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身代わり
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夜の街をバックに歩道橋が映し出される。
時計は午後10時7分。山賀さんが退勤して20分後くらいの時間だ。
しばらくすると、向こうから白い人影が現れた。ゆっくりとした足取りで歩道橋を渡ってくる。
「えっ……」
思わず息を呑んだ。
白い人影は若い女性。おそらく山賀さんである。だけど、その姿は彼女のものではなかった。
「止めてくださいっ」
小さく叫ぶと、瀬戸さんがすぐに映像をストップさせた。私の驚きを予測したかのような素早い動作で。
「山賀さんの格好……これって、もしかして」
「ええ」
瀬戸さんはパソコンを操作し、山賀さんの姿を拡大した。
「一条さんと同じデザインのジャケットを着ています」
今私が身に着けるのと同じ、智哉さんがプレゼントしてくれた純白のジャケットだ。
「だから瀬戸さんも東松さんも、私の服を見て大げさに反応したんですね」
「そうです。お二人は顔立ちや雰囲気、特に背格好が似ている。同じ服を着れば驚くほど似た印象になると分かったのです。昼間ならともかく、夜目遠目では区別がつかないくらいに」
「……」
ある予感がしたが、無視した。
私はもう一度画面に見入る。他にも気づいたことがあった。
「山賀さん、髪をアップにしてます……私も今朝、アップスタイルで通勤しました」
「つまり彼女は、今日の一条さんそっくりの姿で帰宅したんですね」
「はい……いえ、でも彼女は」
帰宅したのではない。山賀さんは電車通勤だ。なぜこんなところを歩いていたのだろう。智哉さんと私が住むマンション近くの歩道橋を――
「まさか」
山賀さんは今日、母親からメールが来たと言って先に帰った。でもそんなメールはなかった。
「なぜあんな嘘を……どうして私たちのマンション近くにいたの。しかも智哉さんがプレゼントしたジャケット着て、髪型まで私と同じにして」
私の発言について、瀬戸さんが確認した。
「水樹さんは、あなたと山賀さんに同じジャケットをプレゼントしたのね」
「……あ」
歩道橋を歩く山賀さんの上に、智哉さんの微笑みが重なる。瀬戸さんの言葉を思い出す――彼が山賀さんに嘘をつかせたのではないか。
「智哉さんは、山賀さんを私の身代わりに?」
恐ろしい予感が当たった。
震える私に、瀬戸さんがしっかりと頷く。
「状況から察するに、彼女に頼んだのではないかと考えられます。あのジャケットを着て一条さんになりすまし、帰宅する振りをしてくれと。彼女は水樹さんに好意を抱いている。あなたの身代わりを喜んで引き受けたでしょうね」
頭を殴られたようなショック。私は混乱した。
どうして山賀さんを身代わりになんて! それに、どうして智哉さんは私が襲われると知っていたの?
加害者の狙いは私だった。なぜ、何のために。
「加害者は誰です。古池店長ですか!?」
「これから出てきます。まずは最後までご覧ください」
瀬戸さんが続きを再生する。私は混乱しながらも、画面にかじりついた。
山賀さんはゆっくりと歩き、階段の下り口まで来て立ち止まった。そのとき、別の人物が向こうから近づいて来た。
黒っぽい服装。小柄な体格。少なくとも古池店長ではない。
しかし早足で山賀さんに接近するその人物は、間違いなく加害者だ――
山賀さん、逃げて! と、心で叫んだ。無駄だと分かっていても、まさに襲われようとする彼女に危険を報せたくて。
「ああっ」
山賀さんが振り向く間もなく、加害者が体当たりしてきた。
山賀さんの体はバランスを失い、階段下へと転がり落ち、画面から消えた。
数秒のできごとだった。
「ひどい……」
頭を打ち動けなくなったであろう山賀さんを、加害者が覗き込み、後ずさりしたところで瀬戸さんがストップをかける。
そして、大きく拡大してみせた。
「この人物に見覚えは?」
質問を向けられ、はっとする。
ショックを受けている場合ではない。加害者を確認しなければ。
「えっ?」
街灯に浮かび上がる加害者。キャップを目深に被り、マスクをしている。黒のパーカーにパンツ。小柄で華奢なシルエットに、私は見覚えがあった。
「この人、冬月書店の監視カメラに写っていた不審人物です。行動が怪しくて、週刊誌の記者か、動画サイトの人じゃないかってスタッフと話してた……」
「最近のことですか」
「はい。ここ数日の話です」
恐ろしくて背筋が凍りつく。不審人物のターゲットは、やはり私だった。しかも動画を撮るなどという生易しい目的ではない。
