恋の記録

藤谷 郁

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Crime Story

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『あ、はい。特に用事もないし、大丈夫です』


鳥宮は嬉しそうに笑う。紙切れをポストに入れただけで、本当に200万が手に入ると思っているのだ。単純すぎて呆れるが、騙されてくれるのはありがたい。


『公園で待ってればいいんですか?』

『いや、部屋にいてくれ。妹に気づかれないよう、ドアを小さく叩いて合図するから』

『分かりました。じゃあ、ノックを聞き漏らさないよう、ドアの内側で待機しています』


鳥宮が緊張の面持ちになった。


『そんなに身構えなくていい。ただ、報酬を渡す前に、もう一つだけ仕事を頼むかもしれない。それをやり遂げたら、僕と君はもう、会うことはない』

『え……仕事、ですか?』

『そう。最後の仕上げってやつだ』


高崎の事件を上書きする最後の仕上げである。必ず成功させなければならない。


『どうだ、頼まれてくれるか』

『よ、よく分からないけど、もちろんやらせていただきます。大金をいただくのだから』


僕はひそかに微笑む。そうとも、200万は大金だ。ちゃんと理解してるじゃないか。


『でも、最後の仕上げって、何をするんですか?』

『それは当日に伝える。なあに、造作もないことさ……あ、そうそう』


軽い調子で答えながら、鞄から紙包みを取り出して鳥宮に差し出した。


『なんですか?』

『プレゼントだよ』


紙包みを開いてみせた。


『これは、サンダル?』

『ああ。一流ブランドの特注品だ』


ロバストバーグのレザーサンダル。陽向を殺した男が、同じものを履いていた。


『これを、ボクに? どうして……』

『世話になったから、ほんのお礼さ』

『お、お礼って、そんな。昨日も今日も、じゅうぶんお金をもらってるし、こんな高そうなサンダル……』

『いいから受け取ってくれ。親切な君への、感謝の気持ちだから』


僕が押し付けると、鳥宮は恐縮しながらも受け取った。包み紙は僕が引き取り、丸めてポケットに入れる。

鳥宮はえらく感激した様子だ。


『あ……ありがとうございます、ボクなんかに。あなたこそ、こんなに親切にしてくれて…‥本当に……黒騎士みたい……』

『?』


ボソボソ言ってるが、よく聞き取れない。これ以上は時間の浪費なので、鳥宮のつぶやきをさえぎり、言うべきことだけを言った。


『サンダルは夏のアイテムだ。今はまだ季節外れだから、靴箱にしまっておくように』

『あ、はい。夏になったら履きます』


鳥宮はバカ正直な男。僕の言葉を忠実に守るだろう。履くなと言えば履かないし、履けと言えば疑いもなく履く。


『じゃあ、17日の夜、頼んだからな』

『分かりました。ちゃんと家にいます』


解散後、鳥宮が先に公園を出た。僕は5分ほど時間差をつけてから、もと来た道を戻った。

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