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失ったかもしれない
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香澄はまんじりともせず長い夜をすごし、そのまま夜明けを迎えていた。
天国から地獄へ、いきなり突き落とされたような夜だった。何が雅弘をあんなに怒らせたのか、考えると情けなくなってくる。
(私が悪いんだ)
昨夜彼と抱き合い揺らしたベッドの上で独りきり、膝を抱えて泣いた。
一時間ばかりそうしていたが、あまりの暑さに耐えられなくなって初めてエアコンをつけていないことに気がついた。
香澄は涙を拭き、部屋を見渡してみる。
一見きれいに片付いているが、床はひどいものだ。小窓からの明るい光線により、それらは一層目立って浮き上がる。
香澄はベッドから降りると台所に行き、埃を被っている掃除機を動かした。
丁寧に丁寧にかけていく。隅のほうはヘッドを外して、附属の細い筒を使い、とりこぼしのないように埃を吸い込む。
いつまでたってもきれいにならない気がして、また泣きそうになる。
駄目だ。
まだキレイになっていない。
お前ってホント役立たず。
俺は男だからな。
言うことを聞いてりゃいいんだよ。
早く来いよ。
俺に逆らうな。
お前それでも女?
香澄は耐えられずにスイッチを切った。
そして、視界に入らないよう、掃除機を押入れに乱暴に放り込むと、戸を強く閉めた。
ノイローゼになるかもしれないと思った。
風呂場に行き、Tシャツも下着も全部着替えて、シャワーを浴びる。
冷蔵庫を開けてソーダ水を手に取ったが、すぐに戻して、手前にある半年前にジュースと間違えて買ったフルーツカクテルを飲むことにした。
エアコンが十分に効いて快適な部屋で、読書を始める。雅弘と出会う前は、土曜日は読書の日だった。積読状態の本を書棚から引っ張り出すと、遅れている課題に取り組むように、溜まっていた宿題を片付けるように、一所懸命に読んだ。
何も考えたくない。
失ったかもしれないと、考えたくない。
全身は耳になり、電話の音を、メールの着信音を、逃すまいと身構えているのに。
二冊目を読み終えた時、スマートフォンが鳴動した。
メールが来たのだ。
香澄は電話を鷲づかみにする。着信を報せるランプの点滅は希望の光だと、初めて思った。
だが、発信者を確認して肩を落とす。
会社からの業務連絡。
香澄は可笑しくなり、ベッドに身を投げ出した。
「もう、ヤダ……」
シーツに顔をうずめると、雅弘の匂いがした。
今頃彼は仕事中だ。香澄は消防署で働く雅弘の姿を、職場の光景を、思い描こうとしたが上手くいかなかった。
私は彼を分かっていないのだろう。何一つ分かっていない。
会いたい、話をしたい、声が聞きたい。
でも、彼女はただ身体を震わせるだけ。今にも壊れてしまいそうで、動けなかった。
天国から地獄へ、いきなり突き落とされたような夜だった。何が雅弘をあんなに怒らせたのか、考えると情けなくなってくる。
(私が悪いんだ)
昨夜彼と抱き合い揺らしたベッドの上で独りきり、膝を抱えて泣いた。
一時間ばかりそうしていたが、あまりの暑さに耐えられなくなって初めてエアコンをつけていないことに気がついた。
香澄は涙を拭き、部屋を見渡してみる。
一見きれいに片付いているが、床はひどいものだ。小窓からの明るい光線により、それらは一層目立って浮き上がる。
香澄はベッドから降りると台所に行き、埃を被っている掃除機を動かした。
丁寧に丁寧にかけていく。隅のほうはヘッドを外して、附属の細い筒を使い、とりこぼしのないように埃を吸い込む。
いつまでたってもきれいにならない気がして、また泣きそうになる。
駄目だ。
まだキレイになっていない。
お前ってホント役立たず。
俺は男だからな。
言うことを聞いてりゃいいんだよ。
早く来いよ。
俺に逆らうな。
お前それでも女?
香澄は耐えられずにスイッチを切った。
そして、視界に入らないよう、掃除機を押入れに乱暴に放り込むと、戸を強く閉めた。
ノイローゼになるかもしれないと思った。
風呂場に行き、Tシャツも下着も全部着替えて、シャワーを浴びる。
冷蔵庫を開けてソーダ水を手に取ったが、すぐに戻して、手前にある半年前にジュースと間違えて買ったフルーツカクテルを飲むことにした。
エアコンが十分に効いて快適な部屋で、読書を始める。雅弘と出会う前は、土曜日は読書の日だった。積読状態の本を書棚から引っ張り出すと、遅れている課題に取り組むように、溜まっていた宿題を片付けるように、一所懸命に読んだ。
何も考えたくない。
失ったかもしれないと、考えたくない。
全身は耳になり、電話の音を、メールの着信音を、逃すまいと身構えているのに。
二冊目を読み終えた時、スマートフォンが鳴動した。
メールが来たのだ。
香澄は電話を鷲づかみにする。着信を報せるランプの点滅は希望の光だと、初めて思った。
だが、発信者を確認して肩を落とす。
会社からの業務連絡。
香澄は可笑しくなり、ベッドに身を投げ出した。
「もう、ヤダ……」
シーツに顔をうずめると、雅弘の匂いがした。
今頃彼は仕事中だ。香澄は消防署で働く雅弘の姿を、職場の光景を、思い描こうとしたが上手くいかなかった。
私は彼を分かっていないのだろう。何一つ分かっていない。
会いたい、話をしたい、声が聞きたい。
でも、彼女はただ身体を震わせるだけ。今にも壊れてしまいそうで、動けなかった。
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