223 / 236
Crime Story
5
しおりを挟む
4月17日の夜。
仕事を終えた僕はスーツからカジュアルなデート服に着替えて、春菜との待ち合わせ場所へ向かった。
スマートフォンで天気予報を最終チェックして、舞台が整ったのを確認。ついに、あの日を再現する時がきたのだ。
(できるだけスケジュールをずらしたくないからな。今夜デートできるのはラッキーだ)
食事の約束について春菜がメールしてきたのは五日前。火曜日か水曜日の夜なら都合がいいと言うので、ホッとしながら17日の水曜日を指定した。
なにもかもスムーズに進んでいる。
だが、一つだけ気になることがあった。
昨日の昼休みのこと。休憩室に行くと、春菜が中年男と話し込んでいるのを見かけた。確かあの男は、冬月書店の店長である。
僕は春菜と同じビル内で働いているが、予定外のエピソードを避けるため、できるだけ会わないようにしている。『フローライト』にでも行こうと戻りかけた時、店長が春菜の手を握るのを目撃した。
彼女は困惑した様子になり、店長もすぐに手を離したが、どこから見てもあれはセクハラである。もう少し観察するつもりだったが、二人が席を立ったのを見て、急いでその場を離れた。
春菜に気づかれたかもしれない。廊下の角を曲がり、急いでエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まる直前、走ってくる足音が聞こえたが、あれはきっと春菜だ。カムフラージュのために3階で降りて、階段で6階に上がった。
ニアミスに冷汗をかいたが、それ以上に僕を驚かせたのは、セクハラ上司の存在である。駅ビルの店長会議で顔を合わせた時は、そんな男に見えなかったのに、意外だった。それこそ、予定外の登場人物といえる。
僕はその時点で、古池をマークすることになった。
約束の午後7時ちょうどに、駅前広場に着いた。気になることはさておき、僕はデートに集中する。
春菜はお洒落して、レザーソールのパンプスを履いていた。センスの良さに僕は満足して頷く。
気分は上々。
陽向と初めてデートしたのと同じ、ファミリー向けのパスタ屋へと春菜を連れていった。
春菜との初デートも、2年前の再現だった。
陽向が好きと言ったピザを注文し、会話も似たような話題を選ぶ。
隣人トラブルについても相談に乗った。なぜか春菜は、鳥宮のことを【コワモテ男】と誤認していたが、話を合わせた。鳥宮だろうとコワモテ男だろうと、必要なのは【恐怖を与える隣人】の存在なのだから、どちらでも構わない。
帰りはアパートまでタクシーで送り届けた。春菜はウトウトして、今にも眠ってしまいそうな状態だった。
なぜなら、僕がそうなるように薬を飲ませたから。炭酸水に溶かして。
アパートに着いたのは、予定どおり夜の9時半頃。おぼつかない足取りの春菜を支え、僕はエレベーターで5階に上がった。
507号室は廊下の一番奥の部屋。隣は鳥宮の部屋。ドアの向こうで、奴が聞き耳を立てているだろう。
手もとがおろそかな彼女の代わりに、僕が鍵を開けた。
そういえば、陽向はこの時、合鍵を僕に預けたのだ。隣人に何かされると予感していたのかもしれない。もし、あの時ずっと部屋にいてあげたら……
考えても仕方ない。だからこそ、今、やり直すのだ。
春菜をベッドに横たわらせ、脱がせた上着を畳んで、枕元に置く。
『また、デートしてくれますか?』
『もちろんだよ。僕は君の、恋人なんだから』
甘いやり取りと抱擁のあと、彼女は眠った。
僕は部屋を出て、廊下に誰もいないのを確かめてから、隣のドアを小さくノックした。鳥宮がすぐに顔を出した。
仕事を終えた僕はスーツからカジュアルなデート服に着替えて、春菜との待ち合わせ場所へ向かった。
スマートフォンで天気予報を最終チェックして、舞台が整ったのを確認。ついに、あの日を再現する時がきたのだ。
(できるだけスケジュールをずらしたくないからな。今夜デートできるのはラッキーだ)
食事の約束について春菜がメールしてきたのは五日前。火曜日か水曜日の夜なら都合がいいと言うので、ホッとしながら17日の水曜日を指定した。
なにもかもスムーズに進んでいる。
だが、一つだけ気になることがあった。
昨日の昼休みのこと。休憩室に行くと、春菜が中年男と話し込んでいるのを見かけた。確かあの男は、冬月書店の店長である。
僕は春菜と同じビル内で働いているが、予定外のエピソードを避けるため、できるだけ会わないようにしている。『フローライト』にでも行こうと戻りかけた時、店長が春菜の手を握るのを目撃した。
彼女は困惑した様子になり、店長もすぐに手を離したが、どこから見てもあれはセクハラである。もう少し観察するつもりだったが、二人が席を立ったのを見て、急いでその場を離れた。
春菜に気づかれたかもしれない。廊下の角を曲がり、急いでエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まる直前、走ってくる足音が聞こえたが、あれはきっと春菜だ。カムフラージュのために3階で降りて、階段で6階に上がった。
ニアミスに冷汗をかいたが、それ以上に僕を驚かせたのは、セクハラ上司の存在である。駅ビルの店長会議で顔を合わせた時は、そんな男に見えなかったのに、意外だった。それこそ、予定外の登場人物といえる。
僕はその時点で、古池をマークすることになった。
約束の午後7時ちょうどに、駅前広場に着いた。気になることはさておき、僕はデートに集中する。
春菜はお洒落して、レザーソールのパンプスを履いていた。センスの良さに僕は満足して頷く。
気分は上々。
陽向と初めてデートしたのと同じ、ファミリー向けのパスタ屋へと春菜を連れていった。
春菜との初デートも、2年前の再現だった。
陽向が好きと言ったピザを注文し、会話も似たような話題を選ぶ。
隣人トラブルについても相談に乗った。なぜか春菜は、鳥宮のことを【コワモテ男】と誤認していたが、話を合わせた。鳥宮だろうとコワモテ男だろうと、必要なのは【恐怖を与える隣人】の存在なのだから、どちらでも構わない。
帰りはアパートまでタクシーで送り届けた。春菜はウトウトして、今にも眠ってしまいそうな状態だった。
なぜなら、僕がそうなるように薬を飲ませたから。炭酸水に溶かして。
アパートに着いたのは、予定どおり夜の9時半頃。おぼつかない足取りの春菜を支え、僕はエレベーターで5階に上がった。
507号室は廊下の一番奥の部屋。隣は鳥宮の部屋。ドアの向こうで、奴が聞き耳を立てているだろう。
手もとがおろそかな彼女の代わりに、僕が鍵を開けた。
そういえば、陽向はこの時、合鍵を僕に預けたのだ。隣人に何かされると予感していたのかもしれない。もし、あの時ずっと部屋にいてあげたら……
考えても仕方ない。だからこそ、今、やり直すのだ。
春菜をベッドに横たわらせ、脱がせた上着を畳んで、枕元に置く。
『また、デートしてくれますか?』
『もちろんだよ。僕は君の、恋人なんだから』
甘いやり取りと抱擁のあと、彼女は眠った。
僕は部屋を出て、廊下に誰もいないのを確かめてから、隣のドアを小さくノックした。鳥宮がすぐに顔を出した。
0
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる