恋の記録

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
160 / 236
正義の使者〈3〉

10

しおりを挟む

「うわっ!」


目の前を走り抜けたのはバンの社用車。見覚えのある車体ステッカー。運転するのが誰なのかも、はっきりと分かった。

あっという間の出来事。

道路に飛び出ていた古池は逃げられず、まともに撥ねられた。


「嘘だろ……」


急ブレーキの音。車は勢い余ってワンボックスにぶつかり、テールランプの破片が散らばる。

信じられない光景だった。警察官が巻き込まれての、めちゃくちゃな破壊。


「水樹!」


駆け寄ろうとしたが、いきなりバックした車体に足を止められる。

今度は急発進した。

皆が進路を阻もうとするが、車は躊躇しない。ワンボックスの横をぎりぎりですり抜け、猛スピードで県道を突き抜けていく。


「あれは水樹智哉です!」


俺の報告に現場責任者はみるみる真っ赤になり、大声で怒鳴った。


「殺人未遂の現行犯だ! 追跡しろ。応援を呼んで先回りするんだ!」

「管理官! 古池が心肺停止。警察官二名が負傷しています!」


別の捜査員が告げた。


「早く救急車を呼べ! 急げえっ」


騒然とする事故現場。いや、これは事件現場だ。

俺は瀬戸さんと一緒に車に乗り込み、赤色灯を付け、サイレンを鳴らしてバンを追いかけた。


「絶対に捕まえるわよ」

「はいっ!」


水樹は県道を北に向かった。無線で応援を呼び、先回りして囲む方法をとる。住宅街でカーチェイスするわけにいかないのだ。


「あの車だわ」


直線道路でバンを捉えた。

だがそれも一瞬で、奴はすぐに左折して視界から逃げた。一方通行の細い道だ。

サイレンが遠くに聞こえる。国道から応援の車が集まってきたのだ。機捜も直に到着するだろう。


「どうするんだ水樹、逃げられないぞ」


水樹は古池を殺そうとした。

すみれ荘で実況見分をやるのかと聞いたのは、殺す機会をうかがうため。俺は利用されたのだ。なぜ気付かなかった。

重ね重ねの失敗に怒りが湧いてくる。自分自身に腹が立って仕方がない。

もちろん水樹にもだ。

一条さんをまた泣かせるのか。こんなやり方、彼女は望んでいない。いくら守るためと言っても、あまりにも過激だ。

水樹にとって一条さんは、斎藤陽向ひなたの代わりに過ぎないのか。人生をやり直すための道具か。

もし「一条春菜」を愛しているなら、彼女が何を望むのか分かるはずだ。

こんなやり方で未来をぶっ壊すなら、俺がさっさと逮捕しておけばよかった。


左手に大学の校舎が見える。バンを追って左折した俺は、ブレーキを踏んだ。

曲がってすぐの場所にバンが乗り捨てられ、道を塞いでいた。その向こうに走っていく水樹の背中がある。

急いで車を降りた。


「瀬戸さん、無線お願いします!」

「分かった」


道の突き当たりはT字路だ。

水樹は右に曲がった。意外なほど足が速い。俺が角に出た時にはもう姿がなかった。


「どこに行った」


低いブロック塀と植え込みが大学の敷地をぐるりと囲んでいる。隠れるなら住宅街より大学だ。

植え込みの一部に隙間がある。十中八九、あの中に飛び込んだはず。俺は迷わずブロック塀に飛び上がり、敷地内に入る。


ここは校舎の裏側。誰もいない。

グオンと、エンジンの音がした。見ると、数メートル先にある自転車置き場から、フルフェイスのメットを被った男がバイクに乗って走り出そうとしている。

水樹だ。今度はバイクを盗んで逃走か! 俺は反射的に突進した。


「おい、待て!」


水樹はチラッと振り向き、すぐにアクセルを回して走り出す。校舎沿いに、フルスピードで。


「この野郎、逃げるな!!」


バイクはどうやら裏門に向かっている。だがそっちはパトカーが集まる方向だ。自ら網に飛び込むようなもの。

さしもの水樹もパニックに陥ったらしい。門の手前でバランスを崩し、派手に転倒した。

起き上がって逃げ出す前に、がっしりと捕まえた。


「水樹智哉! 殺人未遂の現行犯で……」

「ひいいっ、助けてください!」

「!?」


手を離し、地面に尻をついた男を見下ろす。


「……水樹じゃないのか」


男はヘルメットを脱いで顔を見せた。俺は愕然とする。


「お、俺はここの学生だよお。なんなんですか、あんた」

「警察だ」


汗がどっと噴き出た。怒りが湧いてくる。わなわなと震えが止まらない。


「警察がなんで俺を捕まえるんだ、おかしいだろ、何もしてないのにい」

「なんで逃げたんだ!」

「だって怖いじゃないか。そんな鬼みたいな顔で追っかけられたら!」


またしても失敗。しかも、致命的な失敗だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...