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正義の使者〈2〉
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「望月さん、何度もすみません。埼玉県警の瀬戸です。例の高崎の事件ですが、『ともや』という名前に覚えはないでしょうか。……はい、ともやです。漢字は分かりませんが……えっ?」
瀬戸さんが大きく目を見開き、こちらを見た。
「そうですか……なるほど、十分有り得る話ですね。私も一度確認して、あとでご連絡いたします。それともう一つだけ。被疑者が自殺した当時、サンダルを履いていませんでしたか」
それは俺も知りたかったことだ。仮説を立証する大切な要素である。
早く答えを知りたくて、瀬戸さんの表情を食い入るように見つめた。
「……驚きましたね。ええ、先日お話ししたとおり、こちらで起きた事故もまったく同じなんです。ちなみにサンダルのブランドは……」
「これは、再調査の必要がありそうだぞ」
水野さんのつぶやきに俺は頷く。瀬戸さんの瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように、ぎらぎらと輝くのが分かった。
「事件の関係者に、ともやという男がいたんですか?」
瀬戸さんが通話を切ったとたん、俺はかぶりついた。
「ええ、いたわ。被害者の交際相手で、名前は『水樹智哉』。水に樹木の樹、智恵の智に哉と書いて『ともや』だそうよ」
水樹智哉。
一条さんの恋人と同一人物なのか、すぐにでも確認したい気持ちを抑えてさらに情報を求めた。
「十分有り得る話というのは?」
「もちろん、鳥宮の転落事故との繋がりよ。高崎の事件の被疑者はサンダルを履いていた。しかもブランドも同じだったんだから」
「ロバストバーグ……あっ、まさか」
水野さんの問いに、瀬戸さんは大きく頷く。
「鳥宮が履いていたのと同じ、三年前に発売された限定品だった。二人ともよく聞いて。水樹智哉という人物はね……」
瀬戸さんは重大発表するかのように、ためを作ってから俺と水野さんに告げた。
「靴専門店『ドゥマン』高崎店の店長。関係者として事情聴取を受けているわ。望月さんも、彼が鳥宮の事故と関わっているなら、話を聞かせてほしいと言ってる」
公園を出た俺と水野さんは、別の事件の捜査をするため車で移動した。しかし俺の頭は鳥宮の案件でいっぱいだった。
なぜこんなにも拘るのか、ちょっと考えてみる。もしかしたら、一条さんだろうか。彼女に好意を持ったのは確かだし、事件に巻き込まれるなら守ってやりたい気持ちがある。
だが、それだけではない。
もしも俺の仮説どおりなら、鳥宮は殺されたことになる。それを追及せず事故で終わらせたら、加害者を見逃すのと同じだ。警察官としての正義に反する。
警察官の不祥事、証拠捏造や自白強要による冤罪、隠蔽――そういったニュースを聞くたび、正義について考えさせられる。
でも俺は、それでも警察官としての職務を全うしたい。正義の使者でありたいと思うのだ。
組織の中で、どこまで意志を通せるのか分からないけれど。
「群馬の事件を担当したのは高崎署の望月警部補か。何か分かったことがあれば彼に直接連絡してくれと、瀬戸さんが言ってたな」
「あ、はい」
俺はちょっと驚いて助手席を見やる。水野さんも鳥宮の件について考えていたらしい。
「さっそくかけてみるか」
「望月さんにですか?」
「いや、その前に『ドゥマン』だよ。君がマークしているともやさんが『水樹智哉』と同一人物なのか、念を入れて確認するべきだろう」
「えっ、しかし……」
警察からの電話だと分かれば、相手に警戒されてしまう。俺は心配するが、水野さんが取り出したのはプライベート用の端末だった。
「もちろん、客を装って問い合わせるさ。ふふ……それにしても、東松君にしては思い切りの悪い。彼女のために、慎重になってるんだな」
「……はあ?」
どうやら水野さんは、一条さん絡みなので俺が拘っていると判断したようだ。
「彼女は関係ありません。それより、警察だと勘付かれないよう十分気を付けてください」
「了解、了解」
信号が黄色に変わる。俺はゆっくりとブレーキを踏んで、車を停止させた。
隣でスマートフォンを操作するベテラン刑事を窺い、ひそかにため息をつく。
考えてみれば、俺は残酷なことをしようとしている。仮説が立証されて「ともやさん」を逮捕することになれば、彼女の平穏な暮らしは破壊されるだろう。幸せを取り上げるのだから、恨まれても仕方ない。
(だけど俺は真実を追及する。それが仕事だ)
信号が青に変わる。
個人的な感情を打ち捨て、いつものようにゆっくりと車を発進させた。
瀬戸さんが大きく目を見開き、こちらを見た。
「そうですか……なるほど、十分有り得る話ですね。私も一度確認して、あとでご連絡いたします。それともう一つだけ。被疑者が自殺した当時、サンダルを履いていませんでしたか」
それは俺も知りたかったことだ。仮説を立証する大切な要素である。
早く答えを知りたくて、瀬戸さんの表情を食い入るように見つめた。
「……驚きましたね。ええ、先日お話ししたとおり、こちらで起きた事故もまったく同じなんです。ちなみにサンダルのブランドは……」
「これは、再調査の必要がありそうだぞ」
水野さんのつぶやきに俺は頷く。瀬戸さんの瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように、ぎらぎらと輝くのが分かった。
「事件の関係者に、ともやという男がいたんですか?」
瀬戸さんが通話を切ったとたん、俺はかぶりついた。
「ええ、いたわ。被害者の交際相手で、名前は『水樹智哉』。水に樹木の樹、智恵の智に哉と書いて『ともや』だそうよ」
水樹智哉。
一条さんの恋人と同一人物なのか、すぐにでも確認したい気持ちを抑えてさらに情報を求めた。
「十分有り得る話というのは?」
「もちろん、鳥宮の転落事故との繋がりよ。高崎の事件の被疑者はサンダルを履いていた。しかもブランドも同じだったんだから」
「ロバストバーグ……あっ、まさか」
水野さんの問いに、瀬戸さんは大きく頷く。
「鳥宮が履いていたのと同じ、三年前に発売された限定品だった。二人ともよく聞いて。水樹智哉という人物はね……」
瀬戸さんは重大発表するかのように、ためを作ってから俺と水野さんに告げた。
「靴専門店『ドゥマン』高崎店の店長。関係者として事情聴取を受けているわ。望月さんも、彼が鳥宮の事故と関わっているなら、話を聞かせてほしいと言ってる」
公園を出た俺と水野さんは、別の事件の捜査をするため車で移動した。しかし俺の頭は鳥宮の案件でいっぱいだった。
なぜこんなにも拘るのか、ちょっと考えてみる。もしかしたら、一条さんだろうか。彼女に好意を持ったのは確かだし、事件に巻き込まれるなら守ってやりたい気持ちがある。
だが、それだけではない。
もしも俺の仮説どおりなら、鳥宮は殺されたことになる。それを追及せず事故で終わらせたら、加害者を見逃すのと同じだ。警察官としての正義に反する。
警察官の不祥事、証拠捏造や自白強要による冤罪、隠蔽――そういったニュースを聞くたび、正義について考えさせられる。
でも俺は、それでも警察官としての職務を全うしたい。正義の使者でありたいと思うのだ。
組織の中で、どこまで意志を通せるのか分からないけれど。
「群馬の事件を担当したのは高崎署の望月警部補か。何か分かったことがあれば彼に直接連絡してくれと、瀬戸さんが言ってたな」
「あ、はい」
俺はちょっと驚いて助手席を見やる。水野さんも鳥宮の件について考えていたらしい。
「さっそくかけてみるか」
「望月さんにですか?」
「いや、その前に『ドゥマン』だよ。君がマークしているともやさんが『水樹智哉』と同一人物なのか、念を入れて確認するべきだろう」
「えっ、しかし……」
警察からの電話だと分かれば、相手に警戒されてしまう。俺は心配するが、水野さんが取り出したのはプライベート用の端末だった。
「もちろん、客を装って問い合わせるさ。ふふ……それにしても、東松君にしては思い切りの悪い。彼女のために、慎重になってるんだな」
「……はあ?」
どうやら水野さんは、一条さん絡みなので俺が拘っていると判断したようだ。
「彼女は関係ありません。それより、警察だと勘付かれないよう十分気を付けてください」
「了解、了解」
信号が黄色に変わる。俺はゆっくりとブレーキを踏んで、車を停止させた。
隣でスマートフォンを操作するベテラン刑事を窺い、ひそかにため息をつく。
考えてみれば、俺は残酷なことをしようとしている。仮説が立証されて「ともやさん」を逮捕することになれば、彼女の平穏な暮らしは破壊されるだろう。幸せを取り上げるのだから、恨まれても仕方ない。
(だけど俺は真実を追及する。それが仕事だ)
信号が青に変わる。
個人的な感情を打ち捨て、いつものようにゆっくりと車を発進させた。
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