恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈3〉

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「うわっ!」


目の前を走り抜けたのはバンの社用車。見覚えのある車体ステッカー。運転するのが誰なのかも、はっきりと分かった。

あっという間の出来事。

道路に飛び出ていた古池は逃げられず、まともに撥ねられた。


「嘘だろ……」


急ブレーキの音。車は勢い余ってワンボックスにぶつかり、テールランプの破片が散らばる。

信じられない光景だった。警察官が巻き込まれての、めちゃくちゃな破壊。


「水樹!」


駆け寄ろうとしたが、いきなりバックした車体に足を止められる。

今度は急発進した。

皆が進路を阻もうとするが、車は躊躇しない。ワンボックスの横をぎりぎりですり抜け、猛スピードで県道を突き抜けていく。


「あれは水樹智哉です!」


俺の報告に現場責任者はみるみる真っ赤になり、大声で怒鳴った。


「殺人未遂の現行犯だ! 追跡しろ。応援を呼んで先回りするんだ!」

「管理官! 古池が心肺停止。警察官二名が負傷しています!」


別の捜査員が告げた。


「早く救急車を呼べ! 急げえっ」


騒然とする事故現場。いや、これは事件現場だ。

俺は瀬戸さんと一緒に車に乗り込み、赤色灯を付け、サイレンを鳴らしてバンを追いかけた。


「絶対に捕まえるわよ」

「はいっ!」


水樹は県道を北に向かった。無線で応援を呼び、先回りして囲む方法をとる。住宅街でカーチェイスするわけにいかないのだ。


「あの車だわ」


直線道路でバンを捉えた。

だがそれも一瞬で、奴はすぐに左折して視界から逃げた。一方通行の細い道だ。

サイレンが遠くに聞こえる。国道から応援の車が集まってきたのだ。機捜も直に到着するだろう。


「どうするんだ水樹、逃げられないぞ」


水樹は古池を殺そうとした。

すみれ荘で実況見分をやるのかと聞いたのは、殺す機会をうかがうため。俺は利用されたのだ。なぜ気付かなかった。

重ね重ねの失敗に怒りが湧いてくる。自分自身に腹が立って仕方がない。

もちろん水樹にもだ。

一条さんをまた泣かせるのか。こんなやり方、彼女は望んでいない。いくら守るためと言っても、あまりにも過激だ。

水樹にとって一条さんは、斎藤陽向ひなたの代わりに過ぎないのか。人生をやり直すための道具か。

もし「一条春菜」を愛しているなら、彼女が何を望むのか分かるはずだ。

こんなやり方で未来をぶっ壊すなら、俺がさっさと逮捕しておけばよかった。


左手に大学の校舎が見える。バンを追って左折した俺は、ブレーキを踏んだ。

曲がってすぐの場所にバンが乗り捨てられ、道を塞いでいた。その向こうに走っていく水樹の背中がある。

急いで車を降りた。


「瀬戸さん、無線お願いします!」

「分かった」


道の突き当たりはT字路だ。

水樹は右に曲がった。意外なほど足が速い。俺が角に出た時にはもう姿がなかった。


「どこに行った」


低いブロック塀と植え込みが大学の敷地をぐるりと囲んでいる。隠れるなら住宅街より大学だ。

植え込みの一部に隙間がある。十中八九、あの中に飛び込んだはず。俺は迷わずブロック塀に飛び上がり、敷地内に入る。


ここは校舎の裏側。誰もいない。

グオンと、エンジンの音がした。見ると、数メートル先にある自転車置き場から、フルフェイスのメットを被った男がバイクに乗って走り出そうとしている。

水樹だ。今度はバイクを盗んで逃走か! 俺は反射的に突進した。


「おい、待て!」


水樹はチラッと振り向き、すぐにアクセルを回して走り出す。校舎沿いに、フルスピードで。


「この野郎、逃げるな!!」


バイクはどうやら裏門に向かっている。だがそっちはパトカーが集まる方向だ。自ら網に飛び込むようなもの。

さしもの水樹もパニックに陥ったらしい。門の手前でバランスを崩し、派手に転倒した。

起き上がって逃げ出す前に、がっしりと捕まえた。


「水樹智哉! 殺人未遂の現行犯で……」

「ひいいっ、助けてください!」

「!?」


手を離し、地面に尻をついた男を見下ろす。


「……水樹じゃないのか」


男はヘルメットを脱いで顔を見せた。俺は愕然とする。


「お、俺はここの学生だよお。なんなんですか、あんた」

「警察だ」


汗がどっと噴き出た。怒りが湧いてくる。わなわなと震えが止まらない。


「警察がなんで俺を捕まえるんだ、おかしいだろ、何もしてないのにい」

「なんで逃げたんだ!」

「だって怖いじゃないか。そんな鬼みたいな顔で追っかけられたら!」


またしても失敗。しかも、致命的な失敗だった。


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