モース10

藤谷 郁

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アプローチ

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「お前はそういう奴だ」


 食堂を出て工場へ向かう道すがら、真介は慧一をなじった。


「俺があの子に関心があるのを察して、ちょっかいを掛けたんだな」

「へえ、やっぱり関心があるのか」


 とぼけた言い方に、真介は切れ長の目を冷たく光らせ、


「ふざけるなっ」


 本気で怒りかけた。
 慧一は皮肉な笑みを浮かべ、ありのままを答える。


「安心しろよ。俺は振られた」


 真介は目を瞬かせ、呆れたように言った。


「もうデートに誘ったのか?」


 信じられないといった顔だ。奥手の彼には、とても理解できない速攻だろう。


「もうってお前、こう見えて女の子を誘うなんてめったにないんだぜ。自信喪失だよ」


 それは慧一の本音である。
 百パーセント、色よい返事がもらえると思ったのに……

 峰子の態度が解せなかった。


「そうか。ふふっ、お前振られたのか」


 真介は急にご機嫌になり、嬉しそうに笑った。慧一は口を尖らせ、冗談でもないふうに言う。


「今度はお前が誘ってみろよ。案外OKかもしれんよ」

「……は?」


 真介は融通がきかない真面目人間。

 その上、奥手で物静かで、女の子からすれば退屈な男に映るだろう。

 だがよくよく見れば、鼻筋の通ったきれいな顔立ちをしている。峰子にしても、小説のネタにするくらいだから嫌いではないだろう。

 もっとも、慧一もそのはずだが。


「まさか、俺なんかが誘っても……」


 真介は元気なくかぶりを振る。

 この自信のなさが、男としての魅力を半減させているのだ。慧一は、肩を落として歩く友人をもったいなく思った。




 工場の前まで来ると真介は、気が付いたように顔を上げる。


「そういえば、例のあれ、何か分かったのか」

「モース?」

「そう、それ」


 慧一は何となく考える仕草をしてから、真介をじろじろと眺めた。


「何だ」

「いいや、まだ調査中でね」

「何か分かりそうか」


 詰め寄る真介は真顔で、必死といってもいい。慧一はニヤリとした。


「そんなに見つめないで。シ・ン・さ・ま」

「!」


 真介はさっと顔を赤らめ、慧一の肩をパーンと叩く。


「真面目にやれ、真面目に!」


 今度こそ本当に湯気を上げている。打たれたところをさすりながら、慧一は苦笑を浮かべた。


「怒るなよ。ちゃんと調べてるんだから」

「まったく!」

「それにしてもお前、"犯人"が分かったらどうするつもりだ」

「決まってる。訴えてやる」

「出るとこに出て、"俺達と思われる二人の濡れ場"を読み上げるのか?」

「ぐっ……」

「犯人殿に、あれは俺達とは一切無関係だとか、フィクションだとか返されたら?」

「ううっ」


 苦しげにうめく真介に、慧一は噴き出しそうになる。自分と違って、芯から真面目な男なのだ。


「とにかく、何か分かったら教えるよ。しっかりしろ、じゃな」


 帽子を被り直して工場へ入る慧一の背中に、真介の慌てた声が飛んだ。


「三原さんに手出すなよ!」


 慧一は背中のまま肩をすくめると、


「それは約束できない」


 聞こえない声で言い、扉を閉めた。
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