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春菜と智哉
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北城と女が死んだ。
車ごと炎上したため身元確認が遅れたが、翌日には、焼死体が誰であるかはっきりした。
数日後、僕は親戚に付き添われて警察署に行き、あらためて説明を受けた。
『車を運転していたのは北城さんです。スピードの出しすぎで、カーブを曲がり切れなかったんですね』
黙りこくる僕の代わりに警察とやり取りしたのは、僕を預った親戚と、女が加入していた保険会社の調査員。
話の内容は、よく覚えていない。ただ、親戚が家庭の事情をぺらぺらと喋り、調査員が『本当に事故なんですか?』と、しつこく確認したのが記憶に残っている。
『智哉くん、大丈夫かい?』
うつむく僕に、警察官が声を掛けた。心配そうにじっと見つめてくる。
僕はうなずくが、すぐに首を横に振った。
『もうすぐ終わるけど、先に外に出ようか』
警察官は僕の手を取り、部屋の外へ連れだした。廊下の椅子に僕を座らせると、『少し待ってて』と、突き当りの自動販売機へと走っていく。
戻ってきた彼は缶ジュースを僕に渡して隣に座る。
『疲れただろ? お兄さんも、ちょっと休憩するよ』
三国仁志だった。
頼りになりそうな、優しそうな人に思えた。実際、彼は僕の力になろうとしたのだ。家庭の事情を知り、同情を覚えたのだろう。
僕はその時、今しかないと思った。
警察にきっちり報告して、謝ってから死のう。
『……僕が、やったんです』
三国がぽかんとする。
『何をだい?』
悪いのは、ハルを殺した北城だ。でも、僕がやったのも警察に逮捕されるような悪いこと。
最初からそのつもりだった。もう死んだっていい。ハルのところにいく。
迷いなどなかった。
『僕が、あいつらを殺しました』
すべてを告白した。殺人に至るまでの動機や行動を、なにもかも正直に。
聞き終えた三国は、僕の目をじっと見つめた。
きっと信じられないのだ。そもそも大人は、子どもの言い分をまともに聞こうとしない。頼りになりそうだと思ったが、この人も同じなのか。
しかし、ちゃんと聞いてもらわなければ困る。もっと必死になって訴えようとした。
『聞いてください。僕は……』
『お母さんとおじさんが死んだのは、智哉くんのせいじゃない』
『えっ?』
三国はにこりと微笑み、『大丈夫だよ』と、僕の頭を撫でた。
やはり信じてくれない。子ども扱いされてカッとなった僕は、三国の手を強く払った。その拍子に缶ジュースが床に落ちて、廊下の隅に転がる。
『僕がやったんだ!』
三国が椅子を立ち、缶ジュースを拾いながら言う。
『おじさんは酒を飲んでたんだろ? つまり、飲酒運転ってことだ。酔ってたから事故になったんだな』
『違う、睡眠薬のせいだ。僕が飲ませたから』
『いいかい、智哉くん』
僕の前にしゃがみ、もう一度缶ジュースを手に持たせる。
『君はおじさんにハルを殺された。やったのはおじさんだが、それを許したお母さんも同罪だ。悪いことをしたのはあいつらで、君はハルの仇をとっただけ。謝らなくても大丈夫なんだよ』
『……え?』
三国の顔から微笑みが消えている。僕は、彼が告白を信じてくれたのだと理解した。
だけど、それならなぜ、謝らなくてもいいなんて言うのだろう。
僕は北城に睡眠薬を飲ませた。奴らが死んだ原因であり、殺すつもりでやったのだから、それは悪いことだ。仇をとるためであっても。
『で、でも、悪いことをしたらごめんなさいだぞって、お父さんが……お兄さんは警察官でしょ? 警察って、正義なんだよね』
『正義? はは……正義なんて、何の役にも立たない。俺は警察官になって、嫌になるほど思い知らされた』
表情も声音も、子どもに対するものではなくなっている。僕は急に恐ろしくなり、血の気が引くのを感じた。
『お前は悪くない。謝らなくてもいい』
『……』
頭がぼんやりする。
ハルが死んで以来、ごはんが喉を通らず、まともに眠っておらず、ただでさえフラフラだった。
手から缶ジュースが落ちるが、三国は拾わなかった。
『睡眠薬のことは、誰にも話すんじゃないぞ』
(僕は本当に、悪くないの?)
三国に訊こうとするが、声にならない。
(謝ったら死のうと思ったのに、どうすればいい? 天国でハルが待ってるのに)
僕は独りぼっちだ。
目の前が真っ暗になり、そこで記憶が途絶えた。
車ごと炎上したため身元確認が遅れたが、翌日には、焼死体が誰であるかはっきりした。
数日後、僕は親戚に付き添われて警察署に行き、あらためて説明を受けた。
『車を運転していたのは北城さんです。スピードの出しすぎで、カーブを曲がり切れなかったんですね』
黙りこくる僕の代わりに警察とやり取りしたのは、僕を預った親戚と、女が加入していた保険会社の調査員。
話の内容は、よく覚えていない。ただ、親戚が家庭の事情をぺらぺらと喋り、調査員が『本当に事故なんですか?』と、しつこく確認したのが記憶に残っている。
『智哉くん、大丈夫かい?』
うつむく僕に、警察官が声を掛けた。心配そうにじっと見つめてくる。
僕はうなずくが、すぐに首を横に振った。
『もうすぐ終わるけど、先に外に出ようか』
警察官は僕の手を取り、部屋の外へ連れだした。廊下の椅子に僕を座らせると、『少し待ってて』と、突き当りの自動販売機へと走っていく。
戻ってきた彼は缶ジュースを僕に渡して隣に座る。
『疲れただろ? お兄さんも、ちょっと休憩するよ』
三国仁志だった。
頼りになりそうな、優しそうな人に思えた。実際、彼は僕の力になろうとしたのだ。家庭の事情を知り、同情を覚えたのだろう。
僕はその時、今しかないと思った。
警察にきっちり報告して、謝ってから死のう。
『……僕が、やったんです』
三国がぽかんとする。
『何をだい?』
悪いのは、ハルを殺した北城だ。でも、僕がやったのも警察に逮捕されるような悪いこと。
最初からそのつもりだった。もう死んだっていい。ハルのところにいく。
迷いなどなかった。
『僕が、あいつらを殺しました』
すべてを告白した。殺人に至るまでの動機や行動を、なにもかも正直に。
聞き終えた三国は、僕の目をじっと見つめた。
きっと信じられないのだ。そもそも大人は、子どもの言い分をまともに聞こうとしない。頼りになりそうだと思ったが、この人も同じなのか。
しかし、ちゃんと聞いてもらわなければ困る。もっと必死になって訴えようとした。
『聞いてください。僕は……』
『お母さんとおじさんが死んだのは、智哉くんのせいじゃない』
『えっ?』
三国はにこりと微笑み、『大丈夫だよ』と、僕の頭を撫でた。
やはり信じてくれない。子ども扱いされてカッとなった僕は、三国の手を強く払った。その拍子に缶ジュースが床に落ちて、廊下の隅に転がる。
『僕がやったんだ!』
三国が椅子を立ち、缶ジュースを拾いながら言う。
『おじさんは酒を飲んでたんだろ? つまり、飲酒運転ってことだ。酔ってたから事故になったんだな』
『違う、睡眠薬のせいだ。僕が飲ませたから』
『いいかい、智哉くん』
僕の前にしゃがみ、もう一度缶ジュースを手に持たせる。
『君はおじさんにハルを殺された。やったのはおじさんだが、それを許したお母さんも同罪だ。悪いことをしたのはあいつらで、君はハルの仇をとっただけ。謝らなくても大丈夫なんだよ』
『……え?』
三国の顔から微笑みが消えている。僕は、彼が告白を信じてくれたのだと理解した。
だけど、それならなぜ、謝らなくてもいいなんて言うのだろう。
僕は北城に睡眠薬を飲ませた。奴らが死んだ原因であり、殺すつもりでやったのだから、それは悪いことだ。仇をとるためであっても。
『で、でも、悪いことをしたらごめんなさいだぞって、お父さんが……お兄さんは警察官でしょ? 警察って、正義なんだよね』
『正義? はは……正義なんて、何の役にも立たない。俺は警察官になって、嫌になるほど思い知らされた』
表情も声音も、子どもに対するものではなくなっている。僕は急に恐ろしくなり、血の気が引くのを感じた。
『お前は悪くない。謝らなくてもいい』
『……』
頭がぼんやりする。
ハルが死んで以来、ごはんが喉を通らず、まともに眠っておらず、ただでさえフラフラだった。
手から缶ジュースが落ちるが、三国は拾わなかった。
『睡眠薬のことは、誰にも話すんじゃないぞ』
(僕は本当に、悪くないの?)
三国に訊こうとするが、声にならない。
(謝ったら死のうと思ったのに、どうすればいい? 天国でハルが待ってるのに)
僕は独りぼっちだ。
目の前が真っ暗になり、そこで記憶が途絶えた。
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