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正義の使者〈3〉
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公園に着くと、捜査員が車両から降り立ち、それぞれ準備を始める。
実況見分は1、2時間の予定だが、なるべく速やかに終わらせる。ぐずぐずすれば野次馬が増えて、ろくなことにならない。
「曇ってきたな」
空がどんよりしてきた。また雨が降るのだろうか。
「いいかげん雨にはうんざりだ……ん?」
アパートの横に引越し会社のトラックと、一台のバンが止まっている。こんな時期に引越しかと思いながらバンの車体を見て、ハッとした。
靴専門店~DEMAIN~
「ドゥマン……あれは、水樹の店の?」
なぜこんなところに店の車がある。俺は考える前に507号室のベランダを見上げた。
窓が開いている。
「まずいぞ」
水樹がアパートに来ている。もちろん一条さんも一緒だろう。なんでよりによって今日、この時に!
「どうしたの、東松。始まるよ」
「瀬戸さん、ちょっと待ってください。水樹と一条さんがアパートにいます」
「ええっ?」
瀬戸さんにドゥマンの車を教えると、ぎょっとした。
「古池に気付かれたら面倒だわ。一条さんたちに、外に出ないよう伝えてきて」
「分かりました」
引越し会社のトラックはバンと連なっている。引っ越すのは一条さんだろう。ということは、メゾン城田を完全に退去するのだ。
今日だと知っていたら、公園に近寄らないよう忠告できたのに。イージーミスを悔やみつつ、アパートへ駆け出した。
「あっ」
俺が駆け出すと同時に、エントランスから一条さんが出てきた。Tシャツにデニム。引っ越し作業の途中らしく、軍手をしている。
元気そうな姿に一瞬ホッとするが、そんな場合ではない。
彼女は道端に突っ立っている俺に気付き、近づいてきた。
「東松さん、どうしてここに?」
「来ちゃダメです」
「えっ……」
一条さんがそばまで来て、ぴたりと止まる。俺の背後に目をやり、顔をこわばらせた。
まさかと思い、後ろを振り向いた。公園に横付けされたワンボックスから古池が降りていた。手錠をかけられた姿で、真っ直ぐにこちらを見ている。
「ハル!」
水樹が走って来て、一条さんを背中に隠した。
「ハル、部屋に戻るんだ」
「……」
一条さんはだが、足がすくんで動けない。古池は彼女を殺そうとした男だ。恐怖で固まる彼女に代わり、水樹が対峙した。
それは数秒のできごと。
古池の恨めしげな目つきは、尋常ではなかった。そして、奴を睨み返す水樹の目も、ゾッとするほど冷酷な色をしている。
捜査員がブルーシートで古池を囲み、視線が遮断された。
俺は我に返り、二人と向き合う。口を切ったのは水樹だった。
「被疑者を連れての実況見分か。なぜ教えてくれなかった」
「……」
いつもの水樹ではない。怒りをあらわに、唇を震わせている。
「あんたたち警察は、やるべきことをやらない。悪人の味方なのか」
「申しわけありません」
言いわけできなかった。古池と一条さんを遭遇させるなど、とんでもない失敗だ。何と言われても詫びるほかない。
拳を握りしめ、これ以上ないほど後悔した。
「ハルに、もしものことがあったら……」
水樹の言葉が途切れた。
様子がおかしい。顔色が青く、呼吸が短くて荒い。
「水樹……」
「智哉さん、しっかり!」
ふらついた水樹を、俺よりも早く一条さんが支えた。さっきまで怯えていたのに、地面に足を踏ん張り恋人を守っている。
「東松さん、ごめんなさい。もう大丈夫です。あなたのせいじゃないし、ご存知のとおり、私はそんなに弱くありませんから」
「一条さん……」
彼女らしい気丈なセリフだが、声がうわずっている。いくら強い人間でも、ダメージの連続に耐え切れるものではない。
俺は上長の許可を取り、水樹に肩を貸して部屋まで送った。彼は拒絶せず、ぐったりと身を任せた。
この男、意外と筋肉質で体幹も強そうだが、どこか脆さを感じさせる。肉体ではなく感受性だろうか。
一条さんと反対のタイプだと、ふと思った。
実況見分は1、2時間の予定だが、なるべく速やかに終わらせる。ぐずぐずすれば野次馬が増えて、ろくなことにならない。
「曇ってきたな」
空がどんよりしてきた。また雨が降るのだろうか。
「いいかげん雨にはうんざりだ……ん?」
アパートの横に引越し会社のトラックと、一台のバンが止まっている。こんな時期に引越しかと思いながらバンの車体を見て、ハッとした。
靴専門店~DEMAIN~
「ドゥマン……あれは、水樹の店の?」
なぜこんなところに店の車がある。俺は考える前に507号室のベランダを見上げた。
窓が開いている。
「まずいぞ」
水樹がアパートに来ている。もちろん一条さんも一緒だろう。なんでよりによって今日、この時に!
