恋の記録

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
191 / 236
正義の使者〈4〉

10

しおりを挟む
「重要……ですか?」

「もう一度、よく考えてみろ。なぜ『うさぎ』なのか」

「はあ」


水野さんに促され、考えることに集中した。

うさぎの絆創膏……うさぎ……うさぎ。謎かけを解くヒント。重要なメッセージ。

頭で言葉を繰り返すうちに、ふと、閃くものがあった。


「水樹は子どもの頃、うさぎを飼っていましたよね」

「祖母が亡くなったあと世話していたという、うさぎだな」

「そうです。やつの日記にも出てきました」


俺は資料をめくり、該当する箇所を拾い出した。


『……震える彼女を想像する。僕は昔飼っていたうさぎを思い出し、ほんの少し可愛いという感情を覚えた……』

『……賢く、優しく、神経質で怖がりな性格は、まるでうさぎだ。可愛い――と、この前よりも強く、はっきりと感じた……』


これだ!

なぜピンとこなかったのだろう。


「水樹にとって、斎藤陽向ハルは、うさぎのような存在だった。つまり、『うさぎ』は『ハル』。『ハル』は『一条春菜』ってことです」


一条さんは言った。絆創膏は、俺が一番必要とするものだと。今、一番必要とするものは何だ。


「水野さん。彼女はスマホの電源を切っています。連絡がつきません」

「ああ。病院を脱け出す時に切ったようだ。あるいは三国が切らせたか。GPSで追跡されるからな」


スマホの位置情報は使えない。その場合、『ハル』の行方を知るために必要なものとは……


「一条さんは、俺に託したんです。ホテルの部屋のどこかにあるはず。俺……というより、警察にとって一番必要な情報ものが!」

「それが、うさぎの絆創膏か」


水野さんが捜査本部へとすっ飛んでいく。俺が管理官に呼び戻されたのは、それから間もなくだった。




「洗面台の引き出しから見つかったそうだ。中にメモが入っていた」


管理官がデスクに置いたのは、うさぎ柄の絆創膏セットと、一枚のメモ用紙。証拠品としてビニール袋に入れてある。


「話は水野係長から聞いた。これは、お前宛てのメッセージのようだな」

「はい」


メモ用紙には、メールアドレスと、アルファベットと数字を組み合わせた文字が記されていた。


「意味が分かるか?」

「はい……おそらく、追跡アプリのIDとパスワードです」


俺の推測に管理官はふんと鼻息を吹いて、もう一つの証拠品をデスクに並べた。


「こいつも一緒に出てきた。通販会社の納品書だ。一条はオーディオプレイヤーの他に、GPS発信機も購入している」


推測が当たった。俺は心の中で、歓喜の声を上げた。


「一条春菜は、GPS発信機を持って、水樹のもとへ向かったようだな」

「そういうことになります」


気持ちが昂り、声が震えた。まったく、彼女には驚かされる。

水野さんが進み出て意見を述べた。


「一条春菜は昨日、病院内のどこかで三国と接触したのでしょう。水樹のもとへ行くよう説得されて、おそらく、それに乗った振りで脱走したんです。我々には一切、報告せずに」


管理官がうなずく。


「敵を欺くには、まず味方から。警察に下手に動かれては相手に気取られると、用心したんだろう」


捜査員たちがざわめく。皆、複雑な表情だが、反応は悪くない。本部の空気が変わるのを実感した。


「脱走を手引きしたのは、三国に違いありません。急いで病院の防犯カメラを解析すべきです」

「もうやってる。あと、山賀小百合にも事情聴取してるところだ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

SP警護と強気な華【完】

氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は  20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』 祖父の遺した遺書が波乱を呼び 美しい媛は欲に塗れた大人達から 大金を賭けて命を狙われる――― 彼女を護るは たった1人のボディガード 金持ち強気な美人媛 冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki- ××× 性悪専属護衛SP 柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi- 過去と現在 複雑に絡み合う人間関係 金か仕事か それとも愛か――― ***注意事項*** 警察SPが民間人の護衛をする事は 基本的にはあり得ません。 ですがストーリー上、必要とする為 別物として捉えて頂ければ幸いです。 様々な意見はあるとは思いますが 今後の展開で明らかになりますので お付き合いの程、宜しくお願い致します。

呪鬼 花月風水~月の陽~

暁の空
ミステリー
捜査一課の刑事、望月 千桜《もちづき ちはる》は雨の中、誰かを追いかけていた。誰かを追いかけているのかも思い出せない⋯。路地に追い詰めたそいつの頭には・・・角があった?! 捜査一課のチャラい刑事と、巫女の姿をした探偵の摩訶不思議なこの世界の「陰《やみ》」の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

処理中です...