232 / 236
正義の使者〈Last Report〉
4
しおりを挟む
「水樹は起訴されて、今は勾留中か」
「先月、拘置所に移送されました。準備が整いしだい初公判です」
「怪我はもう大丈夫なの?」
「問題ありません。体調は良さそうですよ」
子安さんの狙撃は完璧だった。急所を外したのはもちろん、骨を掠ってもいない。肩を撃たれた衝撃で一瞬足を止めた水樹を、取り囲んでいた警察官がダッシュして捕まえ、間一髪、崖下に落ちるのを防いだ。
「水樹があんな風になってしまったのは、周りの大人たちの影響だったんですね」
取調べで様々なことが分かった。母親と北城からの仕打ち。ハルというウサギのこと。水樹のトラウマの正体が明らかになり、暗澹とした気持ちになった。
三国については、本人の供述もあり、彼らの関係性がはっきりした。23年前の事故の顛末は、警察官である俺にとって衝撃的なエピソードだった。
「水樹は母親たちの事故についても自白したそうだけど、どうなの?」
「ああ……その件については立証不可能でした。睡眠薬を飲ませた証拠がないし、解剖記録もない。そもそも事故現場には三国以外にも捜査員がいて、ブレーキ痕を確認しています」
「じゃあ、北城は眠ってなかったの?」
「眠たかったのかもしれませんが……主な原因はスピードの出しすぎと、雨ですね」
いずれにしろ、その件については余罪にならない。
「問題は、当時の三国の対応です。水樹はそのせいで記憶の一部を失い、警察(正義)に不信感を抱く元になった」
そして数年後、斎藤陽向の事件をきっかけにフラッシュバックが起きる。水樹は残酷な記憶に苦しみ、やがて辿り着いた答えが、愛する者を守るためなら何でもする……という極論。
「三国は責任を感じていました。水樹の人生を歪ませたのは自分だと。だから、三国自身も人生を投げ打ち、協力したんです」
だが結局、その協力も間違っていた。最後の最後まで、水樹を追い詰めることになるのだから。
「追い詰められた水樹を救ったのが、一条さんね」
「はい」
水樹を救ったのは一条さんの誠実さと、無償の愛。彼女は、何があろうと水樹のそばにいると約束し、死刑になったら後を追うとまで言ったそうだ。
水樹は感極まり、彼女を道連れにするのをやめた。独りぼっちになるのを覚悟で、手を離したのだ。
「水樹を歪ませたのは三国。でも、分かる気もするんですよ」
「何が?」
上役である瀬戸さんに、正直な気持ちを口にした。
「たとえば、虐待やパワハラの被害者が、我慢できずにやり返したら、今度はその人が罰せられますよね。捕まえるこっちも、嫌になるっていうか」
瀬戸さんは迷わず、きっぱりと答えた。
「私たちは、正義ではなく法律に従っているの。理不尽な事件に出くわしても、感情に流されず、職務を全うする。三国には、それができなかった」
「……」
ぐうの音もでない。
分かってはいたのだ。
理不尽にモヤモヤするなど、俺もまだまだ半人前である。
「先月、拘置所に移送されました。準備が整いしだい初公判です」
「怪我はもう大丈夫なの?」
「問題ありません。体調は良さそうですよ」
子安さんの狙撃は完璧だった。急所を外したのはもちろん、骨を掠ってもいない。肩を撃たれた衝撃で一瞬足を止めた水樹を、取り囲んでいた警察官がダッシュして捕まえ、間一髪、崖下に落ちるのを防いだ。
「水樹があんな風になってしまったのは、周りの大人たちの影響だったんですね」
取調べで様々なことが分かった。母親と北城からの仕打ち。ハルというウサギのこと。水樹のトラウマの正体が明らかになり、暗澹とした気持ちになった。
三国については、本人の供述もあり、彼らの関係性がはっきりした。23年前の事故の顛末は、警察官である俺にとって衝撃的なエピソードだった。
「水樹は母親たちの事故についても自白したそうだけど、どうなの?」
「ああ……その件については立証不可能でした。睡眠薬を飲ませた証拠がないし、解剖記録もない。そもそも事故現場には三国以外にも捜査員がいて、ブレーキ痕を確認しています」
「じゃあ、北城は眠ってなかったの?」
「眠たかったのかもしれませんが……主な原因はスピードの出しすぎと、雨ですね」
いずれにしろ、その件については余罪にならない。
「問題は、当時の三国の対応です。水樹はそのせいで記憶の一部を失い、警察(正義)に不信感を抱く元になった」
