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正義の使者〈3〉
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「任意提出させたって言うより、ほとんど脅迫だったよな、東松」
「人聞きの悪いことを言うな」
一条さんから情報を得た俺は、路駐していたという車のナンバー『・810』を照会し、その所有者である臼井を突き留めた。
奴の自宅を訪ねたのは、路上駐車を咎めるのではなく、ドラレコのデータがあれば借りたいと頼むためだった。
ところが臼井は、俺が警察バッジを見せて、「ドライブレコーダーについてお話があります」と切り出したとたん、勝手に観念したのだ。
『すみません! 個人的に楽しむつもりでやりました。ネットに流したりとか、どっかに売るとか、まったく考えにありませんので。信じてください!』
臼井は俺の顔が怖かったらしい。
そもそも後ろ暗いところがあるから、警察が来ただけでビビり上り、迷惑行為を白状したわけだ。
そして自らドライブレコーダーのデータを提出した。決して俺が脅したのではない。
「コワモテで良かったな。あいつ、殺されそうな顔してたぜ……ぷぷっ」
「うるせえ」
臼井宅には服部が同行した。奴の自供をすぐに飲み込み、あたかもその件で訪ねた風を装ったのはこいつだ。
「『あなたの行為は迷惑行為防止条例違反の疑いがあります。署にご同行願えませんか』……なんて、真面目くさって言えるお前には感心したぜ」
「はははっ。俺が一緒で良かったな。今度から俺を相棒にしろよ。最強のバディだ」
すぐに調子に乗る。面白いやつだが、いつまでも喋っていられない。
俺は書類を保存してから、捜査本部に設置された映像解析班の持ち場へと急いだ。
「悪い、遅くなった」
「東松さん、お待ちしていました」
映像解析班の牧村がモニターをチェックしながら声を返した。いつも冷静な男だが、いつになく口調が弾んでいる。
「何か写ってたらしいな」
「ええ」
「古池の犯行現場か」
「いいえ、それはまったく。犯行時は駐車していなかったようです」
「何だって?」
「その代わり……」
周りが騒がしくてよく聞こえない。犯人逮捕で活気づく捜査本部は、祭りのようだ。
牧村はキーボードを操作し、ファイルを呼び出す。
「今回の件じゃないです。僕も忙しいので、さっさとやりますよ」
「ああ」
促されて、牧村の隣に座った。
今回の件じゃない。まさか――と、俺はある期待に胸が高鳴るのを感じる。
「東松さんが水野係長と組んで再捜査している、あの件です」
「……」
思わず息を呑んだ。
「鳥宮の件か。どういうことだ」
「顔、怖いですよ」
前のめりになる俺を左手で制す。この男は二年後輩だが、誰に対してもフラットで、口の利き方も遠慮がない。
だが解析の腕は確かだ。
「僕もあの件は気になっていました。東松さんは後でいいと仰いましたが、ついでにざっと確認したんです」
「そうか、さすが牧村だ。それで?」
「百聞は一見に如かず。まずはご覧ください」
4月8日 月曜日
夜の画面だ。時刻は午後10時30分を過ぎたところ。
カメラは公園の中を映している。夜間でもきれいに撮影できる高性能のドライブレコーダーだ。
雨が降って見通しが悪いが、この画質ならもし人が映ってもじゅうぶん解析できるだろう。人妻に執着する臼井のこだわりに呆れながらも、感謝する。
俺は瞬きもせず画面に見入った。
「……あっ」
人が入ってきた。遊具に似つかわしくない大人が二人。ジャンパーを着た大柄な男と、スーツ姿のスマートな男。傘を差しているので顔が分からないが、まず間違いない。俺は胸を押さえた。
二人は何か話している。時々、同じ方向へ視線を向けて。視線の先はメゾン城田の建物だ。
スマートな男が懐から何か取り出し、大柄な男に渡した。取り出したのは財布で、渡したのはおそらく現金だ。スマートな男が手袋をしていないのを記憶に留める。
5分ほど話し込んだあと、大柄な男がぺこぺこと頭を下げ、スマートな男が軽く手を上げて引き揚げる。その間際、二人とも辺りを窺うようにした。傘の下から顔が覗く。
牧村が解析処理し、鮮明化した。
「やったぞ、牧村!」
有能な後輩の背を、褒めるつもりでぱしっと叩いた。力が入りすぎたようで、牧村が小さな悲鳴を上げる。
「ちょっと、東松さん。手かげんしてくださいよ」
「悪い悪い。でも本当に、よくやってくれた。こんな形で確認できるとは」
「この人たち、まさかドラレコが公園の中を映しているとは思わなかったでしょうね」
「ああ、ラッキーだ。いくつもの偶然が重なって、この証拠を得ることができた……」
古池の逮捕より、ずっと興奮した。これが欲しかったんだと、大声で叫びたくなる。
「とりあえずプリントしてくれ」
「もうできてます」
牧村の有能ぶりに舌を巻きつつ、差し出されたプリントを確かめる。
鳥宮優一朗と水樹智哉の姿が、はっきりと写っていた。
「人聞きの悪いことを言うな」
一条さんから情報を得た俺は、路駐していたという車のナンバー『・810』を照会し、その所有者である臼井を突き留めた。
奴の自宅を訪ねたのは、路上駐車を咎めるのではなく、ドラレコのデータがあれば借りたいと頼むためだった。
ところが臼井は、俺が警察バッジを見せて、「ドライブレコーダーについてお話があります」と切り出したとたん、勝手に観念したのだ。
『すみません! 個人的に楽しむつもりでやりました。ネットに流したりとか、どっかに売るとか、まったく考えにありませんので。信じてください!』
臼井は俺の顔が怖かったらしい。
そもそも後ろ暗いところがあるから、警察が来ただけでビビり上り、迷惑行為を白状したわけだ。
そして自らドライブレコーダーのデータを提出した。決して俺が脅したのではない。
「コワモテで良かったな。あいつ、殺されそうな顔してたぜ……ぷぷっ」
「うるせえ」
臼井宅には服部が同行した。奴の自供をすぐに飲み込み、あたかもその件で訪ねた風を装ったのはこいつだ。
「『あなたの行為は迷惑行為防止条例違反の疑いがあります。署にご同行願えませんか』……なんて、真面目くさって言えるお前には感心したぜ」
「はははっ。俺が一緒で良かったな。今度から俺を相棒にしろよ。最強のバディだ」
すぐに調子に乗る。面白いやつだが、いつまでも喋っていられない。
俺は書類を保存してから、捜査本部に設置された映像解析班の持ち場へと急いだ。
「悪い、遅くなった」
「東松さん、お待ちしていました」
映像解析班の牧村がモニターをチェックしながら声を返した。いつも冷静な男だが、いつになく口調が弾んでいる。
「何か写ってたらしいな」
「ええ」
「古池の犯行現場か」
「いいえ、それはまったく。犯行時は駐車していなかったようです」
「何だって?」
「その代わり……」
周りが騒がしくてよく聞こえない。犯人逮捕で活気づく捜査本部は、祭りのようだ。
牧村はキーボードを操作し、ファイルを呼び出す。
「今回の件じゃないです。僕も忙しいので、さっさとやりますよ」
「ああ」
促されて、牧村の隣に座った。
今回の件じゃない。まさか――と、俺はある期待に胸が高鳴るのを感じる。
「東松さんが水野係長と組んで再捜査している、あの件です」
「……」
思わず息を呑んだ。
「鳥宮の件か。どういうことだ」
「顔、怖いですよ」
前のめりになる俺を左手で制す。この男は二年後輩だが、誰に対してもフラットで、口の利き方も遠慮がない。
だが解析の腕は確かだ。
「僕もあの件は気になっていました。東松さんは後でいいと仰いましたが、ついでにざっと確認したんです」
「そうか、さすが牧村だ。それで?」
「百聞は一見に如かず。まずはご覧ください」
4月8日 月曜日
夜の画面だ。時刻は午後10時30分を過ぎたところ。
カメラは公園の中を映している。夜間でもきれいに撮影できる高性能のドライブレコーダーだ。
雨が降って見通しが悪いが、この画質ならもし人が映ってもじゅうぶん解析できるだろう。人妻に執着する臼井のこだわりに呆れながらも、感謝する。
俺は瞬きもせず画面に見入った。
「……あっ」
人が入ってきた。遊具に似つかわしくない大人が二人。ジャンパーを着た大柄な男と、スーツ姿のスマートな男。傘を差しているので顔が分からないが、まず間違いない。俺は胸を押さえた。
二人は何か話している。時々、同じ方向へ視線を向けて。視線の先はメゾン城田の建物だ。
スマートな男が懐から何か取り出し、大柄な男に渡した。取り出したのは財布で、渡したのはおそらく現金だ。スマートな男が手袋をしていないのを記憶に留める。
5分ほど話し込んだあと、大柄な男がぺこぺこと頭を下げ、スマートな男が軽く手を上げて引き揚げる。その間際、二人とも辺りを窺うようにした。傘の下から顔が覗く。
牧村が解析処理し、鮮明化した。
「やったぞ、牧村!」
有能な後輩の背を、褒めるつもりでぱしっと叩いた。力が入りすぎたようで、牧村が小さな悲鳴を上げる。
「ちょっと、東松さん。手かげんしてくださいよ」
「悪い悪い。でも本当に、よくやってくれた。こんな形で確認できるとは」
「この人たち、まさかドラレコが公園の中を映しているとは思わなかったでしょうね」
「ああ、ラッキーだ。いくつもの偶然が重なって、この証拠を得ることができた……」
古池の逮捕より、ずっと興奮した。これが欲しかったんだと、大声で叫びたくなる。
「とりあえずプリントしてくれ」
「もうできてます」
牧村の有能ぶりに舌を巻きつつ、差し出されたプリントを確かめる。
鳥宮優一朗と水樹智哉の姿が、はっきりと写っていた。
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