私を殺すためにうろついていたのだ。
時計は午後10時7分。山賀さんが退勤して20分後くらいの時間だ。
しばらくすると、向こうから白い人影が現れた。ゆっくりとした足取りで歩道橋を渡ってくる。
「えっ……」
思わず息を呑んだ。
白い人影は若い女性。おそらく山賀さんである。だけど、その姿は彼女のものではなかった。
「止めてくださいっ」
小さく叫ぶと、瀬戸さんがすぐに映像をストップさせた。私の驚きを予測したかのような素早い動作で。
「山賀さんの格好……これって、もしかして」
「ええ」
瀬戸さんはパソコンを操作し、山賀さんの姿を拡大した。
「一条さんと同じデザインのジャケットを着ています」
今私が身に着けるのと同じ、智哉さんがプレゼントしてくれた純白のジャケットだ。
「だから瀬戸さんも東松さんも、私の服を見て大げさに反応したんですね」
「そうです。お二人は顔立ちや雰囲気、特に背格好が似ている。同じ服を着れば驚くほど似た印象になると分かったのです。昼間ならともかく、夜目遠目では区別がつかないくらいに」
「……」
ある予感がしたが、無視した。
私はもう一度画面に見入る。他にも気づいたことがあった。
「山賀さん、髪をアップにしてます……私も今朝、アップスタイルで通勤しました」
「つまり彼女は、今日の一条さんそっくりの姿で帰宅したんですね」
「はい……いえ、でも彼女は」
帰宅したのではない。山賀さんは電車通勤だ。なぜこんなところを歩いていたのだろう。智哉さんと私が住むマンション近くの歩道橋を――
「まさか」
山賀さんは今日、母親からメールが来たと言って先に帰った。でもそんなメールはなかった。
「なぜあんな嘘を……どうして私たちのマンション近くにいたの。しかも智哉さんがプレゼントしたジャケット着て、髪型まで私と同じにして」
私の発言について、瀬戸さんが確認した。
「水樹さんは、あなたと山賀さんに同じジャケットをプレゼントしたのね」
「……あ」
歩道橋を歩く山賀さんの上に、智哉さんの微笑みが重なる。瀬戸さんの言葉を思い出す――彼が山賀さんに嘘をつかせたのではないか。
「智哉さんは、山賀さんを私の身代わりに?」
恐ろしい予感が当たった。
震える私に、瀬戸さんがしっかりと頷く。
「状況から察するに、彼女に頼んだのではないかと考えられます。あのジャケットを着て一条さんになりすまし、帰宅する振りをしてくれと。彼女は水樹さんに好意を抱いている。あなたの身代わりを喜んで引き受けたでしょうね」
頭を殴られたようなショック。私は混乱した。
どうして山賀さんを身代わりになんて! それに、どうして智哉さんは私が襲われると知っていたの?
加害者の狙いは私だった。なぜ、何のために。
「加害者は誰です。古池店長ですか!?」
「これから出てきます。まずは最後までご覧ください」
瀬戸さんが続きを再生する。私は混乱しながらも、画面にかじりついた。
山賀さんはゆっくりと歩き、階段の下り口まで来て立ち止まった。そのとき、別の人物が向こうから近づいて来た。
黒っぽい服装。小柄な体格。少なくとも古池店長ではない。
しかし早足で山賀さんに接近するその人物は、間違いなく加害者だ――
山賀さん、逃げて! と、心で叫んだ。無駄だと分かっていても、まさに襲われようとする彼女に危険を報せたくて。
「ああっ」
山賀さんが振り向く間もなく、加害者が体当たりしてきた。
山賀さんの体はバランスを失い、階段下へと転がり落ち、画面から消えた。
数秒のできごとだった。
「ひどい……」
頭を打ち動けなくなったであろう山賀さんを、加害者が覗き込み、後ずさりしたところで瀬戸さんがストップをかける。
そして、大きく拡大してみせた。
「この人物に見覚えは?」
質問を向けられ、はっとする。
ショックを受けている場合ではない。加害者を確認しなければ。
「えっ?」
街灯に浮かび上がる加害者。キャップを目深に被り、マスクをしている。黒のパーカーにパンツ。小柄で華奢なシルエットに、私は見覚えがあった。
「この人、冬月書店の監視カメラに写っていた不審人物です。行動が怪しくて、週刊誌の記者か、動画サイトの人じゃないかってスタッフと話してた……」
「最近のことですか」
「はい。ここ数日の話です」
恐ろしくて背筋が凍りつく。不審人物のターゲットは、やはり私だった。しかも動画を撮るなどという生易しい目的ではない。
私を殺すためにうろついていたのだ。
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