恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈3〉

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水樹のマンションを出たあと、俺と瀬戸さんは無言で車に乗り込み緑署へと向かった。

瀬戸さんが口を切ったのは駐車場に車を入れてエンジンを止めてから。低い声だった。


「あんたが感情的になってどうすんのよ」


水樹に対して俺が取った行動を責めている。当然の叱責だ。


「すみません」

「刑事としての正義感? それとも私情?」

「……」


分からない。いや、どちらも当たっている。だがそんな中途半端な返事をすれば、この人をますます失望させるだろう。


「東松」

「……」


ため息が聞こえた。何も言えない俺に呆れたのだ。


「もういいよ。あんたが後悔してるのは分かってるし、同じ失敗を繰り返すやつじゃない。私も人のこと言えないし」

「えっ?」

「何でもない。行くよ」


車を降りて、さっさと歩いて行く。俺も急いで後に続いた。


「さあ、これから大忙しよ。取り調べに実況見分、捜査書類の作成。がっつり証拠を揃えて、古池を送検しなくちゃ。山賀さんの事件も繋がってるし、やることは山ほどあるわ」

「はい」


瀬戸さんは既に切り替えている。大股で歩く姿が、こうでなくては仕事が進まないと教えていた。


「管理官への報告は私がする。東松は他の仕事を片付けなさい」

「分かりました」


署内は騒然として、誰もが忙しなく動き回っている。だが、どの顔も生気みなぎり、良い意味での緊張感があった。

捜査本部が目指すのは犯人逮捕。皆、この日のために全精力を傾けてきたのだ。




「よっしゃ、まずは調書の作成だ」


俺も少し興奮気味に、今日行った事情聴取の書類をまとめ上げた。

古池の事件にはもう一つの犯罪が絡んでいる。それは、古池を匿っていた女、中園なかぞの真弓まゆみによる山賀小百合襲撃事件。二つの捜査を同時に行ったので、仕事量が倍に増えてしまった。

ただ、俺一人で捜査したわけじゃないので、偉そうに文句は言えない。例えば、山賀さんの件で一条春菜を聴取したのは瀬戸さんだ。その書類は彼女が担当する。


「一条さん、泣いてたな」


気丈なはずの彼女が涙を見せた。泣かせたのは水樹だ。


――僕は何の罪に問われるのかな。


またしても怒りがこみ上げるが、コントロールした。感情的になったら負けだ。

水樹智哉。あの男はどういうわけか警察を嫌っている。言うこと為すこと挑発的で、しかもどこか小馬鹿にした態度だ。


「警察官に恨みでもあるのか……?」


とにかく挑発に乗ってはいけない。暴力警官だのと訴えられたら捜査ができなくなる。あの男には、まだ用があるのだ。


「東松、映像解析班から伝言だ。例のドラレコについて話があるってさ」


いつの間にか、パソコンの向こうに同僚が立っていた。伝言と一緒にコンビニ袋を投げてよこす。


「飯ぐらいちゃんと食えよ」

「おう、服部はっとり。サンキュー」


俺は一旦パソコン作業を終わらせて握り飯を食べた。そういえば腹がぺこぺこだ。


「ドラレコに何か写ってたみたいだぞ」

「そうか。すぐに行くよ」

「古池の犯行現場かな。証拠は揃ってるけど、映像データがあればダメ押しになる」


服部は同期の刑事だ。鳥宮のサンダル『ロバストバーグ』について蘊蓄を垂れた、ブランド好きの男である。性格は軽めだが、流行やネット情報に詳しいので、案外頼りになる。


「しかし、あの男のコレクションはすごいな。隠し撮りなんて最低だけどさ」

「ああ。何が楽しいのか理解不能だ」


作日、捜査本部にドライブレコーダーのデータ提出があった。

提出したのは、公園近くの大学に勤める31歳の事務職員。臼井うすいという男。一条さんが記憶していたナンバープレートを付けた、黒の軽自動車の所有者である。


「公園の横に路上駐車して、カメラを回してたんだろ? 子連れの若い母親を撮影するために」

「ああ。曜日と時間帯はまちまちだが、常時録画方式で延々と。そのデータを全部SDカードに保存してコレクションしていた。あの量はハンパじゃない」


公園というのはもちろん、古池が事件を起こした現場だ。メゾン城田前にある小さな公園には、子どもを遊ばせる若い母親の姿がたびたび見られた。

臼井は、その母親たちを隠し撮りしたデータを集め、楽しんでいた。

彼の行いは立派な犯罪行為。県の迷惑行為防止条例違反である。
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