けに出た。
思いが届かなくても一度だけ…。
これで、あなたを諦めるから……。
短編ショートストーリーです。
番外編で由幸のお話を追加予定です。

Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる