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正義の使者〈4〉
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~僕は今、少し変わった仕事をしています。詳しいことは書けませんが、「君にしかできないことだ」と、ある人が声をかけてくれたのです(すごく真面目そうな人。外見は黒騎士みたいで、かっこいい)仕事というより人助けみたいな感じだけど、結構楽しいです~
「一つお訊ねしますが、『黒騎士』というのは、なんのことですか」
「アニメのキャラクターです」
「アニメ?」
母親がスマートフォンを取り出してアプリを開き、画面をこちらに向ける。質問を予測していたようだ。
「優一朗が小学校低学年の頃に見ていたアニメで、黒騎士というのは主人公の青年のことです」
画面に映るのは、サブカル系ブログのスクリーンショットだ。【懐かしのアニメ ~最後の英雄~黒騎士物語】と、タイトルがついている。
「あの子は昔からそうなんです。友達や学校の先生を、アニメのキャラクターにたとえることが好きで」
「ちょっとお借りします」
俺は母親からスマホを受け取り、画面を拡大させた。兜を脇に抱え、黒いマントをはためかせた『黒騎士』の姿を、穴が開くほど見つめる。
母親が手紙について話す決意をしたのは、これがきっかけだ。
「まさかと思いますが……なんだか、似ている気がして。この前、城田町で事件を起こした、水樹という男に」
母親の言葉に、頷くほかなかった。
「ええ……似ていますね」
顔立ちや背格好もだが、どこかミステリアスな雰囲気が似ている。このアニメを実写化するなら、『黒騎士』役は水樹そっくりの役者が務めるだろう。
俺の返事に、母親が前のめりになる。
「水樹智哉は、優一朗に仕事をさせた男ではないでしょうか。週刊誌を読んで知りました。メゾン城田の、優一朗の隣に住んでいた女性が、彼の恋人なんですよね?」
水樹の事件はマスコミの好餌だ。古池の事件と繋がっているため、一条さんも取材の対象となり、個人が特定されることも書かれている。水樹と一条さんが恋人関係なのは客観的事実であり、否定できない。
「教えてください、刑事さん。私は親として、本当のことを知りたい。確かに優一朗はバカな子です。だけど、人生を途中で投げ出して死んだのではなかった。あの子なりに、やり直そうとしてたんです。あんな風に死んだのは、わけがあるんですよ。息子がなぜ死んだのか、警察は調べてるんじゃないですか? だからサンダルを取りにきたのでしょう?」
母親というのはすごい。息子の手紙を読み解き、事件の根幹へと一気に迫っている。
「分かりました。少しお待ちください」
興奮する母親を置いて、席を外した。鳥宮の手紙という新たな証拠品を持ち、上役に相談するためだ。
俺は捜査本部に行き、鳥宮の件で新事実が見つかったことを管理官に報告した。水野さんも呼ばれて、情報を共有する。
管理官は手紙と紙幣を鑑識に回すよう、担当者に指示した。
「罪状の追加だな。あれなら逮捕状が取れるだろう。水樹が計画的に鳥宮を利用し、自損行為を促したのなら、殺人と同じだ」
実は、鳥宮の件ではまだ逮捕状が取れていない。水樹と鳥宮が接触したという映像だけでは、証拠不十分と判断されたのだ。直接相手を殺す普通の正犯とは異なり、もっと強く関係性を示さねばならない。
しかし、今回の新証拠で二人の関わりがハッキリした。水樹が鳥宮に『仕事』をさせたのは明らかである。手紙に同封された現金は、その報酬だ。
それに、水樹が現金らしきものを鳥宮に渡す場面がドラレコに映っていた。紙幣から指紋を採るのは容易ではないが、新札なら可能性が高い。
俺は再び刑事課に向かった。今度は水野さんも一緒だ。
「いよいよ鳥宮の両親に話さねばならん。親父さんは抵抗するだろうが、息子の死に正面から向き合ってもらうぞ」
「ええ。母親が逃げずに来てくれたんです。父親も覚悟を決めるべきだ」
父親。母親。――同じ呼び名でも、いろんな人間がいる。水樹の生い立ちを聞いてから、深く考えるようになった。
最近は親ガチャとか言うが、経済力云々よりも、人間性の当たり外れのほうが、子どもの人生を左右するファクターとなり得る。例えば、水樹の母親はハズレであり、いわゆる毒親ってやつだ。
「水野さん。親って、何なんでしょうね」
刑事課のドアの前で質問した。仕事経験も人生経験も豊かな先輩の意見を、聞いてみたかった。
「さあねえ。ただ、親であろうとなかろうと、世の中にはどうしようもない大人がいるってことは確かだよ。そんな連中にこそ躾が必要なんだ」
水野さんの口調は少し悲しげだった。俺は何も言えなくなり、刑事課のドアを開けた。
「一つお訊ねしますが、『黒騎士』というのは、なんのことですか」
「アニメのキャラクターです」
「アニメ?」
母親がスマートフォンを取り出してアプリを開き、画面をこちらに向ける。質問を予測していたようだ。
「優一朗が小学校低学年の頃に見ていたアニメで、黒騎士というのは主人公の青年のことです」
画面に映るのは、サブカル系ブログのスクリーンショットだ。【懐かしのアニメ ~最後の英雄~黒騎士物語】と、タイトルがついている。
「あの子は昔からそうなんです。友達や学校の先生を、アニメのキャラクターにたとえることが好きで」
「ちょっとお借りします」
俺は母親からスマホを受け取り、画面を拡大させた。兜を脇に抱え、黒いマントをはためかせた『黒騎士』の姿を、穴が開くほど見つめる。
母親が手紙について話す決意をしたのは、これがきっかけだ。
「まさかと思いますが……なんだか、似ている気がして。この前、城田町で事件を起こした、水樹という男に」
母親の言葉に、頷くほかなかった。
「ええ……似ていますね」
顔立ちや背格好もだが、どこかミステリアスな雰囲気が似ている。このアニメを実写化するなら、『黒騎士』役は水樹そっくりの役者が務めるだろう。
俺の返事に、母親が前のめりになる。
「水樹智哉は、優一朗に仕事をさせた男ではないでしょうか。週刊誌を読んで知りました。メゾン城田の、優一朗の隣に住んでいた女性が、彼の恋人なんですよね?」
水樹の事件はマスコミの好餌だ。古池の事件と繋がっているため、一条さんも取材の対象となり、個人が特定されることも書かれている。水樹と一条さんが恋人関係なのは客観的事実であり、否定できない。
「教えてください、刑事さん。私は親として、本当のことを知りたい。確かに優一朗はバカな子です。だけど、人生を途中で投げ出して死んだのではなかった。あの子なりに、やり直そうとしてたんです。あんな風に死んだのは、わけがあるんですよ。息子がなぜ死んだのか、警察は調べてるんじゃないですか? だからサンダルを取りにきたのでしょう?」
母親というのはすごい。息子の手紙を読み解き、事件の根幹へと一気に迫っている。
「分かりました。少しお待ちください」
興奮する母親を置いて、席を外した。鳥宮の手紙という新たな証拠品を持ち、上役に相談するためだ。
俺は捜査本部に行き、鳥宮の件で新事実が見つかったことを管理官に報告した。水野さんも呼ばれて、情報を共有する。
管理官は手紙と紙幣を鑑識に回すよう、担当者に指示した。
「罪状の追加だな。あれなら逮捕状が取れるだろう。水樹が計画的に鳥宮を利用し、自損行為を促したのなら、殺人と同じだ」
実は、鳥宮の件ではまだ逮捕状が取れていない。水樹と鳥宮が接触したという映像だけでは、証拠不十分と判断されたのだ。直接相手を殺す普通の正犯とは異なり、もっと強く関係性を示さねばならない。
しかし、今回の新証拠で二人の関わりがハッキリした。水樹が鳥宮に『仕事』をさせたのは明らかである。手紙に同封された現金は、その報酬だ。
それに、水樹が現金らしきものを鳥宮に渡す場面がドラレコに映っていた。紙幣から指紋を採るのは容易ではないが、新札なら可能性が高い。
俺は再び刑事課に向かった。今度は水野さんも一緒だ。
「いよいよ鳥宮の両親に話さねばならん。親父さんは抵抗するだろうが、息子の死に正面から向き合ってもらうぞ」
「ええ。母親が逃げずに来てくれたんです。父親も覚悟を決めるべきだ」
父親。母親。――同じ呼び名でも、いろんな人間がいる。水樹の生い立ちを聞いてから、深く考えるようになった。
最近は親ガチャとか言うが、経済力云々よりも、人間性の当たり外れのほうが、子どもの人生を左右するファクターとなり得る。例えば、水樹の母親はハズレであり、いわゆる毒親ってやつだ。
「水野さん。親って、何なんでしょうね」
刑事課のドアの前で質問した。仕事経験も人生経験も豊かな先輩の意見を、聞いてみたかった。
「さあねえ。ただ、親であろうとなかろうと、世の中にはどうしようもない大人がいるってことは確かだよ。そんな連中にこそ躾が必要なんだ」
水野さんの口調は少し悲しげだった。俺は何も言えなくなり、刑事課のドアを開けた。
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