恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈2〉

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「すみません、水野さん。お待たせしました」


夕方遅く、仕事をひととおり片付けた俺は、水野さんと待ち合わせた店に顔を出した。緑署の近くにできたばかりの和風レストランは、奥に個室がある。刑事が食事しながら話をするのにうってつけの場所だ。


「謝ることないさ。五分遅れただけだろ」


店員が注文を取りにきたあと、水野さんは切り出した。


「さて、捜査の段取りを決める前に、確認事項がある。水樹智哉が事件の模倣を実行するに至った、その動機について君の考えを聞きたい」


水野さんの言いたいことは分かっている。水樹が鳥宮を使って高崎の事件を模倣したのはほぼ間違いない。だが、完全な模倣ではなかった。

捜査データを読み込み、初めて知った事実がある。俺が最初に立てた仮説トリックにかかわる、重大な事実だ。


「そこのところに動機が隠れていると、俺は考えます」


高崎の事件の被疑者は、隣室の女性を殺害している。その直後、ベランダ伝いに自室へと戻る途中で自殺した。誤って転落したのではなく、自ら飛び降りて死んだのだ。


「完全な模倣ならば、鳥宮は一条さんを殺害している。ところが彼は、隣室へ侵入する前に落ちてしまった。それは水樹の計算どおりだと推測します」

「ほう」


水野さんが目を細める。


「おそらく水樹は、初めから一条さんを『守る』つもりだった。鳥宮に襲わせる気はさらさらなかったんでしょう」

「だろうな……計算というのは?」

「レザーサンダル。そして、天気ですね」


高崎の事件が起きたのは春。今頃の季節だった。夜明け前という時刻も同じ。だが、天気だけは違っていた。


「事件のあった日、高崎は晴れていた。だけどこちらはどしゃ降りの雨。水野さんが前に言われたとおり、レザーサンダルは滑りやすい。雨の日は特に」

「だから水樹は雨の日を選んだ。天気まで模倣しなかったのだな」

「はい。鳥宮を確実に転落死させるためです」


しかし水樹は鳥宮に、彼女を殺せと指示しただろう。そんな物騒かつ不可思議な指示に鳥宮はわけもわからず従った。なぜ従ったのかは見当がついているが、それは後でいい。

俺は話を続ける。


「水樹は靴の専門家です。もっともらしい理屈を付けてサンダルを鳥宮に薦め、まんまと隣室への侵入を失敗させた。だから一条さんは殺されずに済んだのです」

「加害者から恋人を守ったという形だね」

「そうです。水樹は、高崎の事件で恋人を殺されたあの瞬間を、やり直したかったのだと俺は考えます」


過去の辛い記憶を上書きする行為。普通の人間には考えられないやり方だが、水樹は普通ではない。

恋人を殺されたショックが強すぎて、おかしくなったのかもしれない。


「まるで強迫観念だ。やはり、それが動機かな」

「刑事が口にするのはダメかもしれませんが……水樹の立場になれば、誰だっておかしくなりますよ」


事件の捜査記録には、水樹についてもう一つ、重要な事実が記されていた。

水樹智哉は被疑者がベランダから飛び降りるのを目撃した複数人の内の一人であり、無惨に殺された被害者の第一発見者である。

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