恋の記録

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
152 / 236
正義の使者〈3〉

しおりを挟む
「任意提出させたって言うより、ほとんど脅迫だったよな、東松」

「人聞きの悪いことを言うな」


一条さんから情報を得た俺は、路駐していたという車のナンバー『・810』を照会し、その所有者である臼井を突き留めた。

奴の自宅を訪ねたのは、路上駐車を咎めるのではなく、ドラレコのデータがあれば借りたいと頼むためだった。

ところが臼井は、俺が警察バッジを見せて、「ドライブレコーダーについてお話があります」と切り出したとたん、勝手にしたのだ。


『すみません! 個人的に楽しむつもりでやりました。ネットに流したりとか、どっかに売るとか、まったく考えにありませんので。信じてください!』


臼井は俺の顔が怖かったらしい。

そもそも後ろ暗いところがあるから、警察が来ただけでビビり上り、迷惑行為を白状したわけだ。

そして自らドライブレコーダーのデータを提出した。決して俺が脅したのではない。


「コワモテで良かったな。あいつ、殺されそうな顔してたぜ……ぷぷっ」

「うるせえ」


臼井宅には服部が同行した。奴の自供をすぐに飲み込み、あたかもその件で訪ねた風を装ったのはこいつだ。


「『あなたの行為は迷惑行為防止条例違反の疑いがあります。署にご同行願えませんか』……なんて、真面目くさって言えるお前には感心したぜ」

「はははっ。俺が一緒で良かったな。今度から俺を相棒にしろよ。最強のバディだ」


すぐに調子に乗る。面白いやつだが、いつまでも喋っていられない。

俺は書類を保存してから、捜査本部に設置された映像解析班の持ち場へと急いだ。




「悪い、遅くなった」

「東松さん、お待ちしていました」


映像解析班の牧村まきむらがモニターをチェックしながら声を返した。いつも冷静な男だが、いつになく口調が弾んでいる。


「何か写ってたらしいな」

「ええ」

「古池の犯行現場か」

「いいえ、それはまったく。犯行時は駐車していなかったようです」

「何だって?」

「その代わり……」


周りが騒がしくてよく聞こえない。犯人逮捕で活気づく捜査本部は、祭りのようだ。

牧村はキーボードを操作し、ファイルを呼び出す。


「今回の件じゃないです。僕も忙しいので、さっさとやりますよ」

「ああ」


促されて、牧村の隣に座った。

今回の件じゃない。まさか――と、俺はある期待に胸が高鳴るのを感じる。


「東松さんが水野係長と組んで再捜査している、あの件です」

「……」


思わず息を呑んだ。


「鳥宮の件か。どういうことだ」

「顔、怖いですよ」


前のめりになる俺を左手で制す。この男は二年後輩だが、誰に対してもフラットで、口の利き方も遠慮がない。

だが解析の腕は確かだ。


「僕もあの件は気になっていました。東松さんは後でいいと仰いましたが、ついでにざっと確認したんです」

「そうか、さすが牧村だ。それで?」

「百聞は一見に如かず。まずはご覧ください」


4月8日 月曜日 

夜の画面だ。時刻は午後10時30分を過ぎたところ。

カメラは公園の中を映している。夜間でもきれいに撮影できる高性能のドライブレコーダーだ。

雨が降って見通しが悪いが、この画質ならもし人が映ってもじゅうぶん解析できるだろう。人妻に執着する臼井のこだわりに呆れながらも、感謝する。

俺は瞬きもせず画面に見入った。


「……あっ」


人が入ってきた。遊具に似つかわしくない大人が二人。ジャンパーを着た大柄な男と、スーツ姿のスマートな男。傘を差しているので顔が分からないが、まず間違いない。俺は胸を押さえた。

二人は何か話している。時々、同じ方向へ視線を向けて。視線の先はメゾン城田の建物だ。

スマートな男が懐から何か取り出し、大柄な男に渡した。取り出したのは財布で、渡したのはおそらく現金だ。スマートな男が手袋をしていないのを記憶に留める。

5分ほど話し込んだあと、大柄な男がぺこぺこと頭を下げ、スマートな男が軽く手を上げて引き揚げる。その間際、二人とも辺りを窺うようにした。傘の下から顔が覗く。

牧村が解析処理し、鮮明化した。


「やったぞ、牧村!」


有能な後輩の背を、褒めるつもりでぱしっと叩いた。力が入りすぎたようで、牧村が小さな悲鳴を上げる。


「ちょっと、東松さん。手かげんしてくださいよ」

「悪い悪い。でも本当に、よくやってくれた。こんな形で確認できるとは」

「この人たち、まさかドラレコが公園の中を映しているとは思わなかったでしょうね」

「ああ、ラッキーだ。いくつもの偶然が重なって、この証拠を得ることができた……」


古池の逮捕より、ずっと興奮した。これが欲しかったんだと、大声で叫びたくなる。


「とりあえずプリントしてくれ」

「もうできてます」


牧村の有能ぶりに舌を巻きつつ、差し出されたプリントを確かめる。

鳥宮優一朗と水樹智哉の姿が、はっきりと写っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

処理中です...