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目玉焼き【1】
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新居は会社から徒歩10分の住宅街にある。
新築12階建てアパートの801号室は眺めの良い角部屋だ。家賃は相場より高めだが、陽一は内見した日にすぐ本契約した。
よほど部屋を気に入ったらしい。
冬美もぜひ住みたいと思ったので、彼の迷いのない姿勢が頼もしく、嬉しかった。
新しい部屋に、新しい家電。
冬美は朝食用の食材をピカピカの冷蔵庫にしまった。
卵の他に、レタスとハムとオレンジも買っておいた。メニューがシンプルなのはありがたいが、さすがに目玉焼きだけというのは栄養バランスが悪い。いくら料理に関心がないと言っても、そこはきちんと考えるべきだろう。
「妻として……なあんてね」
照れ笑いしつつ冷蔵庫を閉めると、次は食パンをエコバッグから取り出す。スーパーのオリジナル商品で、一斤100円という嬉しい価格だった。
「コーヒーはコーヒーメーカーのセットがあるし、調味料はひととおり揃ってるからヨシ」
さらにテーブルに並べたのは、半額シールが貼られたハンバーグ弁当と野菜ジュース。冬美の夕飯である。
何を食べようかなと、スーパーの生鮮売り場をぐるぐる見て回ったが、結局弁当を買ってしまった。
「今夜は私だけだし、これでじゅうぶんでしょ。料理は明日から本気出す!」
言いわけじみてると思うが、仕方ない。一人分を作るモチベーションはゼロだし、何より半額シールの魅力に抗えなかった。
もともと食べ物にこだわりがなく、お金をかけるという発想がないのだ。
「その点、課長はグルメだし、高級食材を好むタイプよね……ん?」
弁当を電子レンジで温めようとして、冬美は手を止める。
そんな課長が、なぜパンとコーヒーと目玉焼きという質素な朝食なのか――
椅子に座り、しばし考え込む。
普段はシンプルな食生活なのかなと単純に解釈したが、どうも違う気がする。
「そうだった。課長はあの日……」
頭に浮かんだのは海辺のホテル。冬美のぶんも料理を追加してくれた課長。僕の大好物ですと、金目鯛の煮つけを嬉しそうに食べていた。
お魚が好きなんですね、なんて会話するうちにだんだん楽しくなって、帰りの電車で交際を申し込まれたときも抵抗なくうなずいていた。
「年上の男性もいいなあって初めて思ったっけ……って、そうじゃなくて!」
弁当をテーブルに戻し、半額シールをじっと見つめる。
売れ残りの弁当など買ってしまう自分とは価値観が違う。そして肝心なのは食材そのもの。
課長という人は、わざわざ下田まで金目鯛の煮つけを食べに行くようなグルメなのだ。
「安い食材ではダメなんだ、きっと」
卵もレタスも特別な生産地とか農場とか、こだわりがあるだろう。
一斤100円の食パンなど論外だ!
「そうだ! 会社の近くに高級食材のお店があったはず。一度も入ったことないけど……あそこなら課長の口に合う卵やパンがあるかも」
冬美はエコバッグを握りしめると、アパートを飛び出した。
新築12階建てアパートの801号室は眺めの良い角部屋だ。家賃は相場より高めだが、陽一は内見した日にすぐ本契約した。
よほど部屋を気に入ったらしい。
冬美もぜひ住みたいと思ったので、彼の迷いのない姿勢が頼もしく、嬉しかった。
新しい部屋に、新しい家電。
冬美は朝食用の食材をピカピカの冷蔵庫にしまった。
卵の他に、レタスとハムとオレンジも買っておいた。メニューがシンプルなのはありがたいが、さすがに目玉焼きだけというのは栄養バランスが悪い。いくら料理に関心がないと言っても、そこはきちんと考えるべきだろう。
「妻として……なあんてね」
照れ笑いしつつ冷蔵庫を閉めると、次は食パンをエコバッグから取り出す。スーパーのオリジナル商品で、一斤100円という嬉しい価格だった。
「コーヒーはコーヒーメーカーのセットがあるし、調味料はひととおり揃ってるからヨシ」
さらにテーブルに並べたのは、半額シールが貼られたハンバーグ弁当と野菜ジュース。冬美の夕飯である。
何を食べようかなと、スーパーの生鮮売り場をぐるぐる見て回ったが、結局弁当を買ってしまった。
「今夜は私だけだし、これでじゅうぶんでしょ。料理は明日から本気出す!」
言いわけじみてると思うが、仕方ない。一人分を作るモチベーションはゼロだし、何より半額シールの魅力に抗えなかった。
もともと食べ物にこだわりがなく、お金をかけるという発想がないのだ。
「その点、課長はグルメだし、高級食材を好むタイプよね……ん?」
弁当を電子レンジで温めようとして、冬美は手を止める。
そんな課長が、なぜパンとコーヒーと目玉焼きという質素な朝食なのか――
椅子に座り、しばし考え込む。
普段はシンプルな食生活なのかなと単純に解釈したが、どうも違う気がする。
「そうだった。課長はあの日……」
頭に浮かんだのは海辺のホテル。冬美のぶんも料理を追加してくれた課長。僕の大好物ですと、金目鯛の煮つけを嬉しそうに食べていた。
お魚が好きなんですね、なんて会話するうちにだんだん楽しくなって、帰りの電車で交際を申し込まれたときも抵抗なくうなずいていた。
「年上の男性もいいなあって初めて思ったっけ……って、そうじゃなくて!」
弁当をテーブルに戻し、半額シールをじっと見つめる。
売れ残りの弁当など買ってしまう自分とは価値観が違う。そして肝心なのは食材そのもの。
課長という人は、わざわざ下田まで金目鯛の煮つけを食べに行くようなグルメなのだ。
「安い食材ではダメなんだ、きっと」
卵もレタスも特別な生産地とか農場とか、こだわりがあるだろう。
一斤100円の食パンなど論外だ!
「そうだ! 会社の近くに高級食材のお店があったはず。一度も入ったことないけど……あそこなら課長の口に合う卵やパンがあるかも」
冬美はエコバッグを握りしめると、アパートを飛び出した。
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