恋の記録

藤谷 郁

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身代わり

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「もう12時……智哉さん、そろそろ寝ましょうか」


あくびする私を見て、智哉さんがクスッと笑う。


「僕はメールチェックしてから寝るよ。問題ないとは思うけど、一応ね」


智哉さんは毎晩、スタッフからのメールに目を通す。責任感が強く、仕事熱心な彼らしい習慣だ。


「分かった。じゃあ、先に休むね」

「ああ、おやすみ」


優しく笑うと、私を包み込むようにハグする。これも、愛情深い彼ならではの習慣である。

リビングを出て寝室に向かおうとしたとき、インターホンが鳴った。時間が時間なので、私はびっくりして声を上げそうになる。


「誰かしら、こんな夜更けに」


急いでリビングに戻ると、智哉さんがモニターを覗いていた。


「……どうしたの?」


こちらを向いた彼が、怪訝な表情をしている。


「昨日僕を訪ねてきた女刑事と、もう一人はいつものヤツ。君に用事があるそうだ」

「えっ?」


かなり迷惑そうな口ぶり。訪ねてきたのは瀬戸刑事と東松刑事らしい。


「どうぞ、上がってください」


彼は仕方ないといった様子でエントランスのドアを開錠する。「ありがとうございます」と、瀬戸さんのはきはきとした声が聞こえた。


「こんな時間にどうしたのかしら……あっ、もしかして店長が見つかったとか!?」

「さあね」




しばらくすると部屋のインターフォンが鳴った。私がドアを開けると、いつになく緊張した様子で刑事二人が並んでいる。


「夜分にすみません。実は、緊急事態が発生しました」


瀬戸さんが早口で用件を切り出す。東松さんが黙ったまま、私の背後に立つ智哉さんをちらりと窺った。


「先ほど、マンションのすぐ前の通りで事件がありまして」

「事件?」


てっきり店長のことだと思い込んでいたので、すぐにぴんとこなかった。


「前の通り……そういえば、さっき救急車が止まって人だかりができていました。あの事故のことですか?」

「いいえ、事故ではなく事件……傷害事件です」


瀬戸さんの声音が厳しくなる。傷害というものものしい響きが、思わぬほどの衝撃を私に与えた。


「一体、何があったんです。ど、どうして私のところへ」


今度は東松さんが口を開く。瀬戸さんと同じく厳しい声だ。


「一条さん、落ち着いて聞いてください。事件の被害者は山賀小百合さん。歩道橋の階段から突き落とされて頭を強打し、意識不明の重体です」

「ええっ!?」


予期せぬ答えに驚き、ふらりとよろける。智哉さんが支えてくれなければ倒れてしまうところだ。


「そんな、どうして山賀さんが」

「ハル」

「だって、山賀さんは今日、私より早く帰ったのよ。それがどうして、しかも近くの通りでなんて!」

「ハル、落ち着くんだ」


智哉さんが励ましてくれるが震えが止まらない。土屋さんが殺されて、次は山賀さん。衝撃的な出来事の連続に私は耐え難い恐怖を覚えた。


「加害者は店長ですか?」


智哉さんが私を支えながらストレートな質問を彼らに投げる。まさか、嘘でしょう。だけど山賀さんが襲撃されるとしたら、それしか考えられない。

耳を塞ぎたかった。


「いいえ……しかし、今は何とも言えません」


東松さんらしからぬ歯切れの悪い答えだ。


「どういうことですか」

「調査中ですので」

「加害者は捕まえたんですよね?」

「ええ。現在取調べ中です」

「どこの誰だったんです。はっきり言ってください」


男たちのやり取りに瀬戸さんが割って入った。


「その調査にご協力をお願いしたいのです。一条さん。最近の山賀さんや彼女の人間関係についてお話を聞かせてもらえませんか」


山賀さんが意識不明である以上、加害者との関係を知るには周囲に尋ねるほかない。通り魔の犯行なのか、それとも顔見知りか。犯人の動機を解明するためにも必要なことだ。


「明日にしてもらえませんか。まともに協力できる状態ではない」


智哉さんが私の代わりに返事をする。断固とした口調に、瀬戸さんはもっともだという顔になるが、


「我々もそうしたいところですが、一刻を争う事態なのです。現時点では詳しく話せず、申しわけありません」


私は顔を上げて智哉さんと目を合わせた。もしかしたら、土屋さんの事件と繋がっているのかもしれない。つまり、店長の行方に。


「大丈夫?」

「うん」


私はまっすぐに立ち、刑事の前に進み出る。彼らは私以上に疲弊しているはずだ。


「協力させてもらいます。山賀さんのためにも」


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