恋の記録

藤谷 郁

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Crime Story

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そして、鳥宮さんは転落死した。


智哉さんの告白を聞いて、あの日の自分を思い出す。

隣人が自殺するというショッキングな出来事に動揺した私は、すぐ智哉さんに報告した。彼の落ち着いた態度が、どれだけ頼もしかったことか。

でもそれは、当然だった。彼が鳥宮さんを転落死させたのだから。

私の知らないうちに、小説かドラマのようなストーリーが展開していた。やはり、警察の推測は当たっていたのだ。


「春菜、大丈夫かい」

「……」


私の冷たい指先を、智哉さんが手のひらで包んだ。

彼がしたことは、人として到底許されない。鳥宮さんの無念だけでなく、彼の母親の心情を思うと、悲しすぎて。

でも私は、智哉さんの手を払えなかった。なぜ彼がこんな風になってしまったのか、すべて分かったから。


「春菜……?」


智哉さんが心配そうに私を見つめる。揺れる瞳に、不安な気持ちが表れていた。


「智哉さん……あなたが私をハルと呼ぶのは、あの日からだったね」

「……ああ、そうだな」


智哉さんが守りたかったのは、ウサギのハル。私との出会いを運命に感じた最大の決め手は、ハルという呼び名だった。


「君は、周囲の人にハルと呼ばれていた。これは運命だ。今度こそハルを幸せにするために、それだけのために僕は生きると、決めたんだ」

 
鳥宮さんを転落死させたあの日。記録の上書きを終えて、彼が人生の再スタートを切った瞬間、私は陽向さんの身代わりから、ハルの身代わりへとシフトした。

この人は人を騙し、利用し、殺しさえした。でも、それはすべて、愛するハルのため。あれからずっと、私はハルとして、智哉さんの唯一の家族として、守られてきたのだ。


「悪い奴らはすべて排除する。法律も警察もあてにしない。正義など役に立たないと知っているから、どんな方法を使っても、愛する人を守る。過去を思い出してから、それは僕の信念になった。だから、山賀さんを利用するのも平気だったし、古池を殺しても後悔しない。君を守るためなら、なんだってできた」

「でも私は、ハルじゃないよ?」


泣きそうになりながら、智哉さんを見つめ返した。


「分かってるさ。ハルは神経質で怖がりなウサギ。君は人間の女だし、真逆のタイプだろ? でも、ハルと同じように、僕の大切な家族なんだ」

「どうして?」

「自分を犠牲にしてでも、僕についてこようとしたじゃないか。そして今、そばにいてくれる」


崖崩れの時、私は智哉さんに向かって駆けだした。それはたぶん、一人で逝かせたくなかったから。まったくの無意識だったけれど。


「噛みつかれても、もう叩いたりしない。まるごと愛する。今度こそ幸せにするんだ……春菜」


智哉さんが私の名を呼び、抱きしめる。しがみつくように、強く。


「僕と一緒に、未来を生きてくれないか」

「智哉さん……」


私は今、一条春菜として彼のそばにいる。強く求められ、それに応えたいと感じている。

だけど、返事ができない。

どうすればいい?


「……今夜、三国が迎えにくる」

「えっ?」


私の身体をそっと離し、智哉さんが教えた。


「万が一の場合に備えて、プランBを用意しておいた。警察に踏み込まれる前に、ここを脱出するぞ」

「脱出って、どこへ行くの?」

「さあ……三国に聞いてみなきゃ分からない。だけど、遠い場所なのは確かだ」

「遠い場所……」

「そう、はるかかなたの楽園。そこにたどり着いたら、僕たちは幸せになれる」


楽園ということは南の島? それとも地球の裏側?

いずれにせよ海外だろう。名前や国籍を変えて、永住するのだ。これまでの生活をすべて捨てて。罪を償いもせず。

本当にそれでいいの?

問いかけようとするが、彼はふっと目を逸らし、シートの上に横たわった。


「続きはあとで……その前に、少し眠りたい。夜になる前に、起こしてくれないか」

「あ、うん。あのね、智哉さん」

「さすがに疲れた」


私は何も言えなくなり、彼に毛布をかけた。この人はたぶん、昨夜、一睡もしていない。


「そばにいてくれ、春菜。どこにもいかないで……」


小さくつぶやくと、やがて寝息を立て始める。目をつむった顔は、子どもの頃と変わらないのだろう。とても素直で、優しい。

本当にそれでいいの?

私は、私自身に問いかける。だけど答えを出せないまま、彼のそばに寄り添っていた。

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