111 / 236
正義の使者〈2〉
9
しおりを挟む
俺と水野さんは一旦署に戻り、車に乗って望月警部補との待ち合わせ場所へと向かった。
「課長には報告済みですよね」
「うん。というより望月くんが課長に電話して、『水野さんに話を聞きたいので、今日そちらにおじゃまします』と言ったそうだ。課長が『噂どおり身軽な男だな』と笑ってたよ」
フロントガラスに映る街は暗い。遠くの空が光るのが見えた。今夜も雨になりそうだ。
「噂どおり?」
「まあ、フットワークが軽いってことだ。親しみやすいタイプだから、東松くんも仕事がやりやすいと思うよ」
「はあ……水野さんは、望月警部補と面識があるのですか」
「私は以前、群馬県警との合同捜査本部で望月くんと組んだことがある。あの頃、彼はまだ新人だったが、勘がよくて、頼りになる相棒だった。そうだなあ……瀬戸さんにちょっと似てるかな」
「えっ、瀬戸さんに?」
水野さんが褒めるくらいだから、きっと優秀な刑事なのだ。でも、瀬戸さんに似ていると聞いて、少し身構えてしまう。
「明るくて、エネルギッシュで、強引な性格ってことですかね」
「ははは……そうだな。年齢も彼女と同じだし、独身で、しかも色男だぞ」
「なるほど……」
本当に仕事がやりやすいのだろうか。一抹の不安を感じながらも、とにかく彼の待つ『メゾン城田』へと急いだ。
望月警部補はメゾン城田の入り口で待っていた。
遠くからでもよくわかる、スタイリッシュなイケメンだ。すらりとした長身に、濃紺のスーツがよく似合っている。
「お久しぶりです、水野さん。いきなり押しかけてすみません」
「いやいや、来てくれて助かったよ。私たちも高崎の事件について話を聞きたかったからね」
二人はにこやかに挨拶を交わした。階級が下の俺は後ろに控えている。
「よっ、こんばんは。キミが東松くんか。瀬戸ちゃんから聞いたとおりだなあ」
「え?」
えらく砕けた態度だ。それに、瀬戸さんのことを「瀬戸ちゃん」と言った。
「俺は群馬県警高崎署の望月拓海。よろしくな」
「埼玉県警緑署の東松央です。こちらこそ、よろしくお願いします」
確かに親しみやすい雰囲気だ。華やかな風貌は刑事らしくないが、近くでみると案外胸板が厚い。
「瀬戸さんが東松くんのことを何と言ってたんだ?」
水野さんが面白そうに訊く。
望月さんはなぜか肩を竦めて、
「褒めてましたよ。フフッ……詳しくは言わないほうがいいかな」
瀬戸さんのことだ。どうせおかしなことを喋ったのだろう。
望月さんのにやけた顔が証明している。
「さてと、水野さん。そろそろ本題に入りましょう」
「ああ、行こうか。鍵はあるかな」
「バッチリです。さっき大家さんのお宅に寄って、借りてきました」
久しぶりに再会したわりに息の合ったやり取りだ。俺は黙って、いそいそと進む先輩たちのあとに続いた。
506号室の状態は鳥宮が死亡した日と同じだった。
新品の大型テレビも、本棚の上に並ぶフィギュアも、持ち主を失ったまま放置されている。警察が現場保存を頼んだわけではない。遺族が手を付けずにいるのだ。
「母親が遺品を引き取ると言うのに、父親が反対してるそうです。相続放棄でもされたら賠償金の請求ができなくなるって、大家がぼやいてましたよ」
鍵を借りたとき、大家と話したのだろう。望月さんの口調に同情が滲んでいる。
「ここは事故物件だからなあ。空き部屋が増えるだろうし、大家さんも大変だ」
水野さんが俺をちらりと見る。
「一条さんも部屋を出て、今は水樹智哉のマンションで同居か」
「はい」
フィギュアを眺めていた望月さんが、ぱっとこちらを向いた。
「507号室の一条春菜さんね。瀬戸ちゃんからざっくり聞いてるけど、彼女は水樹の恋人なんだって?」
「え、ええ。そうです」
食らいつく勢いに、俺は少したじろぐ。
「昔の恋人と、今の恋人か……実に興味深い。鳥宮の転落死について、詳しく話してもらえるかな、東松くん」
水野さんの言うとおりだ。確かにこの人は瀬戸さんに似ている。
フレンドリーな人当たり、華やかな雰囲気。そして獲物を見つけたときの、ぎらぎらと輝く目。
俺は気圧されつつも、これまでの調査で知り得たことをすべて話した。水樹の『動機』についての推測も。
「水樹が鳥宮を転落死させたという具体的な証拠はありません。でも、それが自然な心理だと考えます」
話を聞き終えると、望月さんは顎を引いた。
「なるほど……過去の辛い記憶を上書きするために、鳥宮を利用したわけか」
なぜか黙り込む彼に、水野さんが意見を添えた。
「高崎の事件に関係する者は、水樹しかいない。今の材料だけで判断するなら、私も東松くんの読みが妥当だと思う」
「ですね」
望月さんは本棚の上に目を戻し、フィギュアをじっと見つめる。
「隣に引っ越してきた一条春菜に目を付けた鳥宮。執着の理由は、彼女の容姿が大好きなアニメキャラクターにそっくりだから。高崎の被疑者も被害者に執着していた。水樹はその類似した関係にいつ気が付いたのかな。水樹と鳥宮が最初に接触したのはいつ、どのタイミングだったのか……」
やはり、証拠が必要なのだ。
水樹が鳥宮と接触し、『取引を持ちかけた』という証拠が。
「おそらく水樹は、鳥宮に金銭を与える約束をした。自分の言うとおりにすればカネをやると言ったのだろうな」
水野さんの言葉に、俺も望月さんも同意する。
「派遣の仕事が減り、生活が困窮していた鳥宮にとって、願ってもない話です。わけのわからない指示でも、とにかくそれをやればカネをくれると言うのだから。それに……」
俺はそこで、鳥宮の友人前田栄二の証言を思い出した。
「鳥宮は亡くなる五日前、友人に言ったそうです。『運が巡ってきた』と」
「課長には報告済みですよね」
「うん。というより望月くんが課長に電話して、『水野さんに話を聞きたいので、今日そちらにおじゃまします』と言ったそうだ。課長が『噂どおり身軽な男だな』と笑ってたよ」
フロントガラスに映る街は暗い。遠くの空が光るのが見えた。今夜も雨になりそうだ。
「噂どおり?」
「まあ、フットワークが軽いってことだ。親しみやすいタイプだから、東松くんも仕事がやりやすいと思うよ」
「はあ……水野さんは、望月警部補と面識があるのですか」
「私は以前、群馬県警との合同捜査本部で望月くんと組んだことがある。あの頃、彼はまだ新人だったが、勘がよくて、頼りになる相棒だった。そうだなあ……瀬戸さんにちょっと似てるかな」
「えっ、瀬戸さんに?」
水野さんが褒めるくらいだから、きっと優秀な刑事なのだ。でも、瀬戸さんに似ていると聞いて、少し身構えてしまう。
「明るくて、エネルギッシュで、強引な性格ってことですかね」
「ははは……そうだな。年齢も彼女と同じだし、独身で、しかも色男だぞ」
「なるほど……」
本当に仕事がやりやすいのだろうか。一抹の不安を感じながらも、とにかく彼の待つ『メゾン城田』へと急いだ。
望月警部補はメゾン城田の入り口で待っていた。
遠くからでもよくわかる、スタイリッシュなイケメンだ。すらりとした長身に、濃紺のスーツがよく似合っている。
「お久しぶりです、水野さん。いきなり押しかけてすみません」
「いやいや、来てくれて助かったよ。私たちも高崎の事件について話を聞きたかったからね」
二人はにこやかに挨拶を交わした。階級が下の俺は後ろに控えている。
「よっ、こんばんは。キミが東松くんか。瀬戸ちゃんから聞いたとおりだなあ」
「え?」
えらく砕けた態度だ。それに、瀬戸さんのことを「瀬戸ちゃん」と言った。
「俺は群馬県警高崎署の望月拓海。よろしくな」
「埼玉県警緑署の東松央です。こちらこそ、よろしくお願いします」
確かに親しみやすい雰囲気だ。華やかな風貌は刑事らしくないが、近くでみると案外胸板が厚い。
「瀬戸さんが東松くんのことを何と言ってたんだ?」
水野さんが面白そうに訊く。
望月さんはなぜか肩を竦めて、
「褒めてましたよ。フフッ……詳しくは言わないほうがいいかな」
瀬戸さんのことだ。どうせおかしなことを喋ったのだろう。
望月さんのにやけた顔が証明している。
「さてと、水野さん。そろそろ本題に入りましょう」
「ああ、行こうか。鍵はあるかな」
「バッチリです。さっき大家さんのお宅に寄って、借りてきました」
久しぶりに再会したわりに息の合ったやり取りだ。俺は黙って、いそいそと進む先輩たちのあとに続いた。
506号室の状態は鳥宮が死亡した日と同じだった。
新品の大型テレビも、本棚の上に並ぶフィギュアも、持ち主を失ったまま放置されている。警察が現場保存を頼んだわけではない。遺族が手を付けずにいるのだ。
「母親が遺品を引き取ると言うのに、父親が反対してるそうです。相続放棄でもされたら賠償金の請求ができなくなるって、大家がぼやいてましたよ」
鍵を借りたとき、大家と話したのだろう。望月さんの口調に同情が滲んでいる。
「ここは事故物件だからなあ。空き部屋が増えるだろうし、大家さんも大変だ」
水野さんが俺をちらりと見る。
「一条さんも部屋を出て、今は水樹智哉のマンションで同居か」
「はい」
フィギュアを眺めていた望月さんが、ぱっとこちらを向いた。
「507号室の一条春菜さんね。瀬戸ちゃんからざっくり聞いてるけど、彼女は水樹の恋人なんだって?」
「え、ええ。そうです」
食らいつく勢いに、俺は少したじろぐ。
「昔の恋人と、今の恋人か……実に興味深い。鳥宮の転落死について、詳しく話してもらえるかな、東松くん」
水野さんの言うとおりだ。確かにこの人は瀬戸さんに似ている。
フレンドリーな人当たり、華やかな雰囲気。そして獲物を見つけたときの、ぎらぎらと輝く目。
俺は気圧されつつも、これまでの調査で知り得たことをすべて話した。水樹の『動機』についての推測も。
「水樹が鳥宮を転落死させたという具体的な証拠はありません。でも、それが自然な心理だと考えます」
話を聞き終えると、望月さんは顎を引いた。
「なるほど……過去の辛い記憶を上書きするために、鳥宮を利用したわけか」
なぜか黙り込む彼に、水野さんが意見を添えた。
「高崎の事件に関係する者は、水樹しかいない。今の材料だけで判断するなら、私も東松くんの読みが妥当だと思う」
「ですね」
望月さんは本棚の上に目を戻し、フィギュアをじっと見つめる。
「隣に引っ越してきた一条春菜に目を付けた鳥宮。執着の理由は、彼女の容姿が大好きなアニメキャラクターにそっくりだから。高崎の被疑者も被害者に執着していた。水樹はその類似した関係にいつ気が付いたのかな。水樹と鳥宮が最初に接触したのはいつ、どのタイミングだったのか……」
やはり、証拠が必要なのだ。
水樹が鳥宮と接触し、『取引を持ちかけた』という証拠が。
「おそらく水樹は、鳥宮に金銭を与える約束をした。自分の言うとおりにすればカネをやると言ったのだろうな」
水野さんの言葉に、俺も望月さんも同意する。
「派遣の仕事が減り、生活が困窮していた鳥宮にとって、願ってもない話です。わけのわからない指示でも、とにかくそれをやればカネをくれると言うのだから。それに……」
俺はそこで、鳥宮の友人前田栄二の証言を思い出した。
「鳥宮は亡くなる五日前、友人に言ったそうです。『運が巡ってきた』と」
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話
本見りん
ミステリー
交通事故に遭った沙良が目を覚ますと、そこには婚約者の拓人が居た。
一年前の交通事故で沙良は記憶を失い、今は彼と結婚しているという。
しかし今の沙良にはこの一年の記憶がない。
そして、彼女が記憶を失う交通事故の前に見たものは……。
『○曜○イド劇場』風、ミステリーとサスペンスです。
最後のやり取りはお約束の断崖絶壁の海に行きたかったのですが、海の公園辺りになっています。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
ピエロの嘲笑が消えない
葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の叔母が入院している精神科診療所「クロウ・ハウス」で、不可解な現象が続いているというのだ。患者たちは一様に「ピエロを見た」と怯え、精神を病んでいく。葉羽は、彩由美と共に診療所を訪れ、調査を開始する。だが、そこは常識では計り知れない恐怖が支配する場所だった。患者たちの証言、院長の怪しい行動、そして診療所に隠された秘密。葉羽は持ち前の推理力で謎に挑むが、見えない敵は彼の想像を遥かに超える狡猾さで迫ってくる。ピエロの正体は何なのか? 診療所で何が行われているのか? そして、葉羽は愛する彩由美を守り抜き、この悪夢を終わらせることができるのか? 深層心理に潜む恐怖を暴き出す、戦慄の本格推理ホラー。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
パパー!紳士服売り場にいた家族の男性は夫だった…子供を抱きかかえて幸せそう…なら、こちらも幸せになりましょう
白崎アイド
大衆娯楽
夫のシャツを買いに紳士服売り場で買い物をしていた私。
ネクタイも揃えてあげようと売り場へと向かえば、仲良く買い物をする男女の姿があった。
微笑ましく思うその姿を見ていると、振り向いた男性は夫だった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる