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失恋
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「さあ、これから親しくなっていくぞと、張り切ったばかりなんだが、ふふ……知らないままのほうが幸せってこともあるんだな」
慧一も夜空を見上げる。言葉が見つからなかった。
「でも、そうと知ったからには、ぜひ彼女に訊きたいことがある。いや、そもそもこれは同人誌の作者が割れたら、絶対に訊こうと思っていた」
「訊きたいこと?」
「ああ、つまり……」
真介は、目の高さが同じくらいの慧一と視線を合わせると、不満げに言った。
「俺とお前は背丈も変わらんし、いやむしろ俺のほうが少しばかり高いはずだ。それに顔立ちだって、お前のほうが女っぽいだろう」
「何だと?」
真介はいたって真面目だが、女っぽいというのは聞き捨てならん。
慧一は不愉快そうに眉根を寄せる。
「それなのに、どうして……」
真介が力なく首を垂れるので、慧一は「ああそうか」と思い至る。
「ははあ、お前納得がいかないんだな。どうして自分が下で、俺が上なんだって」
真介は赤くなり、こくこくと頷く。どうやら図星だったようだ。
「そう、それが問題だ。作者は……三原さんはどうして俺を"女役"にしたのか、それが訊きたい」
深刻な言い方に慧一は噴きそうになるが、男としての不満は理解できる。『下』にされたら、どういう意味だと問い詰めたくもなるだろう。
「真介、もし化粧でもしてみろ、俺よりお前のほうがよっぽど “美人” になるぜ。それに、性格や気質を考えたらどうだ。俺とお前と、どっちが能動的か」
「うっ」
慧一の指摘に真介はうなった。
実はそうなのではと、頭では分かっていたのかもしれない。
慧一は微笑すると、子どもに言い聞かせるように、優しい口調で言った。
「もっと自信を持てよ。お前は俺なんかよりずっとイケメンだし、中身も落ち着いた大人の男だ」
真介はフンと横を向く。
「悪い冗談だ」
「冗談じゃない。いつもそう思ってるよ」
「……」
「いい男だよ、お前は」
真介はいたたまれないのか、車へとすたすたと歩いていく。ドアを開けてそそくさと乗り込んだ。
「お前って奴は、実に口説き上手だよ」
ドアを閉めようとする真介を、慧一は止めた。
「俺は本当のことしか言わんよ。だから女と長続きしない。知ってるだろ」
真介はエンジンをかけた。きちんと整備された車のきれいなエンジン音が、夜の林に反響する。
「ま、とにかくだ」
シートベルトを装着し、真介はこちらを見ずに言う。
「俺と同じぐらい、彼女を大事に扱え」
慧一は、おやっという顔になる。
「ああ、同じぐらい大事に、そして時々乱暴に……な」
「あのなあ……」
「刺激を与えなきゃ進まんだろう、お前も峰子も」
慧一は、この二人はどこか似ていると思う。扱い方も同じような調子になるかもしれない。もちろん、男女の違いはあるが。
真介は肩をすくめ、慧一を見上げた。
「さ、明日も仕事だ。お前もさっさと帰って早く寝ろよ。おやすみ」
いつもの世話焼きの顔になると、静かにドアを閉めた。
大学で出会って以来、アドレスから消えること無く存在を続ける稀有な友人。慧一は大きく手を振り、生真面目で、実は魅力的な親友を見送った。
「俺も帰るか」
ポケットからキーを出そうとした時、スマートフォンが鳴った。
発信者の名前を確認して、ドキッとする。
そんな反応をする自分に困惑し、慧一は一呼吸おいてから電話に出た。
「はい」
ぶっきら棒な声が出てしまい、自分でも驚く。
『あの、三原峰子です。今、良かったですか?』
耳をくすぐる可愛らしい声。
慧一はデレるが、咳払いをひとつして、冷静になるよう自分をコントロールした。
慧一も夜空を見上げる。言葉が見つからなかった。
「でも、そうと知ったからには、ぜひ彼女に訊きたいことがある。いや、そもそもこれは同人誌の作者が割れたら、絶対に訊こうと思っていた」
「訊きたいこと?」
「ああ、つまり……」
真介は、目の高さが同じくらいの慧一と視線を合わせると、不満げに言った。
「俺とお前は背丈も変わらんし、いやむしろ俺のほうが少しばかり高いはずだ。それに顔立ちだって、お前のほうが女っぽいだろう」
「何だと?」
真介はいたって真面目だが、女っぽいというのは聞き捨てならん。
慧一は不愉快そうに眉根を寄せる。
「それなのに、どうして……」
真介が力なく首を垂れるので、慧一は「ああそうか」と思い至る。
「ははあ、お前納得がいかないんだな。どうして自分が下で、俺が上なんだって」
真介は赤くなり、こくこくと頷く。どうやら図星だったようだ。
「そう、それが問題だ。作者は……三原さんはどうして俺を"女役"にしたのか、それが訊きたい」
深刻な言い方に慧一は噴きそうになるが、男としての不満は理解できる。『下』にされたら、どういう意味だと問い詰めたくもなるだろう。
「真介、もし化粧でもしてみろ、俺よりお前のほうがよっぽど “美人” になるぜ。それに、性格や気質を考えたらどうだ。俺とお前と、どっちが能動的か」
「うっ」
慧一の指摘に真介はうなった。
実はそうなのではと、頭では分かっていたのかもしれない。
慧一は微笑すると、子どもに言い聞かせるように、優しい口調で言った。
「もっと自信を持てよ。お前は俺なんかよりずっとイケメンだし、中身も落ち着いた大人の男だ」
真介はフンと横を向く。
「悪い冗談だ」
「冗談じゃない。いつもそう思ってるよ」
「……」
「いい男だよ、お前は」
真介はいたたまれないのか、車へとすたすたと歩いていく。ドアを開けてそそくさと乗り込んだ。
「お前って奴は、実に口説き上手だよ」
ドアを閉めようとする真介を、慧一は止めた。
「俺は本当のことしか言わんよ。だから女と長続きしない。知ってるだろ」
真介はエンジンをかけた。きちんと整備された車のきれいなエンジン音が、夜の林に反響する。
「ま、とにかくだ」
シートベルトを装着し、真介はこちらを見ずに言う。
「俺と同じぐらい、彼女を大事に扱え」
慧一は、おやっという顔になる。
「ああ、同じぐらい大事に、そして時々乱暴に……な」
「あのなあ……」
「刺激を与えなきゃ進まんだろう、お前も峰子も」
慧一は、この二人はどこか似ていると思う。扱い方も同じような調子になるかもしれない。もちろん、男女の違いはあるが。
真介は肩をすくめ、慧一を見上げた。
「さ、明日も仕事だ。お前もさっさと帰って早く寝ろよ。おやすみ」
いつもの世話焼きの顔になると、静かにドアを閉めた。
大学で出会って以来、アドレスから消えること無く存在を続ける稀有な友人。慧一は大きく手を振り、生真面目で、実は魅力的な親友を見送った。
「俺も帰るか」
ポケットからキーを出そうとした時、スマートフォンが鳴った。
発信者の名前を確認して、ドキッとする。
そんな反応をする自分に困惑し、慧一は一呼吸おいてから電話に出た。
「はい」
ぶっきら棒な声が出てしまい、自分でも驚く。
『あの、三原峰子です。今、良かったですか?』
耳をくすぐる可愛らしい声。
慧一はデレるが、咳払いをひとつして、冷静になるよう自分をコントロールした。
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