恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈4〉

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緑署に戻った頃、雨が降りだした。

俺と瀬戸さんは捜査の進展を期待したが、空模様と同じく、本部にもどんよりムードが漂っていた。


「協力者が割れたからといって、そうそう上手くいかないよなあ。三国は土地をあちこちに持っているし、人間関係も幅広い。知り合いは仕事関係だけじゃないし」


栄養ドリンクを手にした捜査員が、ため息まじりにぼやく。あらゆる方面から三国の情報を集めたが、水樹の行方を絞り込むことができないという。


そんな中、別件の容疑が固まりつつあった。


「東松さん。例の紙幣から、水樹のものと思われる指紋が検出されました。科捜研でさらに詳しく鑑定します」


鑑識の報告は俺の期待どおりだ。いずれはっきりと、水樹と鳥宮の関わりが証明されるだろう。



「一条さんの様子は変わりなさそうだな」


三国の関係資料を確認する俺に、水野さんが声をかけてきた。


「はい。水樹もですが、三国も彼女に接触していません。でも、変化のなさが逆にプレッシャーなのか、かなり参ってはいますね」

「膠着状態はきついだろうな。それにしても……」


水野さんが俺の隣に座り、首をひねった。


「何か、気になることでも?」

「いや……あまりにも静かすぎる。本当に、やつらは彼女にコンタクトしていないのかな」

「えっ?」


資料を置いて、水野さんに身体を向けた。


「一条さんが、警察われわれに嘘をついてるってことですか?」

「いや、彼女は信用していいと思う。しかし、どうにも解せない。水樹は一刻でも早く彼女を連れて逃げたいはずだ。時間がかかりすぎてる」

「それは、つまり……」

「ひょっとしたら、一条さんは既に三国と会ってるんじゃないか。しかし、我々に言えない理由がある」


水野さんの推測を聞き、俺は不安を覚える。この人は、適当に物を言う人ではない。


「東松くん。中園真弓の証言を、覚えているか」

「中園……古池を匿っていた女ですね」


古池をアパートの部屋に隠し、やつの代わりに動いた共犯者だ。


「そう。あの女は産婦人科の待合室を使って、古池の元不倫相手に接触した。誰にも怪しまれずに、まんまと恐喝を成功させたんだ」

「……え」


水野さんが言わんとすることを、俺は察した。一条さんは昨日、山賀さんを見舞うため病院に出かけている。


「三国が病院の中で、一条さんに接触したってことですか?」

「病院とは限らないが、中年男が紛れるにはいい場所だろう。ロビーの椅子で若い女性と隣り合っても不自然じゃない。それに、三国は昨日までノーマークの人間だ。捜査員が見過ごしてる可能性がある」

「だから、既にコンタクトを取っているかもしれないと?」

「そうだ。そのことを、一条さんが言えずにいるとしたら……なあ、東松くん」


水野さんが俺の顔をじっと見据えた。


「見張り役の刑事は、特に変わったことはないと報告している。だが、君なら分かるんじゃないか。一条さんの様子が、いつもと違うことに」

「いつもと……」


そういえば、思い当たることが一つ。今日の別れ際に、妙なことを言われた。


――今の東松さんに、一番必要なものですよ。


「うさぎの絆創膏……って、どういう意味でしょう」

「うさぎ?」


その時、水野さんの頭越しに、捜査員の報告を受けた管理官が驚いた顔になり、頭を抱えるのが見えた。

嫌な予感がした。

一条さんは今日も山賀さんのところに行くと言った。時計を確かめると、午後7時過ぎ。


「ふざけるな!! 貴様ら、なんのために張り付いてるんだ!!」


管理官の怒鳴り声を聞き、何が起きたのか分かった。



一条春菜が消えた。

あり得ない報告に管理官は怒り心頭。現場の班長に状況を説明させた。


「一条春菜は午後6時にR病院に到着し、受付を済ませてエレベーターに乗り込みました。山賀小百合の病室は南病棟6階の個室です。私が守衛室の防犯カメラをチェックし、他の3名が建物の出入口を監視していました」


不審人物を見つけたら連絡し合い、対応する手はずだった。


「異変に気づいたのは午後7時過ぎです。一条春菜が一向に病室から出てこないのを不審に思い、車で待機していた相田あいだに、様子を見に行くよう指示しました」


班長に促されて、若い刑事が前に進み出る。大量の汗をかきながら、次のように説明した。


「私は指示を受けてすぐ6階に向かいました。そして、ちょうど山賀小百合の病室から看護師が出てきたので、見舞い客について訊ねたところ、中には患者しかいないと言われて……」


相田が入室すると、そこに一条さんの姿はなく、山賀さんがベッドで眠っていた。騒がしさに目が覚めた彼女は相田の質問に、「一条さんが来ていたのですか?」と、驚いたという。


「おかしいじゃないか。山賀小百合は、一条春菜が来ることを知っていたはずだろ?」


管理官に問われ、俺は「はい」と答えた。

一条さんは見舞いに行くと彼女に約束したと言った。オーディオプレイヤーをプレゼントするために。

だが、相田が聞き取った内容は違っていた。


「約束したのは、明日の午後だそうです。しかしオーディオプレイヤーはベッド脇の棚に置いてありました。彼女が眠っている間に一条が入室し、プレゼントだけ置いて外に出たようです」

「どうやって外に出たんだ。出入口はすべてチェックしている。誰かが気づくはずだ」


管理官に指摘され、相田が悔しそうに顔を歪める。


「窓の鍵が開いていました。外に出るとしたら、病室の窓しかありません」
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