恋の記録

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
113 / 236
正義の使者〈2〉

11

しおりを挟む
「被疑者が自殺したことで事件は片付いたが、水樹の受けた傷は深い。ちゃんと生きていけるのか心配になるほどだったが……最後に会った日、俺はびっくりしたんだ」

「書類送検のあとですか?」

「ああ、一カ月ほどあとの話だ。と言っても、わざわざ会いに行ったわけじゃなくて、水樹の職場を通りかかったとき、ばったり出くわしたんだけど」

「職場というのは、ドゥマン高崎店ですね」


望月さんは頷き、そのときの様子を話す。


「ずいぶん前向きな態度だった。事件については触れず、『転勤が決まったので、もうすぐ引っ越しです』なんて明るく言うんだ。だから逆に心配になって、思わず訊いたよ。大丈夫ですかって」

「水樹は何て?」

「『大丈夫、イチからやり直します』と答えた。えらく吹っきれた表情かおでね」


イチからやり直します――


「事件のことは忘れて、前に進むってことですか?」

「俺はあのとき、そう解釈した。まっすぐな視線も力強い口調も、事件直後とはまるで別人だったからな」


事件後一カ月の間に、水樹の中で変化が起きたのだろうか。

しかし望月さんは首を横に振る。


「水樹が言うには、斎藤陽向とは付き合い始めたばかりで、さほど深い関係ではなかったそうだ。しかし、あんな風に恋人を殺されてすぐに立ち直るなんて薄情すぎるだろ。水樹の態度には違和感があった」

「疑問を持ったのですね」

「ああ。だから、瀬戸ちゃんに『ともや』という名前を問い合わされたとき、俺は確信した。やっぱり、ショックを引きずっていたのだなと。明るく前向きな態度は現実逃避であり、生きていくための自己防衛だ。今になってようやく分かったよ」


水樹は前向きになるどころか、事件の後遺症に苦しみ続けていた。

忘れようとしても忘れられず、そして過去の記憶を上書きするという突飛もないやり方で、苦しみを乗り越えようとしたのだ。

やはりそれが犯行の動機である。水野さんも同じ意見だった。


「鳥宮は田村、そして一条さんは斎藤陽向の身代わりといえる。いくら辛い過去があろうと、水樹に同情はできんな」

「はい、水野さん」


もしもそれが真相なら、残酷な話だ。一条さんの幸せそうな笑顔を思い出し、暗澹たる気持ちになる。

最後に望月さんが結論づけた。


「鳥宮の件、水樹はクロだ。やつはこれから先も、『恋人』を守るためなら人を平気で殺す。何をしでかすか分からねえぞ」



できるだけ早く水樹に話を聞こう。逃げられないよう、慎重に。

捜査の段取りが決まってから、俺たちは鳥宮の部屋を出た。時刻は午後八時二十分。

外は雨が降り続いていた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

探偵SS【ミステリーギャグ短編集】

原田一耕一
ミステリー
探偵、刑事、犯人たちを描くギャグサスペンスショート集 投稿漫画に「探偵まんが」も投稿中

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

彩霞堂

綾瀬 りょう
ミステリー
無くした記憶がたどり着く喫茶店「彩霞堂」。 記憶を無くした一人の少女がたどりつき、店主との会話で消し去りたかった記憶を思い出す。 以前ネットにも出していたことがある作品です。 高校時代に描いて、とても思い入れがあります!! 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。 三部作予定なので、そこまで書ききれるよう、頑張りたいです!!!!

怪奇事件捜査File1首なしライダー編(科学)

揚惇命
ミステリー
これは、主人公の出雲美和が怪奇課として、都市伝説を基に巻き起こる奇妙な事件に対処する物語である。怪奇課とは、昨今の奇妙な事件に対処するために警察組織が新しく設立した怪奇事件特別捜査課のこと。巻き起こる事件の数々、それらは、果たして、怪異の仕業か?それとも誰かの作為的なものなのか?捜査を元に解決していく物語。 File1首なしライダー編は完結しました。 ※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。 ※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦憶の中の殺意

ブラックウォーター
ミステリー
 かつて戦争があった。モスカレル連邦と、キーロア共和国の国家間戦争。多くの人間が死に、生き残った者たちにも傷を残した  そして6年後。新たな流血が起きようとしている。私立芦川学園ミステリー研究会は、長野にあるロッジで合宿を行う。高森誠と幼なじみの北条七美を含む総勢6人。そこは倉木信宏という、元軍人が経営している。  倉木の戦友であるラバンスキーと山瀬は、6年前の戦争に絡んで訳ありの様子。  二日目の早朝。ラバンスキーと山瀬は射殺体で発見される。一見して撃ち合って死亡したようだが……。  その場にある理由から居合わせた警察官、沖田と速水とともに、誠は真実にたどり着くべく推理を開始する。

瞳に潜む村

山口テトラ
ミステリー
人口千五百人以下の三角村。 過去に様々な事故、事件が起きた村にはやはり何かしらの祟りという名の呪いは存在するのかも知れない。 この村で起きた奇妙な事件を記憶喪失の青年、桜は遭遇して自分の記憶と対峙するのだった。

ファクト ~真実~

華ノ月
ミステリー
 主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。  そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。  その事件がなぜ起こったのか?  本当の「悪」は誰なのか?  そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。  こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!  よろしくお願いいたしますm(__)m

処理中です...