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無償の愛
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初動捜査における私への聴取はそれで終わった。
その後、なぜか東松さんは智哉さんを呼んで、今日の午後9時から9時30分の間、どこにいたのか訊ねた。
その時間帯はおそらく、土屋さんの死亡推定時刻だ。智哉さんは不快になるでもなく、
『今日は仕事が休みだったので、午前中は買い物に出かけて、昼からずっとマンションの部屋にいました。9時20分頃にハル……一条さんから電話があったので本町駅に迎えに行き、今に至ります』
と、淡々と答えた。
『証明する人はいますか』
『僕のマンションはセキュリティ万全なので、防犯カメラがあちこちにあります。カメラに映らず出入りするのは不可能ですから、確かめてもらって結構ですよ』
これも淡々と、少し冷ややかに答える。東松さんは表情を変えないが、どこか疑っているように感じられた。
智哉さんが事件に関わりがないのは明白である。
なぜ智哉さんにそんなことを訊くのかと私が問うと、東松さんは『形式的なものです』と答えるのみ。今後も聴取にご協力をお願いしますと頭を下げて、その場を離れた。
私と智哉さんは、公園をあとにした
かなり遅い時間だが、終電に間に合った。駅に着くと、智哉さんは『手を洗っておいで』と、ハンカチを貸してくれた。私が土屋さんの死体に触れてしまったのを、彼は知っている。
トイレで手を洗って出てくると、彼は私からハンカチを取り上げ、ゴミ箱に捨てた。汚いものを処分したという仕草だ。
『……ごめんなさい』
蚊の鳴くような声で、私は詫びた。智哉さんの言うことを聞かないから、こんなことになってしまったのだ。
『ハル、もう忘れろ。君は自由だ』
彼の差し出す手を、そっと握った。
いつも私を心配し、守ってくれる智哉さん。彼の愛情の深さを怖いくらいに感じる。なぜ、こんなにも愛してくれるのだろう。
私をまるごと包んでくれる温かな手。その頼もしい感触に安堵し、涙が零れた。
私と智哉さんが帰宅したあとも、警察は捜査を続けていた。
これは翌日に聞いた話だが、検視により、何か重要なことが判明したらしい。
捜査員は、店長――古池保(45)を重要参考人とし、身柄を押さえるためすぐに自宅へと向かった。しかし店長は不在であり、同居する家族の誰も彼の所在を知らなかったという。
現在、店長は行方不明。逃走、あるいは潜伏中である。
警察は緑署に捜査本部を設置し、翌日には彼を「殺人事件の被疑者」として逮捕状を発付、指名手配した。
現場に残った足跡のほかにも、店長を疑うに足る証拠が複数発見されたらしい。証拠品は慎重に扱われるそうで、詳しくは教えてもらえなかったが、逮捕状を取るくらい説得力を持つ証拠なのだろう。
東松さんは、捜査員を増員して店長を探していると言った。さらに容疑を固めるため、現場周辺の聞き込みや防犯カメラなどのデータ解析も同時進行で行われるとも。
冬月書店本町駅店にも捜査員が来て、スタッフが聴取を受けた。皆、土屋さんが殺された上に、加害者が店長だという事実に驚き、動揺していた。
遺体の第一発見者であり、被疑者被害者ともに因縁のある私は、特に詳細を語ることになった。
事件から三日目の今日も、仕事を休んで実況見分に立ち会ったり、緑署での聴取に応じた。
古池店長と土屋さんの関係、店長からのセクハラ疑惑、事件に関係すると思われることは余さず話す。
店長を許せない。
ただその一心で、何度同じ質問をされても辛抱強く、丁寧に答えた。
疲弊する体と心を支えてくれたのは、智哉さんだ。彼がいなければ、私はとうに倒れていただろう。
こんな状況なのに幸せを感じる。彼の愛情が私を生かしていると言っても過言ではない。
不謹慎だけれど、こう思うのだ。
鳥宮さんと土屋さんの死が、私と智哉さんの絆を深めてくれた。未来へと続く道をひらいてくれた。
恐ろしい経験が二度も続き、周りに同情されるけれど、私は幸せだ。
ただ心配なのは、今も店長の行方が分からないこと。
あの男が捕まるまで、安心できない。智哉さんも心配して、できるだけ私と行動をともにした。少し大げさなくらいに。
その後、なぜか東松さんは智哉さんを呼んで、今日の午後9時から9時30分の間、どこにいたのか訊ねた。
その時間帯はおそらく、土屋さんの死亡推定時刻だ。智哉さんは不快になるでもなく、
『今日は仕事が休みだったので、午前中は買い物に出かけて、昼からずっとマンションの部屋にいました。9時20分頃にハル……一条さんから電話があったので本町駅に迎えに行き、今に至ります』
と、淡々と答えた。
『証明する人はいますか』
『僕のマンションはセキュリティ万全なので、防犯カメラがあちこちにあります。カメラに映らず出入りするのは不可能ですから、確かめてもらって結構ですよ』
これも淡々と、少し冷ややかに答える。東松さんは表情を変えないが、どこか疑っているように感じられた。
智哉さんが事件に関わりがないのは明白である。
なぜ智哉さんにそんなことを訊くのかと私が問うと、東松さんは『形式的なものです』と答えるのみ。今後も聴取にご協力をお願いしますと頭を下げて、その場を離れた。
私と智哉さんは、公園をあとにした
かなり遅い時間だが、終電に間に合った。駅に着くと、智哉さんは『手を洗っておいで』と、ハンカチを貸してくれた。私が土屋さんの死体に触れてしまったのを、彼は知っている。
トイレで手を洗って出てくると、彼は私からハンカチを取り上げ、ゴミ箱に捨てた。汚いものを処分したという仕草だ。
『……ごめんなさい』
蚊の鳴くような声で、私は詫びた。智哉さんの言うことを聞かないから、こんなことになってしまったのだ。
『ハル、もう忘れろ。君は自由だ』
彼の差し出す手を、そっと握った。
いつも私を心配し、守ってくれる智哉さん。彼の愛情の深さを怖いくらいに感じる。なぜ、こんなにも愛してくれるのだろう。
私をまるごと包んでくれる温かな手。その頼もしい感触に安堵し、涙が零れた。
私と智哉さんが帰宅したあとも、警察は捜査を続けていた。
これは翌日に聞いた話だが、検視により、何か重要なことが判明したらしい。
捜査員は、店長――古池保(45)を重要参考人とし、身柄を押さえるためすぐに自宅へと向かった。しかし店長は不在であり、同居する家族の誰も彼の所在を知らなかったという。
現在、店長は行方不明。逃走、あるいは潜伏中である。
警察は緑署に捜査本部を設置し、翌日には彼を「殺人事件の被疑者」として逮捕状を発付、指名手配した。
現場に残った足跡のほかにも、店長を疑うに足る証拠が複数発見されたらしい。証拠品は慎重に扱われるそうで、詳しくは教えてもらえなかったが、逮捕状を取るくらい説得力を持つ証拠なのだろう。
東松さんは、捜査員を増員して店長を探していると言った。さらに容疑を固めるため、現場周辺の聞き込みや防犯カメラなどのデータ解析も同時進行で行われるとも。
冬月書店本町駅店にも捜査員が来て、スタッフが聴取を受けた。皆、土屋さんが殺された上に、加害者が店長だという事実に驚き、動揺していた。
遺体の第一発見者であり、被疑者被害者ともに因縁のある私は、特に詳細を語ることになった。
事件から三日目の今日も、仕事を休んで実況見分に立ち会ったり、緑署での聴取に応じた。
古池店長と土屋さんの関係、店長からのセクハラ疑惑、事件に関係すると思われることは余さず話す。
店長を許せない。
ただその一心で、何度同じ質問をされても辛抱強く、丁寧に答えた。
疲弊する体と心を支えてくれたのは、智哉さんだ。彼がいなければ、私はとうに倒れていただろう。
こんな状況なのに幸せを感じる。彼の愛情が私を生かしていると言っても過言ではない。
不謹慎だけれど、こう思うのだ。
鳥宮さんと土屋さんの死が、私と智哉さんの絆を深めてくれた。未来へと続く道をひらいてくれた。
恐ろしい経験が二度も続き、周りに同情されるけれど、私は幸せだ。
ただ心配なのは、今も店長の行方が分からないこと。
あの男が捕まるまで、安心できない。智哉さんも心配して、できるだけ私と行動をともにした。少し大げさなくらいに。
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