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カメラ
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「土屋さんの体には他にも、背中や腰、臀部等に新旧の皮下出血斑が見られます。衣服で隠すことができる部分に、たびたび暴力を受けていたってことですね」
「ええ……?」
酷すぎて言葉もない。
でも、あの日以降の土屋さんの様子を思い出すと納得できてしまう。
彼女は妊娠したなどと嘘をつき、店長とその件で揉めていた。体調が悪いと言って休暇を望んだのは関係が悪化して暴力がエスカレートしたから? 心までダメージを負って、仕事のやる気をなくしたの?
そして、思い余って店長を公園に呼び出し、殺意を呼び起こすようなことを言ってしまった……?
たぶん、いや絶対にそうだ。
その辺りは警察が何か掴んでいるのだろう。東松さんは黙っているが、確信がなければあの二人の関係についてこれほど精査しないと思う。
「本当に店長が、土屋さんの身体を傷つけたんですね」
「それをはっきりさせるために、一条さんや他のスタッフの証言が必要なんです。古池の罪状は殺しだけじゃない」
東松さんは、冬月書店の関係者に再度聴取すると言った。
「分かりました。私からも協力を頼んでおきます」
犯人を逮捕するだけが警察官の仕事ではない。私は初めて、彼らの努力を知った気がする。
「裁判になったとき、我々の集めた証拠が重要な意味を持ちますからね。もちろん、関係者の証言も」
店長が捕まって、その後裁判が始まれば、私は証言台に立つことになる。責任重大だ。
土屋さんは確かに憎らしい人だった。自業自得だと皆が言っている。
でも、古池店長に心身をコントロールされていたと思うと、憐れで仕方がない。
大の大人が年若い女をいいように扱い、捨てるどころか殺したのだ。しかも店長は不倫の前科もある。
私はもっと集中して、土屋さんが嘔吐した日を思い出す。
早退した土屋さんの代わりにライトノベルの棚を手伝った私に、店長は土屋さんのことを体調管理もできないと悪く言った。
そしてガッツノベルの新作ゲラを押し付けてきて、私が断ると大きな声で怒鳴ったのだ。上司の命令が聞けないのかと。
智哉さんが見抜いたとおり、店長はパワーハラスメントで私に圧力をかけて、コントロールしようとしたのだ。
今さらながらぞっとする。智哉さんが守ってくれなければ、私はパワハラに負けて、あのおぞましい妖怪の言いなりになっていたかもしれない。
「一条さん、大丈夫ですか?」
「あ、いえ、すみません。さすがに気分が悪くて」
私の顔色を見て、東松さんがペンを置いた。
「聴取はあと少しですが、一度休みますか」
「いいえ、大丈夫ですので続けてくださいっ」
思わず甲高い声が出た。東松さんはしばし私を観察し、
「分かりました。もし無理なら休憩を入れますので、ちゃんと言ってください」
それから私は、古池店長と土屋さんについてこれまでより詳細に語った。どんなことが役に立つか分からない。東松さんも、ひと言も聞き漏らすまいという姿勢で対応してくれた。
「ありがとうございました。聴取は以上になります」
東松さんは書類を抱えると、椅子を立った。
「疲れましたか」
「そうですね。でも、何てことありません」
東松さんがなぜかクスッと笑う。
「何ですか?」
「いや。一条さんは強いなあと思いまして」
「はい?」
どうしてか嫌味に聞こえる。東松さんのとぼけた物言いが、そう感じさせるのだ。
「そんな風に決めつけるのはどうかと思います。強がってるだけかもしれませんよ?」
「なるほど。勉強になります」
まったく、どこまで本音なのか分からない。でも東松さんの軽口は、聴取で緊張し続けた私の心を解してくれた。
「行きましょう。玄関までお送りしますよ」
私もクスッと笑い、東松さんと一緒に部屋を出た。
「そうだ。もう一つ、一条さんに報告することがありました」
廊下の途中で東松さんが立ち止まり、こちらを向いた。
「何ですか?」
「現場に落ちていた一条さんの傘です。やはり、コンビニで傘を盗んだのは土屋さんでした」
「えっ……」
刑事らしき人が数人、急ぎ足で通り過ぎる。東松さんの誘導で廊下の隅に移動し、話を聞いた。
「コンビニの防犯カメラを調べたんです。四月十八日のビデオに、土屋真帆が傘を盗む瞬間が写っていました」
「そう、なんですか」
やっぱりという感想しかない。
「嫌がらせでやったんしょうね。土屋さんにとって私はうっとうしい存在ですから」
何しろ私は、古池店長が乗り換えようとした女である。
(まったく冗談じゃない。誰があんな男、相手にするもんですか)
しかし土屋さんは本気だった。殴られても蹴られても、彼女は古池店長を好きで、どこまでも執着していた。私には理解不能だけど、東松さんの言うとおり、そんな歪な男女関係が世の中に存在するのだ。
「殺された日も、嫌がらせのためにあの傘を使ったんでしょうか」
「ええ、おそらく。だが一条さんではなく、古池に対しての嫌がらせでしょう」
「店長に対してですか?」
「たぶん、こうだと思います」
東松さんは顎を撫でながら推測を述べた。
「ええ……?」
酷すぎて言葉もない。
でも、あの日以降の土屋さんの様子を思い出すと納得できてしまう。
彼女は妊娠したなどと嘘をつき、店長とその件で揉めていた。体調が悪いと言って休暇を望んだのは関係が悪化して暴力がエスカレートしたから? 心までダメージを負って、仕事のやる気をなくしたの?
そして、思い余って店長を公園に呼び出し、殺意を呼び起こすようなことを言ってしまった……?
たぶん、いや絶対にそうだ。
その辺りは警察が何か掴んでいるのだろう。東松さんは黙っているが、確信がなければあの二人の関係についてこれほど精査しないと思う。
「本当に店長が、土屋さんの身体を傷つけたんですね」
「それをはっきりさせるために、一条さんや他のスタッフの証言が必要なんです。古池の罪状は殺しだけじゃない」
東松さんは、冬月書店の関係者に再度聴取すると言った。
「分かりました。私からも協力を頼んでおきます」
犯人を逮捕するだけが警察官の仕事ではない。私は初めて、彼らの努力を知った気がする。
「裁判になったとき、我々の集めた証拠が重要な意味を持ちますからね。もちろん、関係者の証言も」
店長が捕まって、その後裁判が始まれば、私は証言台に立つことになる。責任重大だ。
土屋さんは確かに憎らしい人だった。自業自得だと皆が言っている。
でも、古池店長に心身をコントロールされていたと思うと、憐れで仕方がない。
大の大人が年若い女をいいように扱い、捨てるどころか殺したのだ。しかも店長は不倫の前科もある。
私はもっと集中して、土屋さんが嘔吐した日を思い出す。
早退した土屋さんの代わりにライトノベルの棚を手伝った私に、店長は土屋さんのことを体調管理もできないと悪く言った。
そしてガッツノベルの新作ゲラを押し付けてきて、私が断ると大きな声で怒鳴ったのだ。上司の命令が聞けないのかと。
智哉さんが見抜いたとおり、店長はパワーハラスメントで私に圧力をかけて、コントロールしようとしたのだ。
今さらながらぞっとする。智哉さんが守ってくれなければ、私はパワハラに負けて、あのおぞましい妖怪の言いなりになっていたかもしれない。
「一条さん、大丈夫ですか?」
「あ、いえ、すみません。さすがに気分が悪くて」
私の顔色を見て、東松さんがペンを置いた。
「聴取はあと少しですが、一度休みますか」
「いいえ、大丈夫ですので続けてくださいっ」
思わず甲高い声が出た。東松さんはしばし私を観察し、
「分かりました。もし無理なら休憩を入れますので、ちゃんと言ってください」
それから私は、古池店長と土屋さんについてこれまでより詳細に語った。どんなことが役に立つか分からない。東松さんも、ひと言も聞き漏らすまいという姿勢で対応してくれた。
「ありがとうございました。聴取は以上になります」
東松さんは書類を抱えると、椅子を立った。
「疲れましたか」
「そうですね。でも、何てことありません」
東松さんがなぜかクスッと笑う。
「何ですか?」
「いや。一条さんは強いなあと思いまして」
「はい?」
どうしてか嫌味に聞こえる。東松さんのとぼけた物言いが、そう感じさせるのだ。
「そんな風に決めつけるのはどうかと思います。強がってるだけかもしれませんよ?」
「なるほど。勉強になります」
まったく、どこまで本音なのか分からない。でも東松さんの軽口は、聴取で緊張し続けた私の心を解してくれた。
「行きましょう。玄関までお送りしますよ」
私もクスッと笑い、東松さんと一緒に部屋を出た。
「そうだ。もう一つ、一条さんに報告することがありました」
廊下の途中で東松さんが立ち止まり、こちらを向いた。
「何ですか?」
「現場に落ちていた一条さんの傘です。やはり、コンビニで傘を盗んだのは土屋さんでした」
「えっ……」
刑事らしき人が数人、急ぎ足で通り過ぎる。東松さんの誘導で廊下の隅に移動し、話を聞いた。
「コンビニの防犯カメラを調べたんです。四月十八日のビデオに、土屋真帆が傘を盗む瞬間が写っていました」
「そう、なんですか」
やっぱりという感想しかない。
「嫌がらせでやったんしょうね。土屋さんにとって私はうっとうしい存在ですから」
何しろ私は、古池店長が乗り換えようとした女である。
(まったく冗談じゃない。誰があんな男、相手にするもんですか)
しかし土屋さんは本気だった。殴られても蹴られても、彼女は古池店長を好きで、どこまでも執着していた。私には理解不能だけど、東松さんの言うとおり、そんな歪な男女関係が世の中に存在するのだ。
「殺された日も、嫌がらせのためにあの傘を使ったんでしょうか」
「ええ、おそらく。だが一条さんではなく、古池に対しての嫌がらせでしょう」
「店長に対してですか?」
「たぶん、こうだと思います」
東松さんは顎を撫でながら推測を述べた。
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