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カメラ
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「あの夜土屋さんは、一条さんに呼びつけられたと嘘をついて古池を誘い出した。あの公園を待ち合わせ場所にしたのは、嘘に信憑性を持たせるためです」
「……あ」
なぜ彼女があの公園を指定したのか不思議だったが、東松さんの推測どおりなら納得がいく。
私はまだメゾン城田を退去していない。それにあの薄暗い公園は、内密の話をするのにぴったりの場所である。
「古池は半信半疑だったと思います。しかし、やつは後ろ暗いところがある。一条さんに不倫がばれて警告されるのではないかと考え、のこのこと出かけていった。そして、一条さんの傘を差す土屋さんを見て、嘘をつかれたのだと気づく……つまり彼女は、傘を使って古池を揺さぶったんです。私はあなたが浮気したのを知っているのよ、みたいな感じに」
「はあ……」
なぜわざわざそんなことをするのか意味が分からない。でも彼女の性格なら、じゅうぶん有り得る話だ。
「以上が私の推測です。一条さんはどう思いますか?」
「なかなかリアルだと思います。だけど……」
彼女ならもっと演出するだろう。東松さんの推測はえぐみが足りない。
「傘を利用して、私になりすましたんじゃないでしょうか」
「なりすます?」
今度は私が推測を述べた。私は彼女のいやがらせを何度も味わっている。
「店長が公園に来たとき、土屋さんは私の傘を差して入り口に背を向けていた。店長は私だと思い込んで親しげに話しかけたが、振り向くとそれは土屋さんだった。彼女はしてやったりの表情を浮かべたはずです」
「ケンカを売るようなやり方ですね」
「はい。でもそれが彼女なんです」
東松さんは呆れながらも、手帳を取り出して私の補足を書き入れた。
「それをきっかけにケンカが始まったかもしれないな……」
東松さんの意見に同意する。
「土屋さんが感情的になって、店長を責めたのは間違いないです。例えば、土屋さんは店長にも妊娠したと嘘をつき、産む産まないで揉めていた。認知しなければ会社や家族にばらすと脅した可能性もあります」
「なるほど。大変な修羅場だ」
東松さんに頷きながら、私はふと怖いことを思いついた。
土屋さんが、あんなに意欲を燃やしていた仕事を放棄したのは、もっと執着すべき野望ができたからではないか。
つまり、店長との結婚である。
奥さんと別れてよ。別れてくれないなら不倫のこと、奥さんにばらすから!――
土屋さんのヒステリックな叫び声が耳に聞こえる。人のものを欲しがる彼女ならやりかねないし、彼女はもともと大人しく引き下がるタイプではない。
「店長のいいようにされていた土屋さんがついに最後の手段に出た。そして店長は、制御不能となった愛人がじゃまになり殺してしまった……」
東松さんは感心の目で私を見る。
「筋が通ってますね。極めて合理的だ」
「あの二人の性格を考えて、言ってみただけです」
捜査のプロにそこまで感心されると面映ゆい。私はそれより、別の問題に意識が移っていた。
店長は事件を起こしたことで、結局、奥さんに不倫がばれてしまった。それどころか殺人犯として指名手配されている。
「あの、古池店長の奥さんとご家族は……?」
恐る恐る尋ねると、東松さんは苦い表情で答えをくれた。
「奥さんは娘さんを連れて実家に帰ったそうです。マスコミのみならず、一般人まで動画サイトに情報をアップする時代ですからね」
「そうなんですか……」
プライバシーなんて、ないも同然だ。
奥さんもだが、中学生の娘さんが気の毒でならなかった。
「土屋さんだけが被害者じゃないんですね」
「そうです。被害者の遺族はもちろん、加害者の家族も苦しむ。だからこそ我々は、必死になって古池を捜している。どんな小さな情報でもいい、手掛かりが欲しいんです」
東松さんが私を促し、歩きだす。
さっきから急ぎ足で通り過ぎるのは刑事だろうか。皆、顔に疲労を滲ませている。
(刑事さんって大変なお仕事だよね。実際の捜査はドラマみたいにいかないだろうし。事件が解決するまで、休みもそこそこに捜査本部に詰めたりして)
刑事課の前を通るとき、一人の女性がひょっこりと顔を出した。
「あらっ、一条さん」
「えっ……あ、先日はどうも」
女優のように美しく、モデル並みにスタイルの良いその人は、県警本部の瀬戸刑事だ。
冬月書店に事情聴取に訪れた際、名刺をもらっている。本部から応援にきている捜査員の一人だと聞いた。
「こちらこそ、東松が何度もお呼び立てしてすみません。捜査へのご協力をありがとうございます」
瀬戸さんは私と東松さんを交互に見て、にこりと笑う。気のせいか、意味ありげな微笑に感じられた。
「東松、署長が上で呼んでるわよ」
「あ、はい」
東松さんが私を気にするのが分かった。
「……あ」
なぜ彼女があの公園を指定したのか不思議だったが、東松さんの推測どおりなら納得がいく。
私はまだメゾン城田を退去していない。それにあの薄暗い公園は、内密の話をするのにぴったりの場所である。
「古池は半信半疑だったと思います。しかし、やつは後ろ暗いところがある。一条さんに不倫がばれて警告されるのではないかと考え、のこのこと出かけていった。そして、一条さんの傘を差す土屋さんを見て、嘘をつかれたのだと気づく……つまり彼女は、傘を使って古池を揺さぶったんです。私はあなたが浮気したのを知っているのよ、みたいな感じに」
「はあ……」
なぜわざわざそんなことをするのか意味が分からない。でも彼女の性格なら、じゅうぶん有り得る話だ。
「以上が私の推測です。一条さんはどう思いますか?」
「なかなかリアルだと思います。だけど……」
彼女ならもっと演出するだろう。東松さんの推測はえぐみが足りない。
「傘を利用して、私になりすましたんじゃないでしょうか」
「なりすます?」
今度は私が推測を述べた。私は彼女のいやがらせを何度も味わっている。
「店長が公園に来たとき、土屋さんは私の傘を差して入り口に背を向けていた。店長は私だと思い込んで親しげに話しかけたが、振り向くとそれは土屋さんだった。彼女はしてやったりの表情を浮かべたはずです」
「ケンカを売るようなやり方ですね」
「はい。でもそれが彼女なんです」
東松さんは呆れながらも、手帳を取り出して私の補足を書き入れた。
「それをきっかけにケンカが始まったかもしれないな……」
東松さんの意見に同意する。
「土屋さんが感情的になって、店長を責めたのは間違いないです。例えば、土屋さんは店長にも妊娠したと嘘をつき、産む産まないで揉めていた。認知しなければ会社や家族にばらすと脅した可能性もあります」
「なるほど。大変な修羅場だ」
東松さんに頷きながら、私はふと怖いことを思いついた。
土屋さんが、あんなに意欲を燃やしていた仕事を放棄したのは、もっと執着すべき野望ができたからではないか。
つまり、店長との結婚である。
奥さんと別れてよ。別れてくれないなら不倫のこと、奥さんにばらすから!――
土屋さんのヒステリックな叫び声が耳に聞こえる。人のものを欲しがる彼女ならやりかねないし、彼女はもともと大人しく引き下がるタイプではない。
「店長のいいようにされていた土屋さんがついに最後の手段に出た。そして店長は、制御不能となった愛人がじゃまになり殺してしまった……」
東松さんは感心の目で私を見る。
「筋が通ってますね。極めて合理的だ」
「あの二人の性格を考えて、言ってみただけです」
捜査のプロにそこまで感心されると面映ゆい。私はそれより、別の問題に意識が移っていた。
店長は事件を起こしたことで、結局、奥さんに不倫がばれてしまった。それどころか殺人犯として指名手配されている。
「あの、古池店長の奥さんとご家族は……?」
恐る恐る尋ねると、東松さんは苦い表情で答えをくれた。
「奥さんは娘さんを連れて実家に帰ったそうです。マスコミのみならず、一般人まで動画サイトに情報をアップする時代ですからね」
「そうなんですか……」
プライバシーなんて、ないも同然だ。
奥さんもだが、中学生の娘さんが気の毒でならなかった。
「土屋さんだけが被害者じゃないんですね」
「そうです。被害者の遺族はもちろん、加害者の家族も苦しむ。だからこそ我々は、必死になって古池を捜している。どんな小さな情報でもいい、手掛かりが欲しいんです」
東松さんが私を促し、歩きだす。
さっきから急ぎ足で通り過ぎるのは刑事だろうか。皆、顔に疲労を滲ませている。
(刑事さんって大変なお仕事だよね。実際の捜査はドラマみたいにいかないだろうし。事件が解決するまで、休みもそこそこに捜査本部に詰めたりして)
刑事課の前を通るとき、一人の女性がひょっこりと顔を出した。
「あらっ、一条さん」
「えっ……あ、先日はどうも」
女優のように美しく、モデル並みにスタイルの良いその人は、県警本部の瀬戸刑事だ。
冬月書店に事情聴取に訪れた際、名刺をもらっている。本部から応援にきている捜査員の一人だと聞いた。
「こちらこそ、東松が何度もお呼び立てしてすみません。捜査へのご協力をありがとうございます」
瀬戸さんは私と東松さんを交互に見て、にこりと笑う。気のせいか、意味ありげな微笑に感じられた。
「東松、署長が上で呼んでるわよ」
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東松さんが私を気にするのが分かった。
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