恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈4〉

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一条さんがサイドテーブルに腕を伸ばし、そこに置かれた小型の段ボール箱を手に取る。送り状が付いたそれは、通販会社の梱包箱だ。

彼女は蓋を開けると、中のものを取り出してこちらに見せた。


「山賀さんが音楽を聴きたいと言うので、彼女が好きな曲をダウンロードしてプレゼントすると約束したんです」

「これは、オーディオプレイヤーですね」

「はい。スマートフォンでも音楽は聴けるけど、扱いにくいみたいで」


スマホより小さく、片手で操作できる軽量のプレイヤーだ。なるほど、これなら扱いやすいだろう。


「本町の電気店で買うつもりでしたが、あの辺りは人が多いし、マスコミに捕まりそうなので通販を利用したんです。昨日注文して、今日の午前中に届くって、すごいですよね」


荷物はホテルのフロントで預かってもらえる。人目を気にして買い物するより、ネット通販のほうがずっと便利だし、早く手に入る。


「それにしても昨日の今日とは、ずいぶん急ぐんですね」

「それは……」


俺の問いに、彼女が少し気まずそうに答える。


「山賀さんと約束したから……というより、自分ができるのは、これぐらいなので」

「……」


今のは愚問だったと気づく。

一条さんは山賀さんの怪我に責任を感じている。自分のせいで水樹に利用された彼女への、贖罪のつもりなのだ。


「でも、確かに忙しないですよね。私が外出するたび、見張り役の刑事さんに負担をかけてしまうのは申しわけないです」

「そんなことありませんよ」


一条さんがうつむくのを見て、瀬戸さんがすかさずフォローを入れる。


「病院ならタクシーを追うだけなので簡単ですし、こちらの負担など気にせず、あなたの意思で自由に動いてください。ねっ、東松」

「はあ……まあ」


確かに、彼女らしく行動するよう頼んだのはこちらである。だが、念は押しておく。


「変わったことがあれば、必ず捜査員に伝えてください。無茶しないよう頼みます」

「分かりました」


素直な返事を受け取り、俺と瀬戸さんはソファを立った。


「それでは、私たちはこれで失礼します」

「お疲れ様でした。あの、そこまでお見送りさせてください」



一条さんはエレベーターホールまで見送ってくれた。疲れているだろうに、律儀な人である。

俺は呼出ボタンを押して、ふと換気用の窓を見上げた。さっきまで晴れていたのに、雲が出てきたようだ。


「東松さん。ささくれてますよ」

「は?」


一条さんが俺の手元を見ている。


「ささくれ……ああ、これですか」


人差し指の爪周りがさかむけている。ボタンを押した時に気づいたらしい。

何の話かと思った。


「あんた、栄養が足りてないんじゃないの?」

「栄養が関係あるんすか、これ」


俺と瀬戸さんのやりとりを見て、一条さんが楽しそうに微笑む。


「ふふっ……あの絆創膏、お返ししなくちゃですね」

「えっ?」


エレベーターが到着し、ドアが開いた。


「絆創膏?」

「うさぎの絆創膏です」


ああ、そうかと思い出す。以前、薬局でもらった試供品を一条さんにあげたことがある。確か、うさぎ柄の絆創膏だった。


「いらないっす。俺には似合わないんで」

「そんなことありません。今の東松さんに、一番必要なものですよ」

「?」


もしかして冗談だろうか。しかし、意味がよく分からない。

瀬戸さんの視線に気づき、さっさとエレベーターに乗り込んだ。一条さんが何を言いたいのか知らないが、変に勘繰られては困る。


「では、これで失礼します」

「一条さん、おじゃましました。山賀さんによろしくお伝えくださいね」

「はい。お二人とも、ありがとうございました」



扉が閉まると、瀬戸さんが脇腹を突いてきた。


「いてっ! 何ですか」

「うさぎの絆創膏って、なによ。あんた、彼女にプレゼントとかしてるわけ?」

「違いますよ。前に一条さんが擦りむいたんで、薬局の試供品をあげただけです。さっきのはたぶん、冗談ですよ」

「そうかしらね。あーあ、私もプレゼントが欲しいなあ」


試供品でいいんですかと訊こうとして、やめた。今は仕事中だし、相手は上司である。というより、女性の言いたいことが俺にはよく分からん。


「本部に戻るわよ。三国の件で進展があったかもしれない」

「そうですね。期待しましょう」


とにかく今は、水樹の追跡だ。謎かけのような彼女の言葉を忘れて、仕事に集中した。


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