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晴れた空
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カフェの窓から、晴れた空が見渡せる。
待ち合わせ時間ぴったりに山賀さんが現れ、向かいの席に座った。
「一条さん、お待たせしました。お久しぶりです」
「大丈夫、全然待ってないよ。本当に久しぶり」
コーヒーを注文してから、あらためてお互いを見合った。病院で別れて以来の再会である。
「お元気そうで、よかったです。あの……髪、切ったんですね」
「うん。思いきって短くしちゃった。男の子みたいでしょ?」
「いえいえ、逆に女らしくて素敵です。すごく爽やかで、よく似合ってる!」
「ふふっ、ありがとう。山賀さんも元気そうで安心した」
「リハビリの効果で、かなり回復しました。こうして一人で出歩けるようになったし」
照れたように笑い、ふと神妙になる。
「一条さん。私、あの時はどうかしてました。本当に、すみませんでした」
「もう、いいんだってば」
三国の人質になったことだ。昨日、山賀さんに電話した時、さんざん謝られた。気持ちは十分に伝わっている。
コーヒーが運ばれてきて、しばし沈黙がおりる。
カフェは駅に直結したビル内にある。大きな駅なので客の出入りが多いが、奥まった窓際の席は静かで、落ち着いて話ができそうだ。
何から話そうかと考えていると、彼女がバッグから見覚えのあるものを取り出し、テーブルに置いた。
私がプレゼントしたオーディオプレイヤーである。
「山賀さん……」
彼女は顎を引き、あの夜についてあらためて語った。
「一条さんが病院を脱出したあと、警察にいろいろ聞かれたけど、三国さんに言われたとおり知らないふりをしてたんです。でも、一条さんが水樹さんと一緒に崖崩れに巻き込まれたと聞いて、初めて目が覚めました」
彼女はその時、警察にすべてを打ち明けた。そして、オーディオプレイヤーを調べたいという捜査員に同意し、私が録音しておいたメッセージに気づいて再生したのだ。
――『智哉さんを連れて必ず戻ります。待っていてください』
「一条さんの愛が本物だった。それに比べて私がしたことは、二人を幸せにするどころか追い詰めるだけで、自己満足だと気づいたんです」
涙をこぼし、縮こまる。彼女は自分を犠牲にしたことも後悔し、深く反省している。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「もう泣かないの。山賀さんが無事で、元気になってくれた。それだけで私は嬉しいんだよ?」
私は彼女に感謝こそすれ、責める気持ちは毛頭ない。それどころか、事件に巻き込んでしまって申しわけないと思っている。彼女のお母さんや、ご家族に対しても。
「警察の取調べはきつくなかった?」
「いいえ。任意だったけど、主治医の許可を得て警察まで行きました。どうしてもそうしたかったんです」
山賀さんはありのままを供述した。もちろん三国のことも。だけど、その三国が出頭したと聞いて驚いたという。
「私もびっくりした。でも、彼は彼なりに、智哉さんを救おうとしてたのが、よく分かったわ」
「はい。あの人は真の悪人ではないと思います。私やおじいさんについても、自分が脅して協力させたと、庇ったみたいで」
確かに三国は真の悪人ではない。
しかし彼はこれまで、網の目をくぐるような生き方をしてきた。逮捕をきっかけに、余罪を追及されている。
今回の事件も、協力者が複数存在するため、三国の捜査が終わるまで、智哉さんは弁護士以外の人間と接見できない。そのことは、弁護士を選任した若月さんが教えてくれた。
「実は、これから名古屋に行くの」
「名古屋? あ、もしかして、水樹さんの後見人だった方の……」
「うん。若月さんのところに、ご挨拶に伺おうと思って」
「そうなんですか。だから今日は、新幹線の駅で待ち合わせなんですね。でも、ご挨拶というのは……」
山賀さんが緊張の面持ちになった。
「もしかして、結婚の挨拶……とか」
待ち合わせ時間ぴったりに山賀さんが現れ、向かいの席に座った。
「一条さん、お待たせしました。お久しぶりです」
「大丈夫、全然待ってないよ。本当に久しぶり」
コーヒーを注文してから、あらためてお互いを見合った。病院で別れて以来の再会である。
「お元気そうで、よかったです。あの……髪、切ったんですね」
「うん。思いきって短くしちゃった。男の子みたいでしょ?」
「いえいえ、逆に女らしくて素敵です。すごく爽やかで、よく似合ってる!」
「ふふっ、ありがとう。山賀さんも元気そうで安心した」
「リハビリの効果で、かなり回復しました。こうして一人で出歩けるようになったし」
照れたように笑い、ふと神妙になる。
「一条さん。私、あの時はどうかしてました。本当に、すみませんでした」
「もう、いいんだってば」
三国の人質になったことだ。昨日、山賀さんに電話した時、さんざん謝られた。気持ちは十分に伝わっている。
コーヒーが運ばれてきて、しばし沈黙がおりる。
カフェは駅に直結したビル内にある。大きな駅なので客の出入りが多いが、奥まった窓際の席は静かで、落ち着いて話ができそうだ。
何から話そうかと考えていると、彼女がバッグから見覚えのあるものを取り出し、テーブルに置いた。
私がプレゼントしたオーディオプレイヤーである。
「山賀さん……」
彼女は顎を引き、あの夜についてあらためて語った。
「一条さんが病院を脱出したあと、警察にいろいろ聞かれたけど、三国さんに言われたとおり知らないふりをしてたんです。でも、一条さんが水樹さんと一緒に崖崩れに巻き込まれたと聞いて、初めて目が覚めました」
彼女はその時、警察にすべてを打ち明けた。そして、オーディオプレイヤーを調べたいという捜査員に同意し、私が録音しておいたメッセージに気づいて再生したのだ。
――『智哉さんを連れて必ず戻ります。待っていてください』
「一条さんの愛が本物だった。それに比べて私がしたことは、二人を幸せにするどころか追い詰めるだけで、自己満足だと気づいたんです」
涙をこぼし、縮こまる。彼女は自分を犠牲にしたことも後悔し、深く反省している。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「もう泣かないの。山賀さんが無事で、元気になってくれた。それだけで私は嬉しいんだよ?」
私は彼女に感謝こそすれ、責める気持ちは毛頭ない。それどころか、事件に巻き込んでしまって申しわけないと思っている。彼女のお母さんや、ご家族に対しても。
「警察の取調べはきつくなかった?」
「いいえ。任意だったけど、主治医の許可を得て警察まで行きました。どうしてもそうしたかったんです」
山賀さんはありのままを供述した。もちろん三国のことも。だけど、その三国が出頭したと聞いて驚いたという。
「私もびっくりした。でも、彼は彼なりに、智哉さんを救おうとしてたのが、よく分かったわ」
「はい。あの人は真の悪人ではないと思います。私やおじいさんについても、自分が脅して協力させたと、庇ったみたいで」
確かに三国は真の悪人ではない。
しかし彼はこれまで、網の目をくぐるような生き方をしてきた。逮捕をきっかけに、余罪を追及されている。
今回の事件も、協力者が複数存在するため、三国の捜査が終わるまで、智哉さんは弁護士以外の人間と接見できない。そのことは、弁護士を選任した若月さんが教えてくれた。
「実は、これから名古屋に行くの」
「名古屋? あ、もしかして、水樹さんの後見人だった方の……」
「うん。若月さんのところに、ご挨拶に伺おうと思って」
「そうなんですか。だから今日は、新幹線の駅で待ち合わせなんですね。でも、ご挨拶というのは……」
山賀さんが緊張の面持ちになった。
「もしかして、結婚の挨拶……とか」
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