そして数年後、斎藤陽向の事件をきっかけにフラッシュバックが起きる。水樹は残酷な記憶に苦しみ、やがて辿り着いた答えが、愛する者を守るためなら何でもする……という極論。
「三国は責任を感じていました。水樹の人生を歪ませたのは自分だと。だから、三国自身も人生を投げ打ち、協力したんです」
だが結局、その協力も間違っていた。最後の最後まで、水樹を追い詰めることになるのだから。
「追い詰められた水樹を救ったのが、一条さんね」
「はい」
水樹を救ったのは一条さんの誠実さと、無償の愛。彼女は、何があろうと水樹のそばにいると約束し、死刑になったら後を追うとまで言ったそうだ。
水樹は感極まり、彼女を道連れにするのをやめた。独りぼっちになるのを覚悟で、手を離したのだ。
「水樹を歪ませたのは三国。でも、分かる気もするんですよ」
「何が?」
上役である瀬戸さんに、正直な気持ちを口にした。
「たとえば、虐待やパワハラの被害者が、我慢できずにやり返したら、今度はその人が罰せられますよね。捕まえるこっちも、嫌になるっていうか」
瀬戸さんは迷わず、きっぱりと答えた。
「私たちは、正義ではなく法律に従っているの。理不尽な事件に出くわしても、感情に流されず、職務を全うする。三国には、それができなかった」
「……」
ぐうの音もでない。
分かってはいたのだ。
理不尽にモヤモヤするなど、俺もまだまだ半人前である。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
彩霞堂
綾瀬 りょう
ミステリー
無くした記憶がたどり着く喫茶店「彩霞堂」。
記憶を無くした一人の少女がたどりつき、店主との会話で消し去りたかった記憶を思い出す。
以前ネットにも出していたことがある作品です。
高校時代に描いて、とても思い入れがあります!!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
三部作予定なので、そこまで書ききれるよう、頑張りたいです!!!!
戦憶の中の殺意
ブラックウォーター
ミステリー
かつて戦争があった。モスカレル連邦と、キーロア共和国の国家間戦争。多くの人間が死に、生き残った者たちにも傷を残した
そして6年後。新たな流血が起きようとしている。私立芦川学園ミステリー研究会は、長野にあるロッジで合宿を行う。高森誠と幼なじみの北条七美を含む総勢6人。そこは倉木信宏という、元軍人が経営している。
倉木の戦友であるラバンスキーと山瀬は、6年前の戦争に絡んで訳ありの様子。
二日目の早朝。ラバンスキーと山瀬は射殺体で発見される。一見して撃ち合って死亡したようだが……。
その場にある理由から居合わせた警察官、沖田と速水とともに、誠は真実にたどり着くべく推理を開始する。
天泣 ~花のように~
月夜野 すみれ
ミステリー
都内で闇サイトによる事件が多発。
主人公桜井紘彬警部補の従弟・藤崎紘一やその幼なじみも闇サイト絡みと思われる事件に巻き込まれる。
一方、紘彬は祖父から聞いた話から曾祖父の死因に不審な点があったことに気付いた。
「花のように」の続編ですが、主な登場人物と舞台設定が共通しているだけで独立した別の話です。
気に入っていただけましたら「花のように」「Christmas Eve」もよろしくお願いします。
カクヨムと小説家になろう、noteにも同じ物を投稿しています。
こことなろうは細切れ版、カクヨム、noteは一章で1話、全十章です。
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
怪奇事件捜査File1首なしライダー編(科学)
揚惇命
ミステリー
これは、主人公の出雲美和が怪奇課として、都市伝説を基に巻き起こる奇妙な事件に対処する物語である。怪奇課とは、昨今の奇妙な事件に対処するために警察組織が新しく設立した怪奇事件特別捜査課のこと。巻き起こる事件の数々、それらは、果たして、怪異の仕業か?それとも誰かの作為的なものなのか?捜査を元に解決していく物語。
File1首なしライダー編は完結しました。
※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。
※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる