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身代わり
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「わっ、素敵なジャケットですね。どこのブランドですか?」
私が更衣室に入るなり、山賀さんが目をキラキラさせて駆け寄ってきた。今日、彼女はフルで働くため朝から出勤している。
「『レディナチュラル』の新作サマージャケット」
「ええっ、ハイブランドじゃないですか! あっ、もしかして水樹さんのお見立てだったりして」
冷やかし口調だが、ジャケットを見回す瞳は羨望に満ちている。私は気づかないふりで、トートバッグから銀色の包みを取り出して彼女に渡した。
「はい、これはあなたに」
「えっ、何ですか?」
「智哉さんから。いつもお世話になっているお礼だって」
山賀さんの顔がぱっと輝く。分かりやすい反応が彼女らしくて、まぶしく感じられた。
「水樹さんが私に? で、でもそんな、かえって申しわけないです。こんなお気遣いをされるほど、お役に立てているかどうか……」
「彼の気持ちだから、受け取ってあげて。それに、開けてびっくりだから」
「ええ?」
ぽかんとする山賀さんに背を向け、私は着替え始める。
更衣室には他のスタッフもいる。彼女たちにペアルックを目撃されないよう、素早くジャケットを脱いでロッカーに吊るした。
「開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
「嬉しいなあ。何をくださったのかしら」
私は着替えながら、彼女をそっと窺う。そして、包装を解いた彼女が目を丸くするのを見て、いたたまれなくなった。
予想どおりの結果である。
山賀さんは目を丸くしたまま、私が着ていたのとまったく同じデザインのジャケットを、胸の前に広げた。
「あの、一条さん。これって……」
「ごめん、山賀さん。智哉さんに悪気はないの……私とあなたが姉妹みたいに似ているから、同じ服をプレゼントすれば喜ぶと思ったらしくて」
呆然とする山賀さんを見て私は申しわけない気持ちになり、智哉さんに代わって弁解した。
だが、彼女が放ったのは予想外の言葉だった。
「一条さんとお揃いなんて光栄です! すっごく嬉しい」
「えっ?」
今度は私が目を丸くする。山賀さんは頬を紅潮させて、ブラウスの上にジャケットを羽織った。
「うわあ、最高の着心地。一条さん、どうかなあ。変じゃないですか?」
「え、えっと……変じゃないわ。サイズもちょうどいいし、よく似合ってる」
「ほんとに?」
嬉しそうに微笑む山賀さんを、私は少し複雑な思いで見つめた。私とお揃いのジャケットは、お世辞抜きで本当に彼女に似合っている。
もしかしたら、私よりもずっと。
「水樹さんはセンスがいいんですね。こんなに素敵なデザインを選ぶなんて」
「そうね。彼は普段からお洒落だし、女性のファッションにも関心が高いのかも」
私は彼女から視線を外し、ロッカーの鏡に映る自分と目を合わせた。
アップにした髪の後れ毛が気になる。指先で直しながら、ふと、山賀さんが同じヘアスタイルだったら、ますますそっくりになるだろうと思ったりする。
「今日の帰りに、水樹さんにお礼を言わなくちゃ。うふふっ」
「……」
今日も山賀さんは閉店まで働くつもりだ。智哉さんに頼まれたとおり、私を守るために。
(でも……それは建前で、本当は智哉さんに会うのが楽しみなんじゃ……)
そこまで考えて、ロッカーの扉を閉める。今一瞬、変な感情が湧いた。山賀さんが彼に好意を持っているのは分かり切ったことなのに、今さら気にするなんておかしい。
「一条さん、どうかしましたか?」
「う、ううん……何でもない。それより、就活のほうはどうなの。進みそう?」
「ああ、それなら心配ありません。昨日の就職相談でも説明されたけど、今は売り手市場だから何とかなりそうです」
急に話題を変えた私に違和感を覚えるでもなく、彼女は快活に答える。そして、ジャケットをハンガーに掛けて、大切そうにロッカーに仕舞った。
「さてと、準備完了。一条さん、今日も一日頑張りましょう。忙しいときはフォローするので、何でも言ってください」
「うん、ありがとう。よろしくね」
山賀さんは若くて素直で、可愛い。満たされた笑顔がまぶしくて、思わず目を細めた。
(彼女とお揃い……か)
私に似合うと言ってくれたのに、それと同じジャケットを別の女性にプレゼントするなんて。
正直言って面白くない。
恋人としての不満を、私は認めざるを得なかった。
私が更衣室に入るなり、山賀さんが目をキラキラさせて駆け寄ってきた。今日、彼女はフルで働くため朝から出勤している。
「『レディナチュラル』の新作サマージャケット」
「ええっ、ハイブランドじゃないですか! あっ、もしかして水樹さんのお見立てだったりして」
冷やかし口調だが、ジャケットを見回す瞳は羨望に満ちている。私は気づかないふりで、トートバッグから銀色の包みを取り出して彼女に渡した。
「はい、これはあなたに」
「えっ、何ですか?」
「智哉さんから。いつもお世話になっているお礼だって」
山賀さんの顔がぱっと輝く。分かりやすい反応が彼女らしくて、まぶしく感じられた。
「水樹さんが私に? で、でもそんな、かえって申しわけないです。こんなお気遣いをされるほど、お役に立てているかどうか……」
「彼の気持ちだから、受け取ってあげて。それに、開けてびっくりだから」
「ええ?」
ぽかんとする山賀さんに背を向け、私は着替え始める。
更衣室には他のスタッフもいる。彼女たちにペアルックを目撃されないよう、素早くジャケットを脱いでロッカーに吊るした。
「開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
「嬉しいなあ。何をくださったのかしら」
私は着替えながら、彼女をそっと窺う。そして、包装を解いた彼女が目を丸くするのを見て、いたたまれなくなった。
予想どおりの結果である。
山賀さんは目を丸くしたまま、私が着ていたのとまったく同じデザインのジャケットを、胸の前に広げた。
「あの、一条さん。これって……」
「ごめん、山賀さん。智哉さんに悪気はないの……私とあなたが姉妹みたいに似ているから、同じ服をプレゼントすれば喜ぶと思ったらしくて」
呆然とする山賀さんを見て私は申しわけない気持ちになり、智哉さんに代わって弁解した。
だが、彼女が放ったのは予想外の言葉だった。
「一条さんとお揃いなんて光栄です! すっごく嬉しい」
「えっ?」
今度は私が目を丸くする。山賀さんは頬を紅潮させて、ブラウスの上にジャケットを羽織った。
「うわあ、最高の着心地。一条さん、どうかなあ。変じゃないですか?」
「え、えっと……変じゃないわ。サイズもちょうどいいし、よく似合ってる」
「ほんとに?」
嬉しそうに微笑む山賀さんを、私は少し複雑な思いで見つめた。私とお揃いのジャケットは、お世辞抜きで本当に彼女に似合っている。
もしかしたら、私よりもずっと。
「水樹さんはセンスがいいんですね。こんなに素敵なデザインを選ぶなんて」
「そうね。彼は普段からお洒落だし、女性のファッションにも関心が高いのかも」
私は彼女から視線を外し、ロッカーの鏡に映る自分と目を合わせた。
アップにした髪の後れ毛が気になる。指先で直しながら、ふと、山賀さんが同じヘアスタイルだったら、ますますそっくりになるだろうと思ったりする。
「今日の帰りに、水樹さんにお礼を言わなくちゃ。うふふっ」
「……」
今日も山賀さんは閉店まで働くつもりだ。智哉さんに頼まれたとおり、私を守るために。
(でも……それは建前で、本当は智哉さんに会うのが楽しみなんじゃ……)
そこまで考えて、ロッカーの扉を閉める。今一瞬、変な感情が湧いた。山賀さんが彼に好意を持っているのは分かり切ったことなのに、今さら気にするなんておかしい。
「一条さん、どうかしましたか?」
「う、ううん……何でもない。それより、就活のほうはどうなの。進みそう?」
「ああ、それなら心配ありません。昨日の就職相談でも説明されたけど、今は売り手市場だから何とかなりそうです」
急に話題を変えた私に違和感を覚えるでもなく、彼女は快活に答える。そして、ジャケットをハンガーに掛けて、大切そうにロッカーに仕舞った。
「さてと、準備完了。一条さん、今日も一日頑張りましょう。忙しいときはフォローするので、何でも言ってください」
「うん、ありがとう。よろしくね」
山賀さんは若くて素直で、可愛い。満たされた笑顔がまぶしくて、思わず目を細めた。
(彼女とお揃い……か)
私に似合うと言ってくれたのに、それと同じジャケットを別の女性にプレゼントするなんて。
正直言って面白くない。
恋人としての不満を、私は認めざるを得なかった。
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