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二人きり
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アルコール抜きのイタリアンに多少の物足りなさを感じながらも、慧一の気分は上向いている。
朝の悶々とした状態からは考えられない、この展開。
勘定を済ませると、店を出た。
峰子と京子を先に行かせた駐車場は、横手の石段を下りたところにある。慧一は一段ずつ踏みしめながら、あらためて峰子を思った。
今日の彼女はいつもと印象が違う。
(服装と化粧……魅力に感じるのは、普段とのギャップだな)
どうして会社では地味な姿でいるのか。今日みたいに若い女性らしく、お洒落すれば良いのに。
「まあ、目立たないほうが他の男に目を付けられなくていいか……ん?」
駐車場に下りると、自分の車の前に複数の人影があるのが目に入った。
峰子と京子。そして、彼女らの側に誰かいる。
背格好からすると男のようだ。
「おい、どうした」
慧一はまっすぐに近付きながら声をかけた。
上着を肩に引っ掛けたワイシャツ姿の男が二人、峰子達に話しかけている。
「慧一さんっ」
男の背中越しに、京子のほっとした顔がのぞく。サラリーマン風の若い男二人は振り向くと、慧一を見て気まずそうに顔を歪めた。
峰子は京子に寄り添い、こちらにすがるような目を向けている。
慧一は酔った様子の二人連れを、それとなく観察した。体格はそれほどでもないが、腕に覚えのある連中だとやっかいだ。
「何かありましたか」
男達の前に立ち、とりあえず穏やかな口調で訊く。
体は斜に構えている。
彼らは慧一を見返し、顔を合わせてから、
「いえ、あの。ちょっと道を尋ねてたんです」
「そうです。僕ら、道に迷っちゃって……」
最後まで聞き取れない声でぼそぼそ言うと、彼らは急ぎ足で立ち去った。
慧一は、その姿が闇に消えるまで見送り、息をつく。
「ナンパ?」
峰子と京子に目を戻す。
内心、胸を撫で下ろしながら、だがそれは表に出さずに笑顔を作った。
「そうなんです! 一緒に飲みに行かないかって誘われて。ああ……ちょっと怖かったね、峰子ちゃん」
峰子は京子の腕に掴まり、うんうんと頷く。
「一緒に店を出ればよかったな。悪かった」
慧一は二人に詫びながら、冷汗を拭う。
ついさっき考えていたことが、これほど早く現実になるとは思わなかった。
(峰子は地味なままでいい。若いやつらの目に留まらないような、ダサい格好でいればいい)
車のエンジンをかけると、慧一は何気なくバックミラーを覗いた。
峰子の眼差しがそこにある。どうしてか彼女は、今度は目を逸らさなかった。澄んだ瞳に、心から信頼する気持ちが表れている。
慧一はごまかすように瞬きして、前を向いた。感謝の色を湛えた眼差しに、逆に気圧されたのだ。
急にそんな目で見られたら、さすがに調子が狂う。
「よし、帰るか!」
わざと明るく言うと、峰子の視線から逃げるように車を出した。
「慧一さんって、やっぱり大人ですね。ああいう時、落ち着いて対処できるなんてさすがです」
京子が後部席から声をかけてきた。ナンパの件についてだ。
「伊達に年は取ってないってね」
慧一は苦笑する。
冗談めかすが、女二人を守り切る絶対の自信は無い。むしろそんな自信は、いくつになっても持たないほうがいいのだ。
「ねえ、峰子ちゃん。いやだったよね、酔っ払い」
「えっ? うん、でも……」
(でも?)
まさか、あんな連中がいいなんて言うんじゃないだろうな。
慧一は耳をそばだてる。
「ワイシャツの色だけ、いいと思った」
京子が一瞬絶句し、そして弾けたように笑った。
「そっかあ、峰子ちゃんはスーツフェチだもんね」
信号が黄色に変わった。慧一は車のスピードを落とし、ゆっくりと停止する。
「スーツフェチ?」
「慧一さん、峰子ちゃんってリーマンのスーツ姿が大好きなんですよ。て言うかむしろ、着ている男よりスーツに萌え~っ!」
「はあ?」
後ろを見ると、峰子が恥ずかしそうに俯いている。
(スーツに萌え? 要するにスーツが好きってことか)
「それなら、俺も明日はスーツを着て出勤しようかな」
慧一は軽い気持ちで冗談口をきく。
「慧一さんなら似合うでしょうね。一度見てみたいね、ね、峰子ちゃん」
「私、写真で見たことがあります」
「……え」
後ろでクラクションが鳴った。いつの間にか信号が青に変わっている。
慧一は慌てずアクセルを踏み、峰子の言葉を繰り返した。
「写真?」
「はい」
「俺の、スーツを……着た写真?」
「そうです」
思わぬことを聞いた。
いつ、どこでそんなものを見たのかなと、急いで考えをめぐらせる。
朝の悶々とした状態からは考えられない、この展開。
勘定を済ませると、店を出た。
峰子と京子を先に行かせた駐車場は、横手の石段を下りたところにある。慧一は一段ずつ踏みしめながら、あらためて峰子を思った。
今日の彼女はいつもと印象が違う。
(服装と化粧……魅力に感じるのは、普段とのギャップだな)
どうして会社では地味な姿でいるのか。今日みたいに若い女性らしく、お洒落すれば良いのに。
「まあ、目立たないほうが他の男に目を付けられなくていいか……ん?」
駐車場に下りると、自分の車の前に複数の人影があるのが目に入った。
峰子と京子。そして、彼女らの側に誰かいる。
背格好からすると男のようだ。
「おい、どうした」
慧一はまっすぐに近付きながら声をかけた。
上着を肩に引っ掛けたワイシャツ姿の男が二人、峰子達に話しかけている。
「慧一さんっ」
男の背中越しに、京子のほっとした顔がのぞく。サラリーマン風の若い男二人は振り向くと、慧一を見て気まずそうに顔を歪めた。
峰子は京子に寄り添い、こちらにすがるような目を向けている。
慧一は酔った様子の二人連れを、それとなく観察した。体格はそれほどでもないが、腕に覚えのある連中だとやっかいだ。
「何かありましたか」
男達の前に立ち、とりあえず穏やかな口調で訊く。
体は斜に構えている。
彼らは慧一を見返し、顔を合わせてから、
「いえ、あの。ちょっと道を尋ねてたんです」
「そうです。僕ら、道に迷っちゃって……」
最後まで聞き取れない声でぼそぼそ言うと、彼らは急ぎ足で立ち去った。
慧一は、その姿が闇に消えるまで見送り、息をつく。
「ナンパ?」
峰子と京子に目を戻す。
内心、胸を撫で下ろしながら、だがそれは表に出さずに笑顔を作った。
「そうなんです! 一緒に飲みに行かないかって誘われて。ああ……ちょっと怖かったね、峰子ちゃん」
峰子は京子の腕に掴まり、うんうんと頷く。
「一緒に店を出ればよかったな。悪かった」
慧一は二人に詫びながら、冷汗を拭う。
ついさっき考えていたことが、これほど早く現実になるとは思わなかった。
(峰子は地味なままでいい。若いやつらの目に留まらないような、ダサい格好でいればいい)
車のエンジンをかけると、慧一は何気なくバックミラーを覗いた。
峰子の眼差しがそこにある。どうしてか彼女は、今度は目を逸らさなかった。澄んだ瞳に、心から信頼する気持ちが表れている。
慧一はごまかすように瞬きして、前を向いた。感謝の色を湛えた眼差しに、逆に気圧されたのだ。
急にそんな目で見られたら、さすがに調子が狂う。
「よし、帰るか!」
わざと明るく言うと、峰子の視線から逃げるように車を出した。
「慧一さんって、やっぱり大人ですね。ああいう時、落ち着いて対処できるなんてさすがです」
京子が後部席から声をかけてきた。ナンパの件についてだ。
「伊達に年は取ってないってね」
慧一は苦笑する。
冗談めかすが、女二人を守り切る絶対の自信は無い。むしろそんな自信は、いくつになっても持たないほうがいいのだ。
「ねえ、峰子ちゃん。いやだったよね、酔っ払い」
「えっ? うん、でも……」
(でも?)
まさか、あんな連中がいいなんて言うんじゃないだろうな。
慧一は耳をそばだてる。
「ワイシャツの色だけ、いいと思った」
京子が一瞬絶句し、そして弾けたように笑った。
「そっかあ、峰子ちゃんはスーツフェチだもんね」
信号が黄色に変わった。慧一は車のスピードを落とし、ゆっくりと停止する。
「スーツフェチ?」
「慧一さん、峰子ちゃんってリーマンのスーツ姿が大好きなんですよ。て言うかむしろ、着ている男よりスーツに萌え~っ!」
「はあ?」
後ろを見ると、峰子が恥ずかしそうに俯いている。
(スーツに萌え? 要するにスーツが好きってことか)
「それなら、俺も明日はスーツを着て出勤しようかな」
慧一は軽い気持ちで冗談口をきく。
「慧一さんなら似合うでしょうね。一度見てみたいね、ね、峰子ちゃん」
「私、写真で見たことがあります」
「……え」
後ろでクラクションが鳴った。いつの間にか信号が青に変わっている。
慧一は慌てずアクセルを踏み、峰子の言葉を繰り返した。
「写真?」
「はい」
「俺の、スーツを……着た写真?」
「そうです」
思わぬことを聞いた。
いつ、どこでそんなものを見たのかなと、急いで考えをめぐらせる。
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