恋の記録

藤谷 郁

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春菜と智哉

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「ここは……どこ?」


コンクリートの壁に囲まれた、がらんとした部屋。埃っぽく、湿った匂いがする。

他に誰もいない。モルタルの床にビニールシートが敷かれ、私はその上に横たわっていた。


「夢を、見ていたのね」


廃墟の一角、あるいは古い倉庫といった雰囲気。時々、鳥のさえずりが聞こえてくる。明かり取りの窓があるが、高い位置なので外の様子は分からない。

毛布を退けてゆっくり起きてみると、身体のあちこちが痛んだ。Tシャツをまくった腕に、たくさんの擦り傷がある。デニムには、かぎ裂きがあった。


「このTシャツ……」


頭がはっきりしてきた。私はパーカーを着ていたはず。誰かがTシャツに着替えさせたのだ。それはもちろん……


「あれは……夢じゃなかった。嘘みたい。私たち、助かったの?」


あの時、崖崩れが起きた。ガードレールを乗り越えようとする智哉さんを見て、私はダッシュし、一緒に転落したところで気を失ったのだ。


「もうダメだと思ったのに。なんで助かったんだろ」


その答えは智哉さんが知っている。もし、彼も無事だったなら。

とにかく、このまま待つことにした。



(それにしても、我ながら呆れてしまう。どうしてあんなことをしたの?)


膝を抱えた格好で、自問自答する。自分の行動が謎だった。

智哉さんとはもう関わりたくない。本気でそう思ったのに、彼が死のうとするのを見て、身体が勝手に動いた。

でも、死ぬつもりなんてなかったのだ。きっと。

私は智哉さんを助けようとしたのか。それとも、一緒に死のうとしたのか。いやまさか、どちらもあり得ない。あんな酷い人、どうだって良かったはずだ。

でも、実際私は彼に抱きついていた。放っておけなかったのを認めざるを得ない。それに、ガードレールの向こうに落ちた瞬間、覚悟を決めていた。


「自分が分からない。あんな人のために、命を投げ出すなんて……!?」


足音が聞こえた。近づいてくるそれはドアの前で止まり、ノブがガチャガチャと動く。

軋んだ音を立てて、ドアが開いた。


「智哉さん……!」

「ああ、目が覚めたのか」


やはり無事だったのだ。怪我をした様子もなく、背中に大きなザックを担いでいる。


「助かって良かったな。体調はどうだい」
 
「う、うん。大丈夫。えっと、智哉さん……あの」

「ふうっ。さすがに疲れた」


荷物を床に下ろし、私の前にしゃがんだ。髪を梳かし、髭もきれいに剃ってある。

スッキリとした顔に見えた。


「私たち、土砂に流されたはずだよね。どうして助かったの?」


生きて再び会えるなんて、奇跡だ。理由を知りたかった。


「……前から思ってたけど、君は猪突猛進型だな」

「はい?」


今のは質問の答えではない。ていうか、どういう意味?


「無鉄砲にもほどがある。少しは落ち着いて行動するべきだ」

「うっ……」


なるほど、もっともな指摘だった。

そのとおり、私は考えが足りないのだ。こんな状況に陥ったのも、無謀な性格ゆえ。

でも、誰のせいだと思っているのか。彼の言い方はあまりにも無責任だ。


「本物のハルだったら、思慮深い行動ができたんでしょうね。あいにく私は、一条春菜ですので」

「そうだな。君は一条春菜だ」

「!?」


あっさりと認めた。あんなに私のことをハル、ハルと呼んでいたのに。


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