恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈2〉

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翌日の正午過ぎ。

ここは緑署と県警本部の中間辺りに位置する市民公園。敷地内は緑豊かな環境であり、ベンチがあちこちに設置されている。

昼休みの時間帯だけあって、サラリーマンやOLが弁当を食べたり休憩する姿が散見された。

そんな中、俺もベンチに腰掛けてコンビニ弁当をつついている。先輩刑事二人に挟まれて。


「東松くん、まだ食べ終わらないのかね」


右に座る水野さんがせっつく。


「もっと早く食べなさい。何なら手伝ってあげるわよ」


左に座る瀬戸さんが圧力をかけてくる。俺は急いで白飯をかき込むとお茶で流し込んだ。

先輩二人は早く本題に入りたくてウズウズしている。俺は空の弁当箱をコンビニ袋に放り込み、話に集中する姿勢を取った。


「準備できました」


仕事ができる人というのは、とにかく行動が早い。瀬戸さん然り、水野さん然り。

今朝、水野さんに鳥宮の件で瀬戸さんと三人で話したいと言うと、彼は「じゃあ今日にしよう」と即決した。瀬戸さんに連絡すると、彼女も昼休みに外に出るからと応じ、会うことになったのだ。

昼休憩を兼ねた話し合いなので多くの時間を取れない。そのぶん彼らは意気込んでいる。


「よし、では瀬戸さん、例のものを見せてくれますか」

「はい、水野さん。ほら、東松も写真を出しなさい。見比べるから」

「分かりました」


瀬戸さんと俺は、それぞれのスマートフォンに『苦情の紙』の写真を表示させて横に並べた。

瀬戸さんが見せたのは、二年ほど前に群馬県高崎市で起きた殺人事件の証拠品である。

捜査資料は厳重に管理されているが、担当者がわざわざ複写の手続きをして瀬戸さんに送ってくれたという。


「ほう、これは驚いたな。トレースしたみたいにそっくりだ」


水野さんの感想に俺も同意する。

B5のレポート用紙。真っ赤なペンで殴り書きされた文字の大きさ、配置までまったく同じ。筆跡こそ違うが、他は見事に一致している。

うるさいぞーー

鳥宮が一条春菜に出した苦情と同じ文言だ。


「隣人トラブルが原因の殺人事件か。鳥宮は犯人のやり方を模倣したのかな」


水野さんが眉をひそめる。


「鳥宮が一条さんを殺すつもりだった、ということですか」

「そういうことになるな。そして、高崎の事件の犯人が最後はどうなったのか、東松くんは知っているか」

「ええ」


午前中に瀬戸さんに連絡した際、事件のあらましと結果だけ確認した。

犯人は大学生。隣室の会社員女性をペティナイフで殺害したあと、自室のベランダから飛び降り、死亡している。

最後、被疑者は自殺した。

鳥宮の場合、雨でサンダルが滑って落ちたと考えられるため、書類には事故と記録してある。


「鳥宮はレザーサンダルなど履いたばかりに、模倣に失敗したんだな。だから最後に『滑った』と、無念な気持ちを口にしたんじゃないか」

「もしそうなら、辻褄が合いますね……」


俺はだが、釈然としない。サンダルについてはどうしても引っ掛かっている。


「水野さん、ちょっと待ってください。そもそも鳥宮が、すべてを模倣するのには無理があるんです」


瀬戸さんが会話に割り込んだ。ずいぶんと断定的な口調である。


「どうして無理なんですか?」


俺の問いに、瀬戸さんが丁寧に答えた。


「捜査担当者に確認したところ、鳥宮優一朗という名前に覚えがなく、捜査資料にも見当たらなかった。要するに、鳥宮は高崎の事件に一切関わりのない人間なのね。そんな人が、一般に公開されていない情報をどうやって知り得るの?」

「あっ」


言われてみれば簡単なことだ。俺も水野さんもうっかりしていた。


「重要な証拠品は公開されないから、それを外部の者が真似するのは不可能。高崎の事件で言えば『苦情の紙』ね。ということは?」


瀬戸さんが俺に質問を向ける。高崎の事件にまったく関係のない鳥宮がなぜ、『苦情の紙』を再現できたのか。まるで、現物を見たことがあるかのように。


「高崎の事件の関係者が鳥宮に接触した。そして、事件を模倣させた……」

「そういうこと。その人物を特定して事情を聞けば、鳥宮の転落死の真相が分かる」


俺は今すぐ捜査に乗り出したい衝動に駆られた。しかし水野さんの冷静な声が血気を鎮めた。


「まず、東松くんの仮説とやらを聞かせてくれ。その上で、鳥宮の件を再調査すべきか決めよう」

「は、はい」


二人の優秀な刑事に囲まれ、俺は話した。一条春菜との再会をきっかけに気づいたことをすべて。

仮説の信憑性が高まったのは、瀬戸さんが『ともや』という名前に反応し、捜査担当者に確認してからだった。

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