18 / 82
突撃!
1
しおりを挟む
「ご馳走さまでした、慧一さん」
図書館を出ると、京子は深々と頭を下げて礼を言った。
「どういたしまして。こちらこそ有意義な時間だった。君に会えて良かったよ」
慧一は京子と並んで、雨に濡れた石畳を踏みしめるようにして歩く。
「私も慧一さんとお話が出来てラッキーでした。ホント、お世辞抜きで素敵な人で……私、モースに登場するケイをイメージしちゃってたから、うふふ」
「モース……ねえ」
峰子は、慧一があの同人誌を拾ったと思っている。
実際拾ったのは真介なのだが、どちらにせよ、慧一が制作者を峰子だと突き止めたことも、大体分かっているらしい。
もう隠す必要は無い。
同人誌というツール無しでアプローチを成功させたかったが、そうもいかないようだ。峰子との繋がりの糸を、モースから手繰らねばならない。内容についても、いろいろと訊きたい事がある。
(……どうすればいいかな)
考えあぐねていると、京子が立ち止まった。彼が気付かず歩いて行こうとするのを、後ろから呼ぶ。
「慧一さん」
「ああ、すまん。どうした」
「私、電車なんです」
京子は駅への道を指差した。
「そうか。家は遠いの? 俺は車だから、送って行こうか」
当たり前のように言う慧一に、京子は笑う。
「駄目ですよ。好きな子以外の女を簡単に乗せちゃ」
「ん?」
そういえばここに来る途中、助手席に乗せるのは峰子しかいないと慧一は考えた。京子の言葉はそれを思い出させ、何とも嬉しくなる。
「でも君は、峰子さんの友達だからね。特別だよ」
車のキーをポケットから出すと、投げたり掴んだり、片手で弄んだ。
「うーん、どうしよっかなあ」
京子は峰子より派手なタイプだが、根は真面目そうだ。今日初めて会った男の車に、気軽に乗るのは抵抗があるのかもしれない。
さすが峰子の友達だと感心していると、京子は意を決したように顔を上げる。
「実はこれから、峰子ちゃんの所に行くんですよ」
「えっ?」
思いもよらぬ隠し玉だった。
「峰子さんの所へ……今から?」
慧一は車のキーを握りしめる。
「はい。彼女、今日はW市公会堂のイベントに参加してるんです。ええと、三時までなんですけど、終わったら一緒に食事することになってまして」
「イベント?」
「同人誌即売会です。女性向けの」
「女性向け……」
分からないことばかりだが、慧一の目は生き生きと輝き始める。
「男はダメなのか? 俺も行ってみたい」
京子はぽんと手を打った。
「やっぱり、そう言ってくれると思いました。さすがですね!」
さすがの意味は不明だが、とりあえず歓迎してくれるらしい。京子の笑顔に、峰子の世界が垣間見える気がした。
「でも、会場内は女の人ばっかりですけど、いいですか」
「構わないよ」
「柔軟な人ですねえ~」
京子は嬉しそうだが、ちょっと不安げに呟く。
「でも峰子ちゃん、やっぱり怒るかもしれないなあ。あなたを連れて行ったら」
それを気にして言い出せなかったのだ。だけど京子は慧一の味方となり、峰子を捕まえるチャンスをくれた。
せっかくの隠し玉を生かさぬ手はない。
「俺は行くよ。自分の意志でね。君に命令されたわけじゃない」
チャンスを生かすも殺すも自分次第だ。
京子を車まで連れて行くと、後部座席のドアを開けた。
「ここならいいだろ?」
「うふ、ありがとうございます」
彼女は微笑み、素直に乗り込んでくれた。
「W市公会堂か。二十分もあれば着くな」
慧一は片側二車線の道路を縫うように走った。交通量が多く走りにくい通りだが、苦にしない。
「京子さん……堅っ苦しいな。京子ちゃんはそのイベントには出ないのか」
「ええ。抽選で落ちたので」
「ふうん、人気のイベントなんだ」
「そうですね。人気といえば、峰子ちゃんのサークルはファンが多いんですよ」
慧一の眉がぴくりと動く。
「ファンって、モースの?」
「はい。モースは現在九冊出ています。夏のビッグイベントで十冊目を配布して、それで完結だって聞いてます」
「十冊で終わりか。やっぱりね」
「え、知ってたんですか?」
京子は驚きの声を上げる。
「モースの硬度計だろ。俺も学生時代、地学には関心があったんでね」
「わあ、峰子ちゃんと気が合いそうですね」
「俺もそう思うよ」
あれこれ話すうちに、W市公会堂に到着した。
「午後だから駐車場も空いてますよ」
慧一は車を降りると、そこからは京子の案内に任せた。
(峰子が、そこにいる)
公会堂の建物に近づくにつれ、慧一はらしくもなく緊張を覚え、顔も強張ってきた。
「ちょっと待った」
京子を止めると、ガラス張りの窓に自分の姿を映し、身だしなみを整える。白の綿シャツに黒のスラックス。適当な格好で出てきたことを悔やんだ。
(これじゃまるで、初デートの中坊だな)
「大丈夫、じゅうぶんカッコイイですよ」
マネージャーのように気を配る京子の存在が有難かった。
「それじゃ、行くぜ」
慧一は気合を入れると、公会堂の入り口をくぐり、峰子のもとへと進んだ。
図書館を出ると、京子は深々と頭を下げて礼を言った。
「どういたしまして。こちらこそ有意義な時間だった。君に会えて良かったよ」
慧一は京子と並んで、雨に濡れた石畳を踏みしめるようにして歩く。
「私も慧一さんとお話が出来てラッキーでした。ホント、お世辞抜きで素敵な人で……私、モースに登場するケイをイメージしちゃってたから、うふふ」
「モース……ねえ」
峰子は、慧一があの同人誌を拾ったと思っている。
実際拾ったのは真介なのだが、どちらにせよ、慧一が制作者を峰子だと突き止めたことも、大体分かっているらしい。
もう隠す必要は無い。
同人誌というツール無しでアプローチを成功させたかったが、そうもいかないようだ。峰子との繋がりの糸を、モースから手繰らねばならない。内容についても、いろいろと訊きたい事がある。
(……どうすればいいかな)
考えあぐねていると、京子が立ち止まった。彼が気付かず歩いて行こうとするのを、後ろから呼ぶ。
「慧一さん」
「ああ、すまん。どうした」
「私、電車なんです」
京子は駅への道を指差した。
「そうか。家は遠いの? 俺は車だから、送って行こうか」
当たり前のように言う慧一に、京子は笑う。
「駄目ですよ。好きな子以外の女を簡単に乗せちゃ」
「ん?」
そういえばここに来る途中、助手席に乗せるのは峰子しかいないと慧一は考えた。京子の言葉はそれを思い出させ、何とも嬉しくなる。
「でも君は、峰子さんの友達だからね。特別だよ」
車のキーをポケットから出すと、投げたり掴んだり、片手で弄んだ。
「うーん、どうしよっかなあ」
京子は峰子より派手なタイプだが、根は真面目そうだ。今日初めて会った男の車に、気軽に乗るのは抵抗があるのかもしれない。
さすが峰子の友達だと感心していると、京子は意を決したように顔を上げる。
「実はこれから、峰子ちゃんの所に行くんですよ」
「えっ?」
思いもよらぬ隠し玉だった。
「峰子さんの所へ……今から?」
慧一は車のキーを握りしめる。
「はい。彼女、今日はW市公会堂のイベントに参加してるんです。ええと、三時までなんですけど、終わったら一緒に食事することになってまして」
「イベント?」
「同人誌即売会です。女性向けの」
「女性向け……」
分からないことばかりだが、慧一の目は生き生きと輝き始める。
「男はダメなのか? 俺も行ってみたい」
京子はぽんと手を打った。
「やっぱり、そう言ってくれると思いました。さすがですね!」
さすがの意味は不明だが、とりあえず歓迎してくれるらしい。京子の笑顔に、峰子の世界が垣間見える気がした。
「でも、会場内は女の人ばっかりですけど、いいですか」
「構わないよ」
「柔軟な人ですねえ~」
京子は嬉しそうだが、ちょっと不安げに呟く。
「でも峰子ちゃん、やっぱり怒るかもしれないなあ。あなたを連れて行ったら」
それを気にして言い出せなかったのだ。だけど京子は慧一の味方となり、峰子を捕まえるチャンスをくれた。
せっかくの隠し玉を生かさぬ手はない。
「俺は行くよ。自分の意志でね。君に命令されたわけじゃない」
チャンスを生かすも殺すも自分次第だ。
京子を車まで連れて行くと、後部座席のドアを開けた。
「ここならいいだろ?」
「うふ、ありがとうございます」
彼女は微笑み、素直に乗り込んでくれた。
「W市公会堂か。二十分もあれば着くな」
慧一は片側二車線の道路を縫うように走った。交通量が多く走りにくい通りだが、苦にしない。
「京子さん……堅っ苦しいな。京子ちゃんはそのイベントには出ないのか」
「ええ。抽選で落ちたので」
「ふうん、人気のイベントなんだ」
「そうですね。人気といえば、峰子ちゃんのサークルはファンが多いんですよ」
慧一の眉がぴくりと動く。
「ファンって、モースの?」
「はい。モースは現在九冊出ています。夏のビッグイベントで十冊目を配布して、それで完結だって聞いてます」
「十冊で終わりか。やっぱりね」
「え、知ってたんですか?」
京子は驚きの声を上げる。
「モースの硬度計だろ。俺も学生時代、地学には関心があったんでね」
「わあ、峰子ちゃんと気が合いそうですね」
「俺もそう思うよ」
あれこれ話すうちに、W市公会堂に到着した。
「午後だから駐車場も空いてますよ」
慧一は車を降りると、そこからは京子の案内に任せた。
(峰子が、そこにいる)
公会堂の建物に近づくにつれ、慧一はらしくもなく緊張を覚え、顔も強張ってきた。
「ちょっと待った」
京子を止めると、ガラス張りの窓に自分の姿を映し、身だしなみを整える。白の綿シャツに黒のスラックス。適当な格好で出てきたことを悔やんだ。
(これじゃまるで、初デートの中坊だな)
「大丈夫、じゅうぶんカッコイイですよ」
マネージャーのように気を配る京子の存在が有難かった。
「それじゃ、行くぜ」
慧一は気合を入れると、公会堂の入り口をくぐり、峰子のもとへと進んだ。
10
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
ホリカヨは俺様上司を癒したい!
森永 陽月
恋愛
堀井嘉与子(ホリイカヨコ)は、普段は『大奥』でオハシタとして働く冴えないOLだが、副業では自分のコンプレックスを生かして働こうとしていた。
そこにやってきたのは、憧れの郡司透吏部長。
『郡司部長、私はあなたを癒したいです』
※他の投稿サイトにも載せています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~
日暮ミミ♪
恋愛
大財閥〈篠沢(しのざわ)グループ〉本社・篠沢商事に勤める25歳の桐島貢(きりしまみつぐ)。
彼は秋のある夜、上司の代理で出席した会社のパーティーで、会長令嬢で高校2年生の篠沢絢乃(しのざわあやの)に一目惚れ。
その三ヶ月後、会長・篠沢源一が末期ガンでこの世を去る。
葬儀の日、父の遺言により会長の後継者となった絢乃を支えるべく、秘書室へ転属する旨を彼女に伝える。
絢乃は無事、会長に就任。会長付秘書として働くことになった貢はある日、会社帰りの愛車の中で絢乃に衝動的にキスをしてしまい――!?
草食系男子の年上秘書×キュートな10代の大企業総帥による、年の差オフィスラブストーリーのヒーローサイド。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる