176 / 236
春菜の願い
7
しおりを挟む
「僕の名前と電話番号……智哉くんが、このメモをあなたに?」
「はい。困ったことがあれば連絡するようにと言われました」
若月さんは嬉しそうにするが、それも一瞬だった。
「彼は大変なことをしでかしました。ニュースで知って飛んできたんです。警察からも電話をもらいましたが」
悲しそうにつぶやく。智哉さんを怒るでも責めるでもなく、ただ心配している。そんな風に見えた。
「私は一条春菜と申します。あの、私と智哉さんとの関係については」
「ええ、存じ上げています。少し前に、結婚を考えている女性がいると智哉くんから電話をもらいました。家族ともども、紹介されるのを楽しみにしてたのですが」
「そうなんですか?」
初めて聞く話だ。そんなこと、智哉さんは一言も言わなかった。
「あの、若月さんと智哉さんは、どういったご関係でしょう。すみません、私、何も知らなくて」
「ああ……彼は、まだ話していなかったんですね」
若月さんはうんうんと頷く。
「まあ、まずはお座りください。長いこと聴取を受けて、お疲れになったでしょう。あっ、よかったら甘いものでも食べませんか? ホットケーキとかあるみたいですよ」
「えっ? いえ、私は大丈夫ですので」
「まあまあ、遠慮しないで。飲み物はホットコーヒー、それとも紅茶がいいかな?」
「あ、はあ……ではコーヒーを」
戸惑いながらも答えると、若月さんは身軽な動きで食券機へと向かった。
(靴工房Wakatsukiの、若月千尋さん……)
仕事の関係者と思ったけれど、どうやらそれだけではない。いずれにしろ智哉さんとは、かなり親しい間柄のようだ。
「いやあ、驚いた。警察署の食堂って、日替わりの夕飯メニューもあるんですねえ。今度食べてみようかなあ」
若月さんが二人分のホットケーキセットをテーブルに置き、向かい側に腰掛けた。料金を払おうとしたが、受け取ってくれない。
「ここはご馳走させてください。というか、僕が食べたかっただけなんで」
にこにこと笑うので、思わず釣られて微笑む。前にも思ったけれど、この人は実家の兄に似ている。痩せたらそっくりになるだろう。
「では、遠慮なくいただきます」
最近、食欲がなくて、ビタミンゼリーやサプリでしのいでいる。正直、あまり食べる気がしないのだが……
「美味しい……!」
ホットケーキの甘さに、心と身体が癒される感覚。コーヒーは多少刺激的だが、疲れた脳にはちょうど良い。
今の自分にピッタリの組み合わせだった。
「うん、なかなかのもんです。子どもたちに食べさせてやりたいなあ」
「お子さんがいらっしゃるんですか?」
「ええ、二人います」
若月さんがスマートフォンを出して、家族の写真を見せてくれた。奥さんと娘さん二人が笑顔で写っている。
「5歳と4歳の年子ですよ。もう、やんちゃでやんちゃで」
「ふふっ、可愛いですね」
写真をじっと見て、あれっと思う。顔を上げると、若月さんと目が合った。
「気のせいかもしれませんが、娘さん…‥特にお姉ちゃんのほうが、私の小さい頃にそっくりなような」
「でしょう? 僕も、初めて一条さんに会ったとき、似てる~って思ったんです。こう、目と眉と、額のあたりというか」
そうか、なるほど。写真を見直し、さらに納得する。上のお子さんは、お父さん似だ。
ということは……
「実は私も若月さんのこと、兄に似てるなと感じてたんです」
「えっ、ほんとですか? でも僕と一条さんは似てませんよね」
「確かに……髪型とか、性別の違いかしら」
「微妙なバランスでしょうね。不思議だなあ。いわゆる他人の空似ってやつですかね」
ホットケーキを頬張る彼に、兄の顔が重なる。生き別れの兄弟に出会った気分とでもいうか、妙な心地だった。
「僕も娘たちも、おばあちゃん……僕の母親似なんです。智哉くんも、『名古屋のお母さん』と呼んで、慕ってくれてました」
「えっ」
どういうことだろう。
カップを置いた私に、若月さんが緊張の面持ちになり、切り出した。
「勝手に話したら、智哉くんが怒るかもしれない。だけど、彼が初めて結婚を決めたあなたに聞いてほしいんです。ひょっとしたら困らせるだけかもって、悩んだのですが」
初めて結婚を決めた……
私は動揺するが、若月さんの真剣な顔から目が離せない。
「お話しさせてください。僕が知っている限りの、智哉くんの生い立ちについて」
「はい。困ったことがあれば連絡するようにと言われました」
若月さんは嬉しそうにするが、それも一瞬だった。
「彼は大変なことをしでかしました。ニュースで知って飛んできたんです。警察からも電話をもらいましたが」
悲しそうにつぶやく。智哉さんを怒るでも責めるでもなく、ただ心配している。そんな風に見えた。
「私は一条春菜と申します。あの、私と智哉さんとの関係については」
「ええ、存じ上げています。少し前に、結婚を考えている女性がいると智哉くんから電話をもらいました。家族ともども、紹介されるのを楽しみにしてたのですが」
「そうなんですか?」
初めて聞く話だ。そんなこと、智哉さんは一言も言わなかった。
「あの、若月さんと智哉さんは、どういったご関係でしょう。すみません、私、何も知らなくて」
「ああ……彼は、まだ話していなかったんですね」
若月さんはうんうんと頷く。
「まあ、まずはお座りください。長いこと聴取を受けて、お疲れになったでしょう。あっ、よかったら甘いものでも食べませんか? ホットケーキとかあるみたいですよ」
「えっ? いえ、私は大丈夫ですので」
「まあまあ、遠慮しないで。飲み物はホットコーヒー、それとも紅茶がいいかな?」
「あ、はあ……ではコーヒーを」
戸惑いながらも答えると、若月さんは身軽な動きで食券機へと向かった。
(靴工房Wakatsukiの、若月千尋さん……)
仕事の関係者と思ったけれど、どうやらそれだけではない。いずれにしろ智哉さんとは、かなり親しい間柄のようだ。
「いやあ、驚いた。警察署の食堂って、日替わりの夕飯メニューもあるんですねえ。今度食べてみようかなあ」
若月さんが二人分のホットケーキセットをテーブルに置き、向かい側に腰掛けた。料金を払おうとしたが、受け取ってくれない。
「ここはご馳走させてください。というか、僕が食べたかっただけなんで」
にこにこと笑うので、思わず釣られて微笑む。前にも思ったけれど、この人は実家の兄に似ている。痩せたらそっくりになるだろう。
「では、遠慮なくいただきます」
最近、食欲がなくて、ビタミンゼリーやサプリでしのいでいる。正直、あまり食べる気がしないのだが……
「美味しい……!」
ホットケーキの甘さに、心と身体が癒される感覚。コーヒーは多少刺激的だが、疲れた脳にはちょうど良い。
今の自分にピッタリの組み合わせだった。
「うん、なかなかのもんです。子どもたちに食べさせてやりたいなあ」
「お子さんがいらっしゃるんですか?」
「ええ、二人います」
若月さんがスマートフォンを出して、家族の写真を見せてくれた。奥さんと娘さん二人が笑顔で写っている。
「5歳と4歳の年子ですよ。もう、やんちゃでやんちゃで」
「ふふっ、可愛いですね」
写真をじっと見て、あれっと思う。顔を上げると、若月さんと目が合った。
「気のせいかもしれませんが、娘さん…‥特にお姉ちゃんのほうが、私の小さい頃にそっくりなような」
「でしょう? 僕も、初めて一条さんに会ったとき、似てる~って思ったんです。こう、目と眉と、額のあたりというか」
そうか、なるほど。写真を見直し、さらに納得する。上のお子さんは、お父さん似だ。
ということは……
「実は私も若月さんのこと、兄に似てるなと感じてたんです」
「えっ、ほんとですか? でも僕と一条さんは似てませんよね」
「確かに……髪型とか、性別の違いかしら」
「微妙なバランスでしょうね。不思議だなあ。いわゆる他人の空似ってやつですかね」
ホットケーキを頬張る彼に、兄の顔が重なる。生き別れの兄弟に出会った気分とでもいうか、妙な心地だった。
「僕も娘たちも、おばあちゃん……僕の母親似なんです。智哉くんも、『名古屋のお母さん』と呼んで、慕ってくれてました」
「えっ」
どういうことだろう。
カップを置いた私に、若月さんが緊張の面持ちになり、切り出した。
「勝手に話したら、智哉くんが怒るかもしれない。だけど、彼が初めて結婚を決めたあなたに聞いてほしいんです。ひょっとしたら困らせるだけかもって、悩んだのですが」
初めて結婚を決めた……
私は動揺するが、若月さんの真剣な顔から目が離せない。
「お話しさせてください。僕が知っている限りの、智哉くんの生い立ちについて」
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
彩霞堂
綾瀬 りょう
ミステリー
無くした記憶がたどり着く喫茶店「彩霞堂」。
記憶を無くした一人の少女がたどりつき、店主との会話で消し去りたかった記憶を思い出す。
以前ネットにも出していたことがある作品です。
高校時代に描いて、とても思い入れがあります!!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
三部作予定なので、そこまで書ききれるよう、頑張りたいです!!!!
怪奇事件捜査File1首なしライダー編(科学)
揚惇命
ミステリー
これは、主人公の出雲美和が怪奇課として、都市伝説を基に巻き起こる奇妙な事件に対処する物語である。怪奇課とは、昨今の奇妙な事件に対処するために警察組織が新しく設立した怪奇事件特別捜査課のこと。巻き起こる事件の数々、それらは、果たして、怪異の仕業か?それとも誰かの作為的なものなのか?捜査を元に解決していく物語。
File1首なしライダー編は完結しました。
※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。
※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。
戦憶の中の殺意
ブラックウォーター
ミステリー
かつて戦争があった。モスカレル連邦と、キーロア共和国の国家間戦争。多くの人間が死に、生き残った者たちにも傷を残した
そして6年後。新たな流血が起きようとしている。私立芦川学園ミステリー研究会は、長野にあるロッジで合宿を行う。高森誠と幼なじみの北条七美を含む総勢6人。そこは倉木信宏という、元軍人が経営している。
倉木の戦友であるラバンスキーと山瀬は、6年前の戦争に絡んで訳ありの様子。
二日目の早朝。ラバンスキーと山瀬は射殺体で発見される。一見して撃ち合って死亡したようだが……。
その場にある理由から居合わせた警察官、沖田と速水とともに、誠は真実にたどり着くべく推理を開始する。
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
天泣 ~花のように~
月夜野 すみれ
ミステリー
都内で闇サイトによる事件が多発。
主人公桜井紘彬警部補の従弟・藤崎紘一やその幼なじみも闇サイト絡みと思われる事件に巻き込まれる。
一方、紘彬は祖父から聞いた話から曾祖父の死因に不審な点があったことに気付いた。
「花のように」の続編ですが、主な登場人物と舞台設定が共通しているだけで独立した別の話です。
気に入っていただけましたら「花のように」「Christmas Eve」もよろしくお願いします。
カクヨムと小説家になろう、noteにも同じ物を投稿しています。
こことなろうは細切れ版、カクヨム、noteは一章で1話、全十章です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる