恋の記録

藤谷 郁

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身代わり

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「一条さん、大丈夫ですか」


私はたぶん、青ざめている。

襲われたのは山賀さん。だけど、大怪我をしてICUで生死の境をさまようのは私のはずだった。

それを回避させたのは――智哉さんだ。

瀬戸さんはパソコンを閉じて、私の背中を撫でさすった。怖くて、つらくて、信じられなくて、押しつぶされそうな心を励ますように。


「すみません、大丈夫です……」


一体、何がどうなっているのか。思えば転勤してからこっち、おかしなことばかり起きる。そう、私の日常は恐ろしいできごとの連続だ。奇怪と言ってもいい。

そんな私をいつも支えてくれたのは智哉さん、あなたでした。あなただけが希望の光であり、拠りどころだった。

なのに……


「一条さん。水樹さんはいつもあなたを守ろうとする、そう仰いましたね」

「はい」

「見返りを求めない、無償の愛だと」


うなずくほかない。確かにそのとおりだから。


「今回も、一条さんに近づく加害者の存在に気づき、先手を打ったのでしょう。あなたに迫る危険を警察も予想できなかった。それを見事に回避したのは愛情ゆえ」

「……」


いつもの私なら赤面するだろう。だけど、その愛情は私が求めるものと違う。もしも本当に、山賀さんを身代わりに仕立てたのなら。


「智哉さんに確かめたいです。私は、山賀さんを犠牲にしてまで守られたくないし、そんなの耐えられない」


瀬戸さんが同情の表情かおになるが、すぐに唇を引き締めた。


「水樹さんには我々も事情聴取します。その前に、加害者と同一人物と思われる『不審人物』について確認させてください」

「はい」


私は気を取り直し、背筋を伸ばした。すべてを明らかにするため、全力で警察に協力するのだ。

山賀さんのためにも。


「加害者の着衣は不審人物と一致しますが、人相はどうですか。マスクで顔が隠れた状態なので、別人の可能性も否定できません」

「人相……」


私はその女を直接見ていない。その代わり、売り場で女に声をかけたという薬丸君の言葉を伝えた。


「年齢は20代くらい。目がぱっちりと大きくて、睫毛がばさばさ……アイメイクが濃いってことかしら」

「ええ、たぶん。そのわりに地味な格好だから違和感があったみたいです」


瀬戸さんは納得した。不審人物イコール加害者で間違いなさそうだ。と言うより、ここまでは加害者の供述を裏付けるための確認だろう。私を襲おうとしたこと、冬月書店に出入りしたこと、すべて本人が吐いているはずだ。


「ご協力をありがとうございました……一条さん」


瀬戸さんがあらたまったように名前を呼んだ。


「はい」

「実は、今回の事件をきっかけに新たな展開がありまして、その報告をいたします」


新たな展開――

瀬戸さんの瞳が輝くのを見て、緊張を覚えた。


「加害者がなぜ一条さんを襲おうとしたのか、動機を全部聞き出しました。その結果、裏で糸を引く人物がいると分かったのです」

「えっ!?」


つまりあの女は実行犯で、私を殺そうと画策した人間が別にいるってことだ。

瀬戸さんは机に身を乗り出し、『新たな展開』について告げた。


「ついに……ようやく、逃亡犯を捕まえましたよ」




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