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正義の使者〈3〉
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古池保は殺人、その他複数の犯行について容疑を認めた。中園真弓も犯人蔵匿の他、脅迫、殺人未遂など共犯の実行犯として検察に送致されることとなった。
二人は反省の色もなく、開き直っている。裁判ではともに厳しい判決が下るだろう。特に古池は、殺したのは土屋一人だが、身勝手な犯行動機と残虐性から極刑もあり得る。
いずれにしろ、彼らの人生は終わったと言って良い。
「東松、準備できた?」
「はい、瀬戸さん」
水曜日の午前中。
これから実況見分が行われる。昨日の午後に行う予定だったが、雷雨のため一日延びたのだ。
「今年は雨に振り回されるわね」
「まったくです」
瀬戸さんと警察車両に乗り込み、前を行くワンボックスのあとに続く。あの中には手錠を掛けられ、腰縄を打たれた古池が乗っている。
左右を固める警察官に余計な口を利いて注意される姿が目に浮かんだ。
古池は取調官に自分の犯行をペラペラと喋った。それも得意げに。父親が寄越した顧問弁護士に不利な供述をしないよう注意されただろうに、それも無視してのことだ。
結局、指名手配から逃げきれず、一条さんへの復讐も不発に終わったが、もうどうでもいいらしい。
そもそもあの男は、まっとうな生き方をしていない。世間に顔と名前、あらゆる悪行が晒されて、開き直った感じだ。
「サイコパスでしょうか」
「そうね。犠牲になった土屋真帆や山賀小百合に対して、罪悪感のかけらもない」
古池は土屋殺しについて殺意を認めている。
もとより殺意については強力な証拠が上がっていた。それは土屋が殺された当夜、彼女のポケットから見つかったものだ。
古池との会話が録音されたボイスレコーダーである。
そこには古池と土屋の不倫関係、DV、殺意、脅し――様々な証拠が言い争いとなって記録されている。
レコーダーは土屋が言質を取るために用意したのだろう。古池はそんな証拠があるとは露知らず、土屋のスマートフォンだけを物理的に破壊して逃げた。そのスマートフォンも鑑識によってデータが復元されたのだが。
古池保という男は、実にお粗末なやつだ。
「録音されてたのよね。古池の声がしっかりと」
「はい」
――お前なんか死ね、死んじまえ!
土屋が妊娠をほのめかし、奥さんに言いつけてやると叫んだ直後だった。
レコーダーには二人の会話が最初から最後まで録音されており、解析によってかなり具体的な状況が分かっている。
今日の引き当たりは、それを古池自身に説明させるものだ。
「レーコーダーだけで殺害の経緯が説明できそうですが」
「証拠は多いほうがいいわよ。防犯カメラの映像とかね……」
瀬戸さんが俺をちらりと見た。水樹の話である。
「昨日、冬月書店に行ったんでしょ?」
「はい。一条さんとスタッフの話を聞きに。でも店は臨時休業の張り紙が出て、一条さんにも会えませんでした」
「そうなの?」
地方書店の人間模様から派生した殺人事件と逮捕劇は、メディアの餌食となった。駅ビル周辺は動画サイトやワイドショーの取材カメラが押しかけて大変な騒ぎだった。
留守番のスタッフによると、臨時休業は本部の指示だと言う。古池の事件に深く関わってしまった一条さんは出勤停止だ。
会社としては、マスコミに余計なことを漏らされないための処分で、リスク回避のつもりだ。
しかし、書店のイメージは既に地の底まで落ちている。今さら何をやっても挽回不可能であり、冬月書店本町駅店は近々閉店するだろう。
「一条さんの携帯にかけたんですが、通じなくて。ちなみに水樹のほうも昨日今日と店を休んでいます。マンションにはいるようですが」
「……そう」
二人はあれからどうなったのだろう。話し合ったのか、それとも仲違いしたのか。
気になるが、深追いはしない。書店のスタッフとは連絡を取り合っているようだし、一条さんが無事ならそれでいい。
現時点で聴けることはスタッフからの情報で足りたし、中園が映っているカメラ映像も提出してもらった。
何より、彼女と水樹の関係について、俺はどうこう言える立場じゃない。
「一条さんは古池の裁判で証言台に立つことになる。水樹が逮捕されたら、今度は参考人として事情聴取が必要だわ」
「ええ」
それを報せるのは俺の役目だ。気が重いが、誰かに譲るつもりもない。
メゾン城田が見えてきた。もうすぐ現場に着く。
(今は目の前の仕事に集中しよう)
瀬戸さんも喋るのをやめて、前を向いた。
二人は反省の色もなく、開き直っている。裁判ではともに厳しい判決が下るだろう。特に古池は、殺したのは土屋一人だが、身勝手な犯行動機と残虐性から極刑もあり得る。
いずれにしろ、彼らの人生は終わったと言って良い。
「東松、準備できた?」
「はい、瀬戸さん」
水曜日の午前中。
これから実況見分が行われる。昨日の午後に行う予定だったが、雷雨のため一日延びたのだ。
「今年は雨に振り回されるわね」
「まったくです」
瀬戸さんと警察車両に乗り込み、前を行くワンボックスのあとに続く。あの中には手錠を掛けられ、腰縄を打たれた古池が乗っている。
左右を固める警察官に余計な口を利いて注意される姿が目に浮かんだ。
古池は取調官に自分の犯行をペラペラと喋った。それも得意げに。父親が寄越した顧問弁護士に不利な供述をしないよう注意されただろうに、それも無視してのことだ。
結局、指名手配から逃げきれず、一条さんへの復讐も不発に終わったが、もうどうでもいいらしい。
そもそもあの男は、まっとうな生き方をしていない。世間に顔と名前、あらゆる悪行が晒されて、開き直った感じだ。
「サイコパスでしょうか」
「そうね。犠牲になった土屋真帆や山賀小百合に対して、罪悪感のかけらもない」
古池は土屋殺しについて殺意を認めている。
もとより殺意については強力な証拠が上がっていた。それは土屋が殺された当夜、彼女のポケットから見つかったものだ。
古池との会話が録音されたボイスレコーダーである。
そこには古池と土屋の不倫関係、DV、殺意、脅し――様々な証拠が言い争いとなって記録されている。
レコーダーは土屋が言質を取るために用意したのだろう。古池はそんな証拠があるとは露知らず、土屋のスマートフォンだけを物理的に破壊して逃げた。そのスマートフォンも鑑識によってデータが復元されたのだが。
古池保という男は、実にお粗末なやつだ。
「録音されてたのよね。古池の声がしっかりと」
「はい」
――お前なんか死ね、死んじまえ!
土屋が妊娠をほのめかし、奥さんに言いつけてやると叫んだ直後だった。
レコーダーには二人の会話が最初から最後まで録音されており、解析によってかなり具体的な状況が分かっている。
今日の引き当たりは、それを古池自身に説明させるものだ。
「レーコーダーだけで殺害の経緯が説明できそうですが」
「証拠は多いほうがいいわよ。防犯カメラの映像とかね……」
瀬戸さんが俺をちらりと見た。水樹の話である。
「昨日、冬月書店に行ったんでしょ?」
「はい。一条さんとスタッフの話を聞きに。でも店は臨時休業の張り紙が出て、一条さんにも会えませんでした」
「そうなの?」
地方書店の人間模様から派生した殺人事件と逮捕劇は、メディアの餌食となった。駅ビル周辺は動画サイトやワイドショーの取材カメラが押しかけて大変な騒ぎだった。
留守番のスタッフによると、臨時休業は本部の指示だと言う。古池の事件に深く関わってしまった一条さんは出勤停止だ。
会社としては、マスコミに余計なことを漏らされないための処分で、リスク回避のつもりだ。
しかし、書店のイメージは既に地の底まで落ちている。今さら何をやっても挽回不可能であり、冬月書店本町駅店は近々閉店するだろう。
「一条さんの携帯にかけたんですが、通じなくて。ちなみに水樹のほうも昨日今日と店を休んでいます。マンションにはいるようですが」
「……そう」
二人はあれからどうなったのだろう。話し合ったのか、それとも仲違いしたのか。
気になるが、深追いはしない。書店のスタッフとは連絡を取り合っているようだし、一条さんが無事ならそれでいい。
現時点で聴けることはスタッフからの情報で足りたし、中園が映っているカメラ映像も提出してもらった。
何より、彼女と水樹の関係について、俺はどうこう言える立場じゃない。
「一条さんは古池の裁判で証言台に立つことになる。水樹が逮捕されたら、今度は参考人として事情聴取が必要だわ」
「ええ」
それを報せるのは俺の役目だ。気が重いが、誰かに譲るつもりもない。
メゾン城田が見えてきた。もうすぐ現場に着く。
(今は目の前の仕事に集中しよう)
瀬戸さんも喋るのをやめて、前を向いた。
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