恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈4〉

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その日の午後、捜査本部に一件の目撃情報が入った。

急遽開かれた会議に刑事が集まり、行き詰まった捜査の突破口になるであろう新情報に期待を寄せた。


「水樹は犯行の30分ほど前、城田町の田園地帯にある古い民家で電話を借りています。対応したのは85歳の独居老人で、他の目撃者はいません」


老人は水樹を大学生と思い込んでいたため、通報が遅れたという。


「どうして30過ぎの男を学生と思い込むんだ」


苛立つ管理官に、情報担当の捜査員が答えた。


「水樹が緑大学の学生と名乗ったからです。電話を借りる際も、『大学の講義室にスマホを忘れてしまった。盗まれたら大変なので、学生課で預かってもらうようすぐに連絡を取りたい』と、もっともらしい理由を述べています」


水樹はキャップを被り、眼鏡をかけていたという。奴は見た目も若いし、老人の思い込みを責めるのは酷だ。


「通報を促したのは、老人の長女です。今日の午前中、本町に住む彼女が老人の様子を見にきて近況を訊ねるうちに、その学生が水樹ではないかと疑念を持ったとのこと」

「なるほどな。しかし、水樹は社用車に乗ってたんだろ? 老人は変だと思わなかったのか」

「車ではなく自転車だったそうです。怪しまれないようどこかで乗り換えたと思われます」

「どうやって調達したのかしらんが、その自転車をどこかに隠しておいて、逃走に使った可能性があるな」


水樹はあらかじめ逃走計画を立てていたようだ。古池を殺害すると決めてから実行するまでの、限られた時間の中で。

電話をかけた相手は、おそらく協力者である。


「この時点で、水樹は既にスマホを手放している。犯行前の動きを警察に把握されないよう、用心したんだろう。協力者に連絡するにしても、スマホでは足がつくし、公衆電話を使えば付近の防犯カメラに映る可能性が高い。町外れの民家で電話を借りたほうが捜査網を潜りやすいと考えたんだろう。問題は、誰に連絡を取ったのかだ」


管理官の問いに、担当の捜査員が興奮気味に答えた。


「水樹が電話したのは、東京都武蔵野市に住む男性宅の固定電話です。男性の名前は三国みくに仁志ひとし。年齢57歳。職業は不動産貸付業。調査の結果、20年前に岐阜県警鮎川あゆかわ署交通課に所属していた、元警察官と判明しました」




会議の後、俺と瀬戸さんは一条さんのもとへと向かった。捜査の進捗と、今後の協力について伝えるために。

一条さんは現在、本町のマンションではなく、市内のビジネスホテルで暮らしいる。マスコミや動画撮影者がエントランスに入り込むなどして、マンションの住人に迷惑を掛けたからだ。


「美しすぎる書店員とイケメン指名手配犯の危険な恋! なんて書き立てられて、一条さんもいい迷惑よね。彼女は悪いことしてないのに」


瀬戸さんがネットの記事を見ながら、同情の声を漏らす。


「実際、迷惑だって言ってましたよ。マンションだけでなく、実家の周りにもスマホを構えた連中がウロウロして、一時は警察を呼ぶ騒ぎだったとか」

「ご家族も大変だ。それにしても、美しすぎる書店員か……確かに、彼女は美人だものね」


瀬戸さんが俺の顔をちらりと見るのが分かった。反応を楽しみたいのだろうが、彼女への感情は俺の個人情報だ。


「美人って書いたほうが、話題になるからですよ。あの人はそれほどでもないっす」

「……マジでそう思ってんの?」

「はい」


瀬戸さんは何か言いたそうにするが、スマートフォンを仕舞って前を向いた。ガードを固める俺に、白けたのだろう。


「しかし、水樹の連絡した相手が元警察官とは、想定外の話だわね」

「ええ。ノーマークの人間です」

「三国の顔写真を見せた捜査員に、一条さんは見覚えがないと言ったそうよ」

「まだ接触がないってことですね」
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