「どうしたの、東松。始まるよ」
「瀬戸さん、ちょっと待ってください。水樹と一条さんがアパートにいます」
「ええっ?」
瀬戸さんにドゥマンの車を教えると、ぎょっとした。
「古池に気付かれたら面倒だわ。一条さんたちに、外に出ないよう伝えてきて」
「分かりました」
引越し会社のトラックはバンと連なっている。引っ越すのは一条さんだろう。ということは、メゾン城田を完全に退去するのだ。
今日だと知っていたら、公園に近寄らないよう忠告できたのに。イージーミスを悔やみつつ、アパートへ駆け出した。
「あっ」
俺が駆け出すと同時に、エントランスから一条さんが出てきた。Tシャツにデニム。引っ越し作業の途中らしく、軍手をしている。
元気そうな姿に一瞬ホッとするが、そんな場合ではない。
彼女は道端に突っ立っている俺に気付き、近づいてきた。
「東松さん、どうしてここに?」
「来ちゃダメです」
「えっ……」
一条さんがそばまで来て、ぴたりと止まる。俺の背後に目をやり、顔をこわばらせた。
まさかと思い、後ろを振り向いた。公園に横付けされたワンボックスから古池が降りていた。手錠をかけられた姿で、真っ直ぐにこちらを見ている。
「ハル!」
水樹が走って来て、一条さんを背中に隠した。
「ハル、部屋に戻るんだ」
「……」
一条さんはだが、足がすくんで動けない。古池は彼女を殺そうとした男だ。恐怖で固まる彼女に代わり、水樹が対峙した。
それは数秒のできごと。
古池の恨めしげな目つきは、尋常ではなかった。そして、奴を睨み返す水樹の目も、ゾッとするほど冷酷な色をしている。
捜査員がブルーシートで古池を囲み、視線が遮断された。
俺は我に返り、二人と向き合う。口を切ったのは水樹だった。
「被疑者を連れての実況見分か。なぜ教えてくれなかった」
「……」
いつもの水樹ではない。怒りをあらわに、唇を震わせている。
「あんたたち警察は、やるべきことをやらない。悪人の味方なのか」
「申しわけありません」
言いわけできなかった。古池と一条さんを遭遇させるなど、とんでもない失敗だ。何と言われても詫びるほかない。
拳を握りしめ、これ以上ないほど後悔した。
「ハルに、もしものことがあったら……」
水樹の言葉が途切れた。
様子がおかしい。顔色が青く、呼吸が短くて荒い。
「水樹……」
「智哉さん、しっかり!」
ふらついた水樹を、俺よりも早く一条さんが支えた。さっきまで怯えていたのに、地面に足を踏ん張り恋人を守っている。
「東松さん、ごめんなさい。もう大丈夫です。あなたのせいじゃないし、ご存知のとおり、私はそんなに弱くありませんから」
「一条さん……」
彼女らしい気丈なセリフだが、声がうわずっている。いくら強い人間でも、ダメージの連続に耐え切れるものではない。
俺は上長の許可を取り、水樹に肩を貸して部屋まで送った。彼は拒絶せず、ぐったりと身を任せた。
この男、意外と筋肉質で体幹も強そうだが、どこか脆さを感じさせる。肉体ではなく感受性だろうか。
一条さんと反対のタイプだと、ふと思った。
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