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正義の使者〈4〉
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三国仁志は現在、行方不明である。
三国の情報を得てすぐに捜査員が武蔵野市の自宅マンションに直行したが、三国は部屋におらず、彼が所有する二台の車の内、一台が見当たらなかった。
管理会社に連絡してマンションの防犯カメラを調べると、三国が車に乗ってマンションの駐車場を出る姿が確認された。日時は5月1日の午前12時02分。水樹の電話を受けて間もなくの時間である。
それ以降、三国は戻っていない。
家宅捜索はこれからだが、車は車種もナンバーも分かっているため、本部が全力で行方を追っている。
「三国が協力者なら、いずれ彼女にコンタクトをとるはずよ。水樹の代わりに」
その前に、対策をとっておかねばならない。三国を捕まえ、水樹のもとへと案内させるために、一条さんの協力がぜひとも必要なのだ。
「東松。三国のデータはきっちり把握してるでしょうね」
「もちろんです」
三国仁志は、かつて岐阜県警鮎川署の警察官だった。鮎川市は、水樹が子ども時代を過ごした場所である。
捜査本部が当時の勤務記録を鮎川署に問い合わせたところ、水樹の母親が事故死したさい、交通課に所属する三国が捜査を担当したことが分かった。つまり、水樹はまだ子どもだったが、三国と面識がある。
関係者の話によると、三国は正義感の強い人情家だが、事件や事故の被害者に共感しすぎるきらいがあった。そのため本人も警察官という仕事に限界を感じ、37歳の時に退職を願い出たという。
警察を辞めたあとは東京に転居し、アルバイトをしながら不動産や投資アドバイザーの資格を取るなど、転職の準備に勤しんだ。故郷を離れたのは、元上司や同僚に出くわしたくなかったのではと、周囲が推測している。
そして、数年間の会社勤務を経て、個人事業主として独立。父親から故郷の土地を譲り受け、それを元手に不動産貸付業を始めた。
「飲食店や建設会社に土地を貸して利益を得る他に、投資家としても成功しているそうよ。マンションの部屋が自宅兼事務所なんだって。離婚歴はあるけど子どもはナシ。自由気ままな独身貴族ってわけね」
三国は2億超のマンションに住み、高級車を二台所有している。事業家としての才覚があったのだ。誰から見ても、順風満帆な人生だろう。
しかし、そんな彼が今、指名手配犯の水樹と関わっている。協力者である可能性が高い。
「水樹は三国のホームページを見て、電話番号を知ったんでしょうか」
「鑑取り班はそう言ってる。大人になってから、初めて連絡を取ったんじゃないかな」
どうして今になって、母親の事故を調査した元警察官と連絡を取るのだ。そして、三国はなぜ水樹に協力する?
「謎だらけだけど、初めてこれという取っ掛かりを得たわ。三国が所有する不動産をすべて洗えば、水樹の潜伏先が割れるでしょうよ。それか、一条さんに接近したところを捕まえれば、水樹に辿り着ける」
ノーマークだった三国は、これまで自由に動けた。しかしここから先は重要参考人である。いずれにしろ、時間勝負だ。
ホテルの駐車場に入ると、俺と瀬戸さんは喋るのをやめて、すぐに車を降りた。
エレベーターを12階で降りて廊下を進み、一条さんが泊まるシングルルームのインターホンを鳴らした。客室への立ち入りはホテルから許可を貰っている。
「一条さん、こんにちは。何度も申しわけありません」
「いいえ。瀬戸さんも東松さんも、お疲れ様です」
いつものように俺と瀬戸さんが壁際のソファに座り、一条さんがベッドに腰掛けて向き合う。気のせいか、少しやつれた顔に見えた。
「先ほど、他の刑事さんから聞きました。智哉さんが事件を起こす前、三国という人に電話をかけていたと」
「ええ。そのことですが」
俺は三国仁志の写真を彼女に提示し、再度確認する。
「どこかで見た覚えはありませんか。ごく最近、たとえば買い物先のスーパーやコンビニで」
彼女は部屋に閉じこもってばかりではない。必要なものを買いに出かけたり、短時間の散歩くらいはする。捜査員が常に見守ってはいるが、行動は自由だ。
「ごめんなさい……やっぱり分かりません」
一条さんが済まなそうにするのを見て、瀬戸さんがフォローする。
「謝らないでください。特徴のない人物だし、もし見たとしても印象に残りませんよね」
確かに、そのとおり。三国仁志は、ごく普通の中年男だ。身なりはいいが目立つタイプではなく、顔立ちも地味なほうである。
「あの……智哉さんは、この人に電話したんですよね。この人は、いったい」
「捜査中なので、まだなんとも言えませんが、水樹の協力者だと推測されます。もしそうなら、一条さんに近付こうとする可能性が高い」
「協力者……」
俺の答えに、よく理解できないといった反応。無理からぬことだ。
三国の情報を得てすぐに捜査員が武蔵野市の自宅マンションに直行したが、三国は部屋におらず、彼が所有する二台の車の内、一台が見当たらなかった。
管理会社に連絡してマンションの防犯カメラを調べると、三国が車に乗ってマンションの駐車場を出る姿が確認された。日時は5月1日の午前12時02分。水樹の電話を受けて間もなくの時間である。
それ以降、三国は戻っていない。
家宅捜索はこれからだが、車は車種もナンバーも分かっているため、本部が全力で行方を追っている。
「三国が協力者なら、いずれ彼女にコンタクトをとるはずよ。水樹の代わりに」
その前に、対策をとっておかねばならない。三国を捕まえ、水樹のもとへと案内させるために、一条さんの協力がぜひとも必要なのだ。
「東松。三国のデータはきっちり把握してるでしょうね」
「もちろんです」
三国仁志は、かつて岐阜県警鮎川署の警察官だった。鮎川市は、水樹が子ども時代を過ごした場所である。
捜査本部が当時の勤務記録を鮎川署に問い合わせたところ、水樹の母親が事故死したさい、交通課に所属する三国が捜査を担当したことが分かった。つまり、水樹はまだ子どもだったが、三国と面識がある。
関係者の話によると、三国は正義感の強い人情家だが、事件や事故の被害者に共感しすぎるきらいがあった。そのため本人も警察官という仕事に限界を感じ、37歳の時に退職を願い出たという。
警察を辞めたあとは東京に転居し、アルバイトをしながら不動産や投資アドバイザーの資格を取るなど、転職の準備に勤しんだ。故郷を離れたのは、元上司や同僚に出くわしたくなかったのではと、周囲が推測している。
そして、数年間の会社勤務を経て、個人事業主として独立。父親から故郷の土地を譲り受け、それを元手に不動産貸付業を始めた。
「飲食店や建設会社に土地を貸して利益を得る他に、投資家としても成功しているそうよ。マンションの部屋が自宅兼事務所なんだって。離婚歴はあるけど子どもはナシ。自由気ままな独身貴族ってわけね」
三国は2億超のマンションに住み、高級車を二台所有している。事業家としての才覚があったのだ。誰から見ても、順風満帆な人生だろう。
しかし、そんな彼が今、指名手配犯の水樹と関わっている。協力者である可能性が高い。
「水樹は三国のホームページを見て、電話番号を知ったんでしょうか」
「鑑取り班はそう言ってる。大人になってから、初めて連絡を取ったんじゃないかな」
どうして今になって、母親の事故を調査した元警察官と連絡を取るのだ。そして、三国はなぜ水樹に協力する?
「謎だらけだけど、初めてこれという取っ掛かりを得たわ。三国が所有する不動産をすべて洗えば、水樹の潜伏先が割れるでしょうよ。それか、一条さんに接近したところを捕まえれば、水樹に辿り着ける」
ノーマークだった三国は、これまで自由に動けた。しかしここから先は重要参考人である。いずれにしろ、時間勝負だ。
ホテルの駐車場に入ると、俺と瀬戸さんは喋るのをやめて、すぐに車を降りた。
エレベーターを12階で降りて廊下を進み、一条さんが泊まるシングルルームのインターホンを鳴らした。客室への立ち入りはホテルから許可を貰っている。
「一条さん、こんにちは。何度も申しわけありません」
「いいえ。瀬戸さんも東松さんも、お疲れ様です」
いつものように俺と瀬戸さんが壁際のソファに座り、一条さんがベッドに腰掛けて向き合う。気のせいか、少しやつれた顔に見えた。
「先ほど、他の刑事さんから聞きました。智哉さんが事件を起こす前、三国という人に電話をかけていたと」
「ええ。そのことですが」
俺は三国仁志の写真を彼女に提示し、再度確認する。
「どこかで見た覚えはありませんか。ごく最近、たとえば買い物先のスーパーやコンビニで」
彼女は部屋に閉じこもってばかりではない。必要なものを買いに出かけたり、短時間の散歩くらいはする。捜査員が常に見守ってはいるが、行動は自由だ。
「ごめんなさい……やっぱり分かりません」
一条さんが済まなそうにするのを見て、瀬戸さんがフォローする。
「謝らないでください。特徴のない人物だし、もし見たとしても印象に残りませんよね」
確かに、そのとおり。三国仁志は、ごく普通の中年男だ。身なりはいいが目立つタイプではなく、顔立ちも地味なほうである。
「あの……智哉さんは、この人に電話したんですよね。この人は、いったい」
「捜査中なので、まだなんとも言えませんが、水樹の協力者だと推測されます。もしそうなら、一条さんに近付こうとする可能性が高い」
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