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腐女子峰子
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「ええと、伊上……京子さん。あと一つだけ聞かせてくれ。君はさっき、彼女の性格と言ったが、三原さんの性格というのはどうなんだい。どんな性格なんだ」
真剣な表情で身を乗り出した。
京子はアイスティーのストローをくわえ、上目遣いで見返してくる。彼女はどちらかというと垂れ目で、人の好さそうな印象だが、その視線は妙な鋭さを感じさせた。
やがてストローを離すと、彼女は深く顎を引いた。
「分かります。峰子ちゃんが理解できないんですね。それはそうですよね。勝手に自分をモデルにして、あのような文章や絵を書いてる女性なんて、薄気味悪いでしょうね」
京子の解釈に、慧一は言葉を失う。
「普通の男性なら、ドン引きですよね」
「それは見当違いだ」
怒ったような口調に、京子はえっ? という顔になる。
「真介はどうか知らんが、俺は画一的な考え方をするタイプじゃないんだよ。何でも面白いように受け取る人間でね。三原さん……峰子さんの作った同人誌にも、ポジティブな意味で興味津々だ」
京子は首を傾げ、疑わしそうに確かめてきた。
「マジですか」
「ああ」
「峰子ちゃんを軽蔑したり、嫌ったりとか、無いんですね」
「腐女子と呼ばれ、それを楽しんでる君らと同じだ。俺も小説のネタにされたことを心から楽しんでるよ」
「……嘘みたい」
伊上京子は、ずっと警戒していた。峰子の同人誌のことで、慧一が自分に悪意を持って探りを入れるのではと、疑っていたのだ。
それを正直に打ち明けられると、慧一は苦笑した。
「そりゃあ、探りを入れるよ。悪意じゃなくて好意だけどね。俺は峰子さんのことを知りたくてしょうがないんだから」
京子は不思議そうな顔をする。
「はあ……それはまた、どうしてですか?」
「惚れてるから」
「それってつまり、好き……てことでしょうか」
「うん。惚れてる。俺はあの子が好きだ。恋してる」
慧一は大真面目だ。それに、言えば言うほど実感が湧いてくる。この胸の高鳴りは、まさに恋の症状である。
「でも、口もろくに利いたことがないって」
「そう、だから自分でも信じられないんだけど、好きになっちまったものは仕方ない」
「はあ」
京子はなぜか、ため息を漏らした。
「俺が彼女に惚れちゃおかしいかな」
峰子をよく知る京子に、訊いてみたいと思った。
「いえ、そんなことないです。ただ、その……あなたは華やかでモテそうだし、スマートな恋愛上手と言うか。要するに、峰子ちゃんとは違いすぎるので」
「タイプが違いすぎる?」
「すみません、私はそう思いました」
慧一は、京子の率直さが気に入った。
言いにくいことを口にする時も、彼女は目を逸らさない。これは、曖昧さをよしとする世間では、ある意味世渡り下手な態度だが、慧一には彼女の誠実さと受け取れる。
「私、峰子ちゃんの描いた“モース”の挿絵を見て、あなたのことを想像していました。実際はどんな男性なのかと……それが今日、こうして向かい合って、実に驚いているのですが」
彼女はもう一度ため息をつくと、今度はうっとりとした目つきで慧一を見つめた。
「本当に美しいですね。滑らかな肌、長い睫、やさしくて憂いのある眼差し、手入れの行き届いたさらさらの髪。背も高くて体格も理想的で、モースの主人公たる条件がすべて備わっています。峰子ちゃんが創作意欲を刺激されるのも無理ないですよ。あなたは本当に、王子様みたいです」
「王子様?」
京子は褒めたつもりだろうが、慧一は尻がむず痒くなる。
「王子様はよしてくれよ。何だかナヨナヨとした優男って感じで、嫌だね」
「えっ? あ、それはその……失礼しました。まあ、そうですよね」
眉を寄せる慧一を見て、京子は頬を掻いた。
大袈裟な賛辞に居心地が悪くなったが、これからが本題だ。もう少し詰めて話そうと、慧一は前のめりになる。
「君、ケーキでも食べる? 奢るよ」
「あ、いえ、お腹はいっぱいですので」
「じゃあ俺はもう一杯コーヒーを飲みたいから、付き合ってくれないか。時間はある?」
京子は腕時計を確かめ、こくりと頷く。
「はい、大丈夫です。あと三十分ぐらいなら」
慧一はほっとすると、店員を呼んでコーヒーを二つ追加した。
「峰子ちゃんは男の人と付き合うとか、そういった方向に興味がないんです」
「えっ?」
続きを話し始めた京子に、慧一は顔を向ける。
「結婚もしたくないって言ってますよ。誰かと二人きりで親密な関係になるなんて、重いって。一生独りで自由に生きるのが理想だそうです」
雷が近付いたのか、稲光と雷鳴の間隔が短い。暗い空から大粒の雨が落ち、窓ガラスを激しくたたいている。
「だから、リア充の慧一さんと、男性にまったく関心のない峰子ちゃんとでは、想像がつかないんです。恋とか愛とか、付き合うとか」
コーヒーが運ばれてきた。
京子はいただきますをしてから、ミルクと砂糖を入れて、ぐるぐるとかき混ぜた。
慧一は褐色と白の渦を眺めながら、しばし考える。
真剣な表情で身を乗り出した。
京子はアイスティーのストローをくわえ、上目遣いで見返してくる。彼女はどちらかというと垂れ目で、人の好さそうな印象だが、その視線は妙な鋭さを感じさせた。
やがてストローを離すと、彼女は深く顎を引いた。
「分かります。峰子ちゃんが理解できないんですね。それはそうですよね。勝手に自分をモデルにして、あのような文章や絵を書いてる女性なんて、薄気味悪いでしょうね」
京子の解釈に、慧一は言葉を失う。
「普通の男性なら、ドン引きですよね」
「それは見当違いだ」
怒ったような口調に、京子はえっ? という顔になる。
「真介はどうか知らんが、俺は画一的な考え方をするタイプじゃないんだよ。何でも面白いように受け取る人間でね。三原さん……峰子さんの作った同人誌にも、ポジティブな意味で興味津々だ」
京子は首を傾げ、疑わしそうに確かめてきた。
「マジですか」
「ああ」
「峰子ちゃんを軽蔑したり、嫌ったりとか、無いんですね」
「腐女子と呼ばれ、それを楽しんでる君らと同じだ。俺も小説のネタにされたことを心から楽しんでるよ」
「……嘘みたい」
伊上京子は、ずっと警戒していた。峰子の同人誌のことで、慧一が自分に悪意を持って探りを入れるのではと、疑っていたのだ。
それを正直に打ち明けられると、慧一は苦笑した。
「そりゃあ、探りを入れるよ。悪意じゃなくて好意だけどね。俺は峰子さんのことを知りたくてしょうがないんだから」
京子は不思議そうな顔をする。
「はあ……それはまた、どうしてですか?」
「惚れてるから」
「それってつまり、好き……てことでしょうか」
「うん。惚れてる。俺はあの子が好きだ。恋してる」
慧一は大真面目だ。それに、言えば言うほど実感が湧いてくる。この胸の高鳴りは、まさに恋の症状である。
「でも、口もろくに利いたことがないって」
「そう、だから自分でも信じられないんだけど、好きになっちまったものは仕方ない」
「はあ」
京子はなぜか、ため息を漏らした。
「俺が彼女に惚れちゃおかしいかな」
峰子をよく知る京子に、訊いてみたいと思った。
「いえ、そんなことないです。ただ、その……あなたは華やかでモテそうだし、スマートな恋愛上手と言うか。要するに、峰子ちゃんとは違いすぎるので」
「タイプが違いすぎる?」
「すみません、私はそう思いました」
慧一は、京子の率直さが気に入った。
言いにくいことを口にする時も、彼女は目を逸らさない。これは、曖昧さをよしとする世間では、ある意味世渡り下手な態度だが、慧一には彼女の誠実さと受け取れる。
「私、峰子ちゃんの描いた“モース”の挿絵を見て、あなたのことを想像していました。実際はどんな男性なのかと……それが今日、こうして向かい合って、実に驚いているのですが」
彼女はもう一度ため息をつくと、今度はうっとりとした目つきで慧一を見つめた。
「本当に美しいですね。滑らかな肌、長い睫、やさしくて憂いのある眼差し、手入れの行き届いたさらさらの髪。背も高くて体格も理想的で、モースの主人公たる条件がすべて備わっています。峰子ちゃんが創作意欲を刺激されるのも無理ないですよ。あなたは本当に、王子様みたいです」
「王子様?」
京子は褒めたつもりだろうが、慧一は尻がむず痒くなる。
「王子様はよしてくれよ。何だかナヨナヨとした優男って感じで、嫌だね」
「えっ? あ、それはその……失礼しました。まあ、そうですよね」
眉を寄せる慧一を見て、京子は頬を掻いた。
大袈裟な賛辞に居心地が悪くなったが、これからが本題だ。もう少し詰めて話そうと、慧一は前のめりになる。
「君、ケーキでも食べる? 奢るよ」
「あ、いえ、お腹はいっぱいですので」
「じゃあ俺はもう一杯コーヒーを飲みたいから、付き合ってくれないか。時間はある?」
京子は腕時計を確かめ、こくりと頷く。
「はい、大丈夫です。あと三十分ぐらいなら」
慧一はほっとすると、店員を呼んでコーヒーを二つ追加した。
「峰子ちゃんは男の人と付き合うとか、そういった方向に興味がないんです」
「えっ?」
続きを話し始めた京子に、慧一は顔を向ける。
「結婚もしたくないって言ってますよ。誰かと二人きりで親密な関係になるなんて、重いって。一生独りで自由に生きるのが理想だそうです」
雷が近付いたのか、稲光と雷鳴の間隔が短い。暗い空から大粒の雨が落ち、窓ガラスを激しくたたいている。
「だから、リア充の慧一さんと、男性にまったく関心のない峰子ちゃんとでは、想像がつかないんです。恋とか愛とか、付き合うとか」
コーヒーが運ばれてきた。
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