恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈3〉

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『真弓に指示しました。一条春菜という女を襲えと。真弓はあの女と何の関わりもない人間だし、警察からもノーマーク。簡単に近づけるでしょう?』


中園はしかし慎重だった。なるべく目立たない格好で冬月書店まで出向き、「一条春菜」を狙った。顔や髪型、背格好など、古池から特徴を聞いている。背筋の伸びた美人だからすぐに分かると言われた。

しかし何度か足を運んだが、一条春菜らしき女がなかなか見当たらない。焦って挙動不審になり、店員に声をかけられたりした。

本町駅は警察官の姿が多い。私服警官も張り込んでいるだろうと古池が言っていた。早くしなければ、今度は警察に怪しまれてしまう。

中園はビルの通用口が見えるファーストフード店に入り、出入りする人間をチェックした。そして、古池から聞いた人相や背格好をヒントに、一条春菜と思われる女をついにとらえたのだ。

リュックに仕込んだカメラで撮影し、一旦アパートに戻って小池に確認した。距離があるので少々ピンボケだが、小池がそうだと言うので間違いない。

あとをつけて、人気のない場所で襲撃することに決めた。

ところが、一条春菜にはボディガードみたいな男が張り付いている。どうやら恋人らしく、かなりの美男子だ。

仕事のできる美人がイケメンと寄り添う姿を見て、中園は腹が立った。タモツをあんな目に遭わせておいて、いい気なもんだ。イケメンが離れた隙を見て、絶対にやってやる。


チャンスはすぐに来た。


朝、中園がファーストフード店から通勤客を眺めていると一条春菜がイケメンと一緒に歩いてくるのが見えた。

今日の一条春菜は髪をアップにし、真っ白なジャケットを着ている。ハイブランドの新作ジャケットだ。中園は妬ましくなり、唇を噛んだ。

中園は一旦駅を離れ、一条春菜が退勤する頃合いを見計らって、再びファーストフード店で待機した。


午後9時43分。
一条春菜が通用口から出てきた。

朝と同じように白いジャケットを着て、髪型もアップスタイル。一人きりで歩いていく。なぜかうつむきかげんで、急ぎ足だ。

イケメンと喧嘩でもしたのかしら。どっちにしても大チャンスだ。

中園は店を出て、あとを追った。その女が一条春菜ではなく、山賀小百合だとは知りもせず。



『別人だったなんてさ、ビックリだよ。わけがわかんない。て言うか、ミッション成功して逃げようとしたら通行人に捕まっちゃうし』


最後の最後で中園は慎重さを欠いた。歩道橋の階段から突き落とすという派手なやり方は失敗だった。


『悔しいっ! 人生逆転の大チャンスだったのに。誰なのよ私を嵌めたヤツは。替え玉なんか使いやがって!』


取調官は疑問に思う。いくら古池にほだされたからと言って、殺人というハイリスクな指示を実行するだろうか。

人を殺して人生逆転とは、どういう意味なのか。

古池担当の取調官も違和感を覚え、その疑問を当人に向けた。



古池は前のめりになり、自慢話でもするかのように供述した。


『真弓は最初、拒みましたよ。さすがにヤバいことはできないってね。だが、カネの話をしたら態度を変えた』

『金?』

『ええ、報酬です。私にはそれなりのものを用意するあてがありましたんで』


取調官は内心首を傾げる。古池の口座が動いたという情報はない。

どこに金を隠していたのだ。それとも換金するブツでも持っていたのか。取調官が黙っていると、古池が焦れたように告げた。


『土屋の前に付き合っていた女です』


その女については警察も把握済みだった。逃亡犯が昔の女を頼る例は少なくない。

西岡(旧姓・青山)芳子。

冬月書店の元社員。古池と不倫していたが、彼が土屋に乗り換えたため捨てられ、居づらくなって退職。その後、再就職先で出会った男性と結婚し、現在は隣県に住んでいる。

彼女は訪ねていった刑事に、『連絡なんてないです。私はもう古池さんとは一切関係ありません』と、迷惑そうに答えた。

夫や家族に過去を知られたくないのだろう。それに、彼女のお腹には子どもがいる。好き好んで指名手配犯、それも過去に自分を捨てた男と関わるわけがない。

だが警察は一応、彼女を張り込んでいた。接触の可能性はゼロに近いという前提で。

油断があったかもしれない。


『西岡芳子とどうやって連絡を取った?』

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