恋の記録

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
235 / 236
晴れた空

しおりを挟む
「そうよ」

「一条さん……」


山賀さんが絶句する。当然の反応だった。

智哉さんは犯罪者であり、死刑囚になるかもしれないのだ。


「若月家の皆さんに、智哉さんと結婚するつもりですと報告する。それから、智哉さんのお父さんにも。ご近所のお寺に、お骨が納められていると聞いたから、お参りするの」


山賀さんはコーヒーを一口含み、胸を押さえた。落ち着きを取り戻してから、再び私と向き合う。


「一条さんのご両親は、何と……」

「もちろん大反対されたわ。だから、私は縁を切ることにした」

「それって、もう一生ご家族と会わない……と、いうことですか?」


うなずくと、彼女は悲しそうに目を伏せた。でも、やがて納得の表情になる。


「一条さんならそうするかもしれないと、どこかで思ってました。やっぱり、あなたはすごい人です」

「すごくなんかないよ。私はとんでもない親不孝者。一生かけても謝りきれない……」


涙があふれそうになるが、こらえた。もう覚悟は決まっている。


「水樹さんには、意志を伝えたのですか?」

「ううん、まだ。裁判が始まるまでに、弁護士さんに手紙を預けるつもり。返事は……分からないけど」


断られるかもしれない。

でも私は、ずっとそばにいると約束した。後を追うなんて言えば叱られるから、それは我慢する。だから、家族になるという望みだけは、受け容れてほしい。


山賀さんはもう何も言わず、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。

彼女と会うのは、きっとこれが最後になる。私もカップを取り、名残惜しい気持ちで、ほろ苦さを味わった。



「あっ、そういえば昨日、瀬戸さんに会いましたよ」

「えっ、瀬戸さんに?」

「ハイ。相変わらずきれいで、カッコ良かったです」


しんみりとした空気を払うように、山賀さんが明るい口調でおしゃべりを始めた。

私も合わせて、相槌を打つ。


「そんなわけで、私は瀬戸さんと……あと、東松さんにもいろいろお世話になりました。取調べが済んでからも、お見舞いに来てくださったり」

「そうなんだ。私も、たくさんお世話になったわ」


特に東松さんには励まされた。とても感謝している。


「東松さんって、顔は怖いけどいい人ですよね」

「うん」


初めて出会ったのは電車の中。よろけてぶつかった私を、彼がじろりと睨んだ。というより、睨まれた気がして、勝手に怖がってしまった。


「どうしたんですか?」

「ううん、ちょっと……思い出して」


思わず微笑んでいた。

コワモテでぶっきら棒で、正義感にあふれた好男子。彼はどんな女性と結婚するのだろう。


「もしかしたら、瀬戸さんかな……」

「えっ、なんですか?」

「うふふ、なんでもない」


カップを置いて腕時計を確かめると、もう出発の時間だった。


「じゃあ、そろそろ行くね」

「あ、はい」


店を出ると、山賀さんは駅の改札口まで見送ってくれた。


「山賀さん、今日は会えてよかった。体に気をつけて、無理しないようにね」

「こちらこそ、ご連絡をくださりありがとうございました。一条さんも、お元気で」


目を潤ませる山賀さんに別れを告げ、改札をくぐった。




「わ、まぶしい……」


ホームに上がったとたん、夏の明るさに包まれた。上を見れば、青い空に太陽が輝いている。


「そろそろ梅雨が明けるのかな」


乗車口に向かって足を進めた。お気に入りのパンプスが私を勇気づける。


雨の日、晴れの日。

いろんなことがあった。

この先も、どうなるか分からない。

でも、私はうつむかない。

離れていても、智哉さんのそばに寄り添い、生きていく。


私らしく、強く、まっすぐに――






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

量子迷宮の探偵譚

葉羽
ミステリー
天才高校生の神藤葉羽は、ある日突然、量子力学によって生み出された並行世界の迷宮に閉じ込められてしまう。幼馴染の望月彩由美と共に、彼らは迷宮からの脱出を目指すが、そこには恐ろしい謎と危険が待ち受けていた。葉羽の推理力と彩由美の直感が試される中、二人の関係も徐々に変化していく。果たして彼らは迷宮を脱出し、現実世界に戻ることができるのか?そして、この迷宮の真の目的とは?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...