恋の記録

藤谷 郁

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カメラ

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スタッフの報告どおり、その不審人物は昨日は時間を置いて三回来店している。三回とも雑誌を立ち読んだり棚を眺めたりして落ち着きがない。そわそわと周りを窺う仕草は、誰かを探しているようにも見える。


「こうして見るとじゅうぶん怪しいんだけど、万引きする素振りもないし、すぐに帰っちゃうからスタッフは誰も気にしなかったんですよね」

「私も気にしなかった。全然覚えがない」

「副店長は昨日も一昨日も、売り場より事務所にいる時間が長かったでしょう。仕方ないですよ」

「まあ、そうなんだけど……」


いつもなら気づいていたはずだ。最近、事務仕事が忙しくてお客様を注意して見る余裕がない。やはり、早急に店長を入れてもらう必要がある。


「それで、今日の午前中にまた来たから、ようやく変な客だと気づいたんです。だから、何かお探しですかって、僕が声をかけてみました」

「うんうん、それで?」


前のめりになる私に、スタッフはそのときの映像を見せながら報告した。


「声をかけられて、かなり驚いたようです。映像では分からないけど、僕から目を逸らして『ちょっと雑誌を』とか、『この辺だと思ったんだけど』とか、しどろもどろに何か言ってました」

「そうなの? ……あっ」


不審人物がスタッフに背を向け、立ち去った。いや、この素早さは逃げ出したと言うべきか。


「追いかける間もなかったですよ。ちなみに、出入口の万引き防止システムは無反応でした」

「そう……万引き目的じゃなさそうね。この人、女性だった?」

「ええ。小柄で痩せ型の、若い女性です。20代くらいかなあ。マスクしてたからよく分からないけど、目がぱっちりと大きくて睫毛がバサバサでした」


つけ睫毛のことだろうか。アイメイクが濃い人のようだ。

映像をもう一度見直した。

無地のパーカーにチノパン。足元はスニーカー。背中にリュック。アイメイクの濃い若い女性にしては、地味な格好をしている。


「誰かを探しているように見えない?」

「そうですねえ」


彼はしばし考え、何か閃いたのかぱちんと指を鳴らす。


「ひょっとして、スタッフの誰かに気があって、会いにきたのかも」

「その人を探してたってこと? でも、どうして顔を隠す必要があるの」

「ええと……たぶんこの女性、ストーカーなんですよ。顔を見られたら相手に通報されちゃうって感じで」


適当な推測に聞こえるが、案外筋が通っている。となると、地味な格好は擬態かもしれない。


「いずれにしろ要注意人物ね。彼女に見覚えのあるスタッフがいないか確かめてみるわ」

「それなら僕がやりますので、副店長は事務仕事を片付けてください。仕事を溜めると、また残業になっちゃいますよ?」

「分かった、ありがとう。よろしくね」


スタッフがきびきびと動いてくれるので助かる。山賀さんはじめ皆が協力的なのが、副店長として何よりありがたかった。


「それにしても、彼女は誰を探してたんだろ」


カメラデータをリピートしながら、私はあることに気づく。

一昨日と昨日、私は売り場に出ることがほとんどなかった。今日も、今出勤したばかりだ。

不審人物が来店した時間帯のカメラデータを再確認した。売り場のどこにも私は映っていない。


「私を探してた……とか?」


だとしたら、思い付く可能性はただ一つ。彼女はマスコミ関係者ではないか。昨夜も、私を取材しようとして週刊誌の記者があとをつけてきた。じゅうぶん有り得る話だ。


「やっかいだなあ、もう」


店長のせいで面倒なことばかりだ。

一体いつまで逃げ回る気なの。早く捕まれ!! と、大声で叫びそうになった。



結局、スタッフの中に不審人物に見覚えのある者はいなかった。

マスコミかもしれないと私が言うと、別の意見も出た。最近は事件に関係する動画を個人で撮影し、動画サイトにアップして広告料を稼ぐ人間がいる。その女もそうではないかと言うのだ。

人を隠し撮りしてネットにアップするなんて肖像権の侵害ではないか。

もしそうなら警察なり弁護士なりに相談したほうがいいとアドバイスされた。いずれにしても、やっかいなことである。



私は事務所の戸締りをしてから、更衣室で帰り支度をした。今日は山賀さんが大学の就活相談会に参加するため早く上がったので私一人である。

山賀さんは短期大学の二年生だ。本来なら就活に力を入れる時期にアルバイトに精を出しているのだから、周りが心配したのだろう。今日の相談会も周りに勧められて、渋々参加したようだ。


(土日も私に合わせて出勤してるし、働きすぎだよ。バイトもほどほどにしてほしいけど、店長が捕まるまで今のシフトを変えないだろうな)


智哉さんに私のガード役を頼まれたからだ。山賀さんは彼に憧れ、信奉している。


「ということは、やっぱり店長が早く捕まらないと」


ため息をつきながら更衣室を出て、エレベーターへと歩く。すると、静かな廊下に声が響いた。


「ハル」


はっとして顔を上げた。彼がこちらに向かって歩いてくる。


「智哉さん。わざわざ来てくれたの?」

「今日は山賀さんがいないだろ。ハルが一人になると思って」


大真面目に言う智哉さんに、ちょっと呆れてしまった。


「もう、過保護だなあ。私、そんなに頼りないですか?」

「頼りないよ。でも、そういう問題じゃない」

「どういうこと?」


智哉さんは私の前に立つと、ふっと息をつく。


「ハルは気にしなくていい。とにかく早く帰ろう」


彼は私を促し、一緒にエレベーターに乗り込む。何か言いたそうに見えたが、口をつぐんでしまった。
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