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春菜の願い
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《思いどおりにならない男に怒り、目を吊り上げてわめく姿に【あの女】が重なる》《僕は大切な存在を守り、愛することができる。【あの女】とは違う……もう囚われない》《僕は自由になる。……【あの女】とは別個の生き物だと証明されたのだから》
「母親がどんな存在だったのか、如実に表れています。水樹さんの剥き出しの心と言えるでしょう」
「ええ」
瀬戸さんに同意しながら、気づくことがあった。
「でも智哉さんは……お母さんに似たタイプの女性と、お付き合いしていたのですね」
「そのようです」
該当する部分を瀬戸さんと確認した。
《……これまで僕に近付いてきた女は、なぜか積極的なタイプばかり。言い方を変えれば図々しいってこと。厚かましく、容姿に自信のある派手な女》《彼女達は、男にちやほやされるのが好きで、それが当然だと考えている……そういった女とは、数回ベッドをともにした後、すぐに別れてきた》《気が向かなければ電話すらしない僕を冷淡だと責め、激しくなじった……うんざりだ。殺してやれば良かった》
この日記を読んで初めて知る、彼の恋愛遍歴。女たちへの眼差しは氷のように冷たく、狂気すら窺える。知られざる彼の姿だった。
「ですが、母親に似た女性を水樹さんが求めたわけではなく、向こうから近付いて来た感じですね。彼は受け身で、完全に冷めている。でも、斎藤陽向という、母親と真逆の女性と出会い変化が起きたと読み取れます。あと、ここのところ……」
瀬戸さんが画面を指差す。
《唯一、タイプが違ったのは大学時代の彼女だ。何ということもない地味な女だが、きれいな足元に好感を持った。アルバイト代をつぎ込んで買ったというオーダーメイドの靴を、大事に履いていたのだ。なぜ別れたのか、理由は覚えていない。しかし今考えると、少なくとも嫌いではなかった》
智哉さんの恋愛遍歴に一つだけ例外があったようだ。陽向さんと付き合うよりもっと前の話である。
《春菜(=陽向)は彼女に似ている……愛することができるかもしれない。だからこそ実験材料にすると決めたのだ、僕は》
「大学時代の彼女との相似点が、斎藤陽向と付き合う決め手になった。つまり、そういうことかな」
「ていうより、瀬戸さん。靴ですよ」
東松さんが横から口を挟んだ。
「靴?」
「水樹は靴を見て、女性を評価しています。斎藤にしろ、一条さんにしろ、靴がポイントなんです」
なるほどと思った。智哉さんは靴に詳しく、デザインはもちろん、細かな材質にまでこだわりがある。趣味の良い靴を履く女性に好感を持つだろう。
「でもそれだと、女ではなく靴と付き合うって感じじゃない? どちらにしろ、かなり冷めた恋愛観だわ」
「だからこその実験なんです」
女性を愛せるか否か――
「智哉さんのトラウマは、やはりお母さんが原因でしょうか」
本来の問題に立ち返る。
私の質問に、瀬戸さんは画面をスクロールして答えた。
「彼が『子ども』に言及する部分と併せ読むと、想像がつきます」
《僕は子供が好きでも嫌いでもない。ただ憐れに思う。知恵も力も自由もない無力な存在だった、僕も》《今の僕なら、ハルを幸せにできる……僕はもう、憐れな子供ではない》《子供に必要なのは母親であり女ではない!》
「憐れな子ども……」
抜粋された文章を繋げると、いろんなものが見えてくる。母親像、家庭環境、愛する人を幸せにしたいという彼の望み。全部繋がっているのだろう。
だけど、具体的な情報が少なすぎて、彼に対する自分の感情がはっきりしない。
怒り、許せない気持ち――トラウマなんて知るもんかと、さっきは本気で思ったはずなのに。
「智哉さんの生い立ちを、教えてもらえませんか……」
兄弟はいないと彼は言った。では父親は? 祖父母など、親代わりになる身内はいなかったのだろうか。両親を亡くした後、どうやって生活したのだろう。
「教えてください。彼のことを知りたいんです」
「母親がどんな存在だったのか、如実に表れています。水樹さんの剥き出しの心と言えるでしょう」
「ええ」
瀬戸さんに同意しながら、気づくことがあった。
「でも智哉さんは……お母さんに似たタイプの女性と、お付き合いしていたのですね」
「そのようです」
該当する部分を瀬戸さんと確認した。
《……これまで僕に近付いてきた女は、なぜか積極的なタイプばかり。言い方を変えれば図々しいってこと。厚かましく、容姿に自信のある派手な女》《彼女達は、男にちやほやされるのが好きで、それが当然だと考えている……そういった女とは、数回ベッドをともにした後、すぐに別れてきた》《気が向かなければ電話すらしない僕を冷淡だと責め、激しくなじった……うんざりだ。殺してやれば良かった》
この日記を読んで初めて知る、彼の恋愛遍歴。女たちへの眼差しは氷のように冷たく、狂気すら窺える。知られざる彼の姿だった。
「ですが、母親に似た女性を水樹さんが求めたわけではなく、向こうから近付いて来た感じですね。彼は受け身で、完全に冷めている。でも、斎藤陽向という、母親と真逆の女性と出会い変化が起きたと読み取れます。あと、ここのところ……」
瀬戸さんが画面を指差す。
《唯一、タイプが違ったのは大学時代の彼女だ。何ということもない地味な女だが、きれいな足元に好感を持った。アルバイト代をつぎ込んで買ったというオーダーメイドの靴を、大事に履いていたのだ。なぜ別れたのか、理由は覚えていない。しかし今考えると、少なくとも嫌いではなかった》
智哉さんの恋愛遍歴に一つだけ例外があったようだ。陽向さんと付き合うよりもっと前の話である。
《春菜(=陽向)は彼女に似ている……愛することができるかもしれない。だからこそ実験材料にすると決めたのだ、僕は》
「大学時代の彼女との相似点が、斎藤陽向と付き合う決め手になった。つまり、そういうことかな」
「ていうより、瀬戸さん。靴ですよ」
東松さんが横から口を挟んだ。
「靴?」
「水樹は靴を見て、女性を評価しています。斎藤にしろ、一条さんにしろ、靴がポイントなんです」
なるほどと思った。智哉さんは靴に詳しく、デザインはもちろん、細かな材質にまでこだわりがある。趣味の良い靴を履く女性に好感を持つだろう。
「でもそれだと、女ではなく靴と付き合うって感じじゃない? どちらにしろ、かなり冷めた恋愛観だわ」
「だからこその実験なんです」
女性を愛せるか否か――
「智哉さんのトラウマは、やはりお母さんが原因でしょうか」
本来の問題に立ち返る。
私の質問に、瀬戸さんは画面をスクロールして答えた。
「彼が『子ども』に言及する部分と併せ読むと、想像がつきます」
《僕は子供が好きでも嫌いでもない。ただ憐れに思う。知恵も力も自由もない無力な存在だった、僕も》《今の僕なら、ハルを幸せにできる……僕はもう、憐れな子供ではない》《子供に必要なのは母親であり女ではない!》
「憐れな子ども……」
抜粋された文章を繋げると、いろんなものが見えてくる。母親像、家庭環境、愛する人を幸せにしたいという彼の望み。全部繋がっているのだろう。
だけど、具体的な情報が少なすぎて、彼に対する自分の感情がはっきりしない。
怒り、許せない気持ち――トラウマなんて知るもんかと、さっきは本気で思ったはずなのに。
「智哉さんの生い立ちを、教えてもらえませんか……」
兄弟はいないと彼は言った。では父親は? 祖父母など、親代わりになる身内はいなかったのだろうか。両親を亡くした後、どうやって生活したのだろう。
「教えてください。彼のことを知りたいんです」
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