185 / 236
正義の使者〈4〉
4
しおりを挟む
その日の午後、捜査本部に一件の目撃情報が入った。
急遽開かれた会議に刑事が集まり、行き詰まった捜査の突破口になるであろう新情報に期待を寄せた。
「水樹は犯行の30分ほど前、城田町の田園地帯にある古い民家で電話を借りています。対応したのは85歳の独居老人で、他の目撃者はいません」
老人は水樹を大学生と思い込んでいたため、通報が遅れたという。
「どうして30過ぎの男を学生と思い込むんだ」
苛立つ管理官に、情報担当の捜査員が答えた。
「水樹が緑大学の学生と名乗ったからです。電話を借りる際も、『大学の講義室にスマホを忘れてしまった。盗まれたら大変なので、学生課で預かってもらうようすぐに連絡を取りたい』と、もっともらしい理由を述べています」
水樹はキャップを被り、眼鏡をかけていたという。奴は見た目も若いし、老人の思い込みを責めるのは酷だ。
「通報を促したのは、老人の長女です。今日の午前中、本町に住む彼女が老人の様子を見にきて近況を訊ねるうちに、その学生が水樹ではないかと疑念を持ったとのこと」
「なるほどな。しかし、水樹は社用車に乗ってたんだろ? 老人は変だと思わなかったのか」
「車ではなく自転車だったそうです。怪しまれないようどこかで乗り換えたと思われます」
「どうやって調達したのかしらんが、その自転車をどこかに隠しておいて、逃走に使った可能性があるな」
水樹はあらかじめ逃走計画を立てていたようだ。古池を殺害すると決めてから実行するまでの、限られた時間の中で。
電話をかけた相手は、おそらく協力者である。
「この時点で、水樹は既にスマホを手放している。犯行前の動きを警察に把握されないよう、用心したんだろう。協力者に連絡するにしても、スマホでは足がつくし、公衆電話を使えば付近の防犯カメラに映る可能性が高い。町外れの民家で電話を借りたほうが捜査網を潜りやすいと考えたんだろう。問題は、誰に連絡を取ったのかだ」
管理官の問いに、担当の捜査員が興奮気味に答えた。
「水樹が電話したのは、東京都武蔵野市に住む男性宅の固定電話です。男性の名前は三国仁志。年齢57歳。職業は不動産貸付業。調査の結果、20年前に岐阜県警鮎川署交通課に所属していた、元警察官と判明しました」
会議の後、俺と瀬戸さんは一条さんのもとへと向かった。捜査の進捗と、今後の協力について伝えるために。
一条さんは現在、本町のマンションではなく、市内のビジネスホテルで暮らしいる。マスコミや動画撮影者がエントランスに入り込むなどして、マンションの住人に迷惑を掛けたからだ。
「美しすぎる書店員とイケメン指名手配犯の危険な恋! なんて書き立てられて、一条さんもいい迷惑よね。彼女は悪いことしてないのに」
瀬戸さんがネットの記事を見ながら、同情の声を漏らす。
「実際、迷惑だって言ってましたよ。マンションだけでなく、実家の周りにもスマホを構えた連中がウロウロして、一時は警察を呼ぶ騒ぎだったとか」
「ご家族も大変だ。それにしても、美しすぎる書店員か……確かに、彼女は美人だものね」
瀬戸さんが俺の顔をちらりと見るのが分かった。反応を楽しみたいのだろうが、彼女への感情は俺の個人情報だ。
「美人って書いたほうが、話題になるからですよ。あの人はそれほどでもないっす」
「……マジでそう思ってんの?」
「はい」
瀬戸さんは何か言いたそうにするが、スマートフォンを仕舞って前を向いた。ガードを固める俺に、白けたのだろう。
「しかし、水樹の連絡した相手が元警察官とは、想定外の話だわね」
「ええ。ノーマークの人間です」
「三国の顔写真を見せた捜査員に、一条さんは見覚えがないと言ったそうよ」
「まだ接触がないってことですね」
急遽開かれた会議に刑事が集まり、行き詰まった捜査の突破口になるであろう新情報に期待を寄せた。
「水樹は犯行の30分ほど前、城田町の田園地帯にある古い民家で電話を借りています。対応したのは85歳の独居老人で、他の目撃者はいません」
老人は水樹を大学生と思い込んでいたため、通報が遅れたという。
「どうして30過ぎの男を学生と思い込むんだ」
苛立つ管理官に、情報担当の捜査員が答えた。
「水樹が緑大学の学生と名乗ったからです。電話を借りる際も、『大学の講義室にスマホを忘れてしまった。盗まれたら大変なので、学生課で預かってもらうようすぐに連絡を取りたい』と、もっともらしい理由を述べています」
水樹はキャップを被り、眼鏡をかけていたという。奴は見た目も若いし、老人の思い込みを責めるのは酷だ。
「通報を促したのは、老人の長女です。今日の午前中、本町に住む彼女が老人の様子を見にきて近況を訊ねるうちに、その学生が水樹ではないかと疑念を持ったとのこと」
「なるほどな。しかし、水樹は社用車に乗ってたんだろ? 老人は変だと思わなかったのか」
「車ではなく自転車だったそうです。怪しまれないようどこかで乗り換えたと思われます」
「どうやって調達したのかしらんが、その自転車をどこかに隠しておいて、逃走に使った可能性があるな」
水樹はあらかじめ逃走計画を立てていたようだ。古池を殺害すると決めてから実行するまでの、限られた時間の中で。
電話をかけた相手は、おそらく協力者である。
「この時点で、水樹は既にスマホを手放している。犯行前の動きを警察に把握されないよう、用心したんだろう。協力者に連絡するにしても、スマホでは足がつくし、公衆電話を使えば付近の防犯カメラに映る可能性が高い。町外れの民家で電話を借りたほうが捜査網を潜りやすいと考えたんだろう。問題は、誰に連絡を取ったのかだ」
管理官の問いに、担当の捜査員が興奮気味に答えた。
「水樹が電話したのは、東京都武蔵野市に住む男性宅の固定電話です。男性の名前は三国仁志。年齢57歳。職業は不動産貸付業。調査の結果、20年前に岐阜県警鮎川署交通課に所属していた、元警察官と判明しました」
会議の後、俺と瀬戸さんは一条さんのもとへと向かった。捜査の進捗と、今後の協力について伝えるために。
一条さんは現在、本町のマンションではなく、市内のビジネスホテルで暮らしいる。マスコミや動画撮影者がエントランスに入り込むなどして、マンションの住人に迷惑を掛けたからだ。
「美しすぎる書店員とイケメン指名手配犯の危険な恋! なんて書き立てられて、一条さんもいい迷惑よね。彼女は悪いことしてないのに」
瀬戸さんがネットの記事を見ながら、同情の声を漏らす。
「実際、迷惑だって言ってましたよ。マンションだけでなく、実家の周りにもスマホを構えた連中がウロウロして、一時は警察を呼ぶ騒ぎだったとか」
「ご家族も大変だ。それにしても、美しすぎる書店員か……確かに、彼女は美人だものね」
瀬戸さんが俺の顔をちらりと見るのが分かった。反応を楽しみたいのだろうが、彼女への感情は俺の個人情報だ。
「美人って書いたほうが、話題になるからですよ。あの人はそれほどでもないっす」
「……マジでそう思ってんの?」
「はい」
瀬戸さんは何か言いたそうにするが、スマートフォンを仕舞って前を向いた。ガードを固める俺に、白けたのだろう。
「しかし、水樹の連絡した相手が元警察官とは、想定外の話だわね」
「ええ。ノーマークの人間です」
「三国の顔写真を見せた捜査員に、一条さんは見覚えがないと言ったそうよ」
「まだ接触がないってことですね」
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
引きこもり名探偵、倫子さんの10分推理シリーズ
針ノ木みのる
ミステリー
不労所得の末、引きこもり生活を実現した倫子さん。だが、元上司である警察官に恩がある為仕方なく捜査協力をする。持ち合わせの資料と情報だけで事件を読み解き、事件を解決へと導く、一事件10分で読み切れる短編推理小説。
怪奇事件捜査File1首なしライダー編(科学)
揚惇命
ミステリー
これは、主人公の出雲美和が怪奇課として、都市伝説を基に巻き起こる奇妙な事件に対処する物語である。怪奇課とは、昨今の奇妙な事件に対処するために警察組織が新しく設立した怪奇事件特別捜査課のこと。巻き起こる事件の数々、それらは、果たして、怪異の仕業か?それとも誰かの作為的なものなのか?捜査を元に解決していく物語。
File1首なしライダー編は完結しました。
※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。
※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。
戦憶の中の殺意
ブラックウォーター
ミステリー
かつて戦争があった。モスカレル連邦と、キーロア共和国の国家間戦争。多くの人間が死に、生き残った者たちにも傷を残した
そして6年後。新たな流血が起きようとしている。私立芦川学園ミステリー研究会は、長野にあるロッジで合宿を行う。高森誠と幼なじみの北条七美を含む総勢6人。そこは倉木信宏という、元軍人が経営している。
倉木の戦友であるラバンスキーと山瀬は、6年前の戦争に絡んで訳ありの様子。
二日目の早朝。ラバンスキーと山瀬は射殺体で発見される。一見して撃ち合って死亡したようだが……。
その場にある理由から居合わせた警察官、沖田と速水とともに、誠は真実にたどり着くべく推理を開始する。
彩霞堂
綾瀬 りょう
ミステリー
無くした記憶がたどり着く喫茶店「彩霞堂」。
記憶を無くした一人の少女がたどりつき、店主との会話で消し去りたかった記憶を思い出す。
以前ネットにも出していたことがある作品です。
高校時代に描いて、とても思い入れがあります!!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
三部作予定なので、そこまで書ききれるよう、頑張りたいです!!!!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる