16 / 82
腐女子峰子
3
しおりを挟む
「ええと、伊上……京子さん。あと一つだけ聞かせてくれ。君はさっき、彼女の性格と言ったが、三原さんの性格というのはどうなんだい。どんな性格なんだ」
真剣な表情で身を乗り出した。
京子はアイスティーのストローをくわえ、上目遣いで見返してくる。彼女はどちらかというと垂れ目で、人の好さそうな印象だが、その視線は妙な鋭さを感じさせた。
やがてストローを離すと、彼女は深く顎を引いた。
「分かります。峰子ちゃんが理解できないんですね。それはそうですよね。勝手に自分をモデルにして、あのような文章や絵を書いてる女性なんて、薄気味悪いでしょうね」
京子の解釈に、慧一は言葉を失う。
「普通の男性なら、ドン引きですよね」
「それは見当違いだ」
怒ったような口調に、京子はえっ? という顔になる。
「真介はどうか知らんが、俺は画一的な考え方をするタイプじゃないんだよ。何でも面白いように受け取る人間でね。三原さん……峰子さんの作った同人誌にも、ポジティブな意味で興味津々だ」
京子は首を傾げ、疑わしそうに確かめてきた。
「マジですか」
「ああ」
「峰子ちゃんを軽蔑したり、嫌ったりとか、無いんですね」
「腐女子と呼ばれ、それを楽しんでる君らと同じだ。俺も小説のネタにされたことを心から楽しんでるよ」
「……嘘みたい」
伊上京子は、ずっと警戒していた。峰子の同人誌のことで、慧一が自分に悪意を持って探りを入れるのではと、疑っていたのだ。
それを正直に打ち明けられると、慧一は苦笑した。
「そりゃあ、探りを入れるよ。悪意じゃなくて好意だけどね。俺は峰子さんのことを知りたくてしょうがないんだから」
京子は不思議そうな顔をする。
「はあ……それはまた、どうしてですか?」
「惚れてるから」
「それってつまり、好き……てことでしょうか」
「うん。惚れてる。俺はあの子が好きだ。恋してる」
慧一は大真面目だ。それに、言えば言うほど実感が湧いてくる。この胸の高鳴りは、まさに恋の症状である。
「でも、口もろくに利いたことがないって」
「そう、だから自分でも信じられないんだけど、好きになっちまったものは仕方ない」
「はあ」
京子はなぜか、ため息を漏らした。
「俺が彼女に惚れちゃおかしいかな」
峰子をよく知る京子に、訊いてみたいと思った。
「いえ、そんなことないです。ただ、その……あなたは華やかでモテそうだし、スマートな恋愛上手と言うか。要するに、峰子ちゃんとは違いすぎるので」
「タイプが違いすぎる?」
「すみません、私はそう思いました」
慧一は、京子の率直さが気に入った。
言いにくいことを口にする時も、彼女は目を逸らさない。これは、曖昧さをよしとする世間では、ある意味世渡り下手な態度だが、慧一には彼女の誠実さと受け取れる。
「私、峰子ちゃんの描いた“モース”の挿絵を見て、あなたのことを想像していました。実際はどんな男性なのかと……それが今日、こうして向かい合って、実に驚いているのですが」
彼女はもう一度ため息をつくと、今度はうっとりとした目つきで慧一を見つめた。
「本当に美しいですね。滑らかな肌、長い睫、やさしくて憂いのある眼差し、手入れの行き届いたさらさらの髪。背も高くて体格も理想的で、モースの主人公たる条件がすべて備わっています。峰子ちゃんが創作意欲を刺激されるのも無理ないですよ。あなたは本当に、王子様みたいです」
「王子様?」
京子は褒めたつもりだろうが、慧一は尻がむず痒くなる。
「王子様はよしてくれよ。何だかナヨナヨとした優男って感じで、嫌だね」
「えっ? あ、それはその……失礼しました。まあ、そうですよね」
眉を寄せる慧一を見て、京子は頬を掻いた。
大袈裟な賛辞に居心地が悪くなったが、これからが本題だ。もう少し詰めて話そうと、慧一は前のめりになる。
「君、ケーキでも食べる? 奢るよ」
「あ、いえ、お腹はいっぱいですので」
「じゃあ俺はもう一杯コーヒーを飲みたいから、付き合ってくれないか。時間はある?」
京子は腕時計を確かめ、こくりと頷く。
「はい、大丈夫です。あと三十分ぐらいなら」
慧一はほっとすると、店員を呼んでコーヒーを二つ追加した。
「峰子ちゃんは男の人と付き合うとか、そういった方向に興味がないんです」
「えっ?」
続きを話し始めた京子に、慧一は顔を向ける。
「結婚もしたくないって言ってますよ。誰かと二人きりで親密な関係になるなんて、重いって。一生独りで自由に生きるのが理想だそうです」
雷が近付いたのか、稲光と雷鳴の間隔が短い。暗い空から大粒の雨が落ち、窓ガラスを激しくたたいている。
「だから、リア充の慧一さんと、男性にまったく関心のない峰子ちゃんとでは、想像がつかないんです。恋とか愛とか、付き合うとか」
コーヒーが運ばれてきた。
京子はいただきますをしてから、ミルクと砂糖を入れて、ぐるぐるとかき混ぜた。
慧一は褐色と白の渦を眺めながら、しばし考える。
真剣な表情で身を乗り出した。
京子はアイスティーのストローをくわえ、上目遣いで見返してくる。彼女はどちらかというと垂れ目で、人の好さそうな印象だが、その視線は妙な鋭さを感じさせた。
やがてストローを離すと、彼女は深く顎を引いた。
「分かります。峰子ちゃんが理解できないんですね。それはそうですよね。勝手に自分をモデルにして、あのような文章や絵を書いてる女性なんて、薄気味悪いでしょうね」
京子の解釈に、慧一は言葉を失う。
「普通の男性なら、ドン引きですよね」
「それは見当違いだ」
怒ったような口調に、京子はえっ? という顔になる。
「真介はどうか知らんが、俺は画一的な考え方をするタイプじゃないんだよ。何でも面白いように受け取る人間でね。三原さん……峰子さんの作った同人誌にも、ポジティブな意味で興味津々だ」
京子は首を傾げ、疑わしそうに確かめてきた。
「マジですか」
「ああ」
「峰子ちゃんを軽蔑したり、嫌ったりとか、無いんですね」
「腐女子と呼ばれ、それを楽しんでる君らと同じだ。俺も小説のネタにされたことを心から楽しんでるよ」
「……嘘みたい」
伊上京子は、ずっと警戒していた。峰子の同人誌のことで、慧一が自分に悪意を持って探りを入れるのではと、疑っていたのだ。
それを正直に打ち明けられると、慧一は苦笑した。
「そりゃあ、探りを入れるよ。悪意じゃなくて好意だけどね。俺は峰子さんのことを知りたくてしょうがないんだから」
京子は不思議そうな顔をする。
「はあ……それはまた、どうしてですか?」
「惚れてるから」
「それってつまり、好き……てことでしょうか」
「うん。惚れてる。俺はあの子が好きだ。恋してる」
慧一は大真面目だ。それに、言えば言うほど実感が湧いてくる。この胸の高鳴りは、まさに恋の症状である。
「でも、口もろくに利いたことがないって」
「そう、だから自分でも信じられないんだけど、好きになっちまったものは仕方ない」
「はあ」
京子はなぜか、ため息を漏らした。
「俺が彼女に惚れちゃおかしいかな」
峰子をよく知る京子に、訊いてみたいと思った。
「いえ、そんなことないです。ただ、その……あなたは華やかでモテそうだし、スマートな恋愛上手と言うか。要するに、峰子ちゃんとは違いすぎるので」
「タイプが違いすぎる?」
「すみません、私はそう思いました」
慧一は、京子の率直さが気に入った。
言いにくいことを口にする時も、彼女は目を逸らさない。これは、曖昧さをよしとする世間では、ある意味世渡り下手な態度だが、慧一には彼女の誠実さと受け取れる。
「私、峰子ちゃんの描いた“モース”の挿絵を見て、あなたのことを想像していました。実際はどんな男性なのかと……それが今日、こうして向かい合って、実に驚いているのですが」
彼女はもう一度ため息をつくと、今度はうっとりとした目つきで慧一を見つめた。
「本当に美しいですね。滑らかな肌、長い睫、やさしくて憂いのある眼差し、手入れの行き届いたさらさらの髪。背も高くて体格も理想的で、モースの主人公たる条件がすべて備わっています。峰子ちゃんが創作意欲を刺激されるのも無理ないですよ。あなたは本当に、王子様みたいです」
「王子様?」
京子は褒めたつもりだろうが、慧一は尻がむず痒くなる。
「王子様はよしてくれよ。何だかナヨナヨとした優男って感じで、嫌だね」
「えっ? あ、それはその……失礼しました。まあ、そうですよね」
眉を寄せる慧一を見て、京子は頬を掻いた。
大袈裟な賛辞に居心地が悪くなったが、これからが本題だ。もう少し詰めて話そうと、慧一は前のめりになる。
「君、ケーキでも食べる? 奢るよ」
「あ、いえ、お腹はいっぱいですので」
「じゃあ俺はもう一杯コーヒーを飲みたいから、付き合ってくれないか。時間はある?」
京子は腕時計を確かめ、こくりと頷く。
「はい、大丈夫です。あと三十分ぐらいなら」
慧一はほっとすると、店員を呼んでコーヒーを二つ追加した。
「峰子ちゃんは男の人と付き合うとか、そういった方向に興味がないんです」
「えっ?」
続きを話し始めた京子に、慧一は顔を向ける。
「結婚もしたくないって言ってますよ。誰かと二人きりで親密な関係になるなんて、重いって。一生独りで自由に生きるのが理想だそうです」
雷が近付いたのか、稲光と雷鳴の間隔が短い。暗い空から大粒の雨が落ち、窓ガラスを激しくたたいている。
「だから、リア充の慧一さんと、男性にまったく関心のない峰子ちゃんとでは、想像がつかないんです。恋とか愛とか、付き合うとか」
コーヒーが運ばれてきた。
京子はいただきますをしてから、ミルクと砂糖を入れて、ぐるぐるとかき混ぜた。
慧一は褐色と白の渦を眺めながら、しばし考える。
10
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
夕陽を映すあなたの瞳
葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心
バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴
そんな二人が、
高校の同窓会の幹事をすることに…
意思疎通は上手くいくのか?
ちゃんと幹事は出来るのか?
まさか、恋に発展なんて…
しないですよね?…あれ?
思わぬ二人の恋の行方は??
*✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻
高校の同窓会の幹事をすることになった
心と昴。
8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに
いつしか二人は距離を縮めていく…。
高校時代は
決して交わることのなかった二人。
ぎこちなく、でも少しずつ
お互いを想い始め…
☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆
久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員
Kuzumi Kokoro
伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン
Ibuki Subaru